第2話 最初の仲間
「そろそろ宿場村に着きますので、今日はそこで一宿をすることにしましょう」
「ああ、了解した」
村を出てから三日後。
そろそろ夕焼けが差し込む時間帯となり、今日泊まる予定だという村が見えてきた。
「しかし今更ではあるが、本当に良かったのだろうか。態々馬車に同乗させてもらい、しかもお金まで貰ってしまって」
今回ダルトンまでの道中を一緒にしているのは、年に一度俺の村に寄ってくれている行商のカーゼル氏。
彼は本拠地がダルトンらしく、俺が今回そこまで向かうと聞き、こうして護衛を兼ねて一緒に行かないかと申し出てくれたのだ。
「いえいえとんでもない。アルト君レベルの冒険者に護衛をしてもらうとなれば、その一〇倍以上の料金を払わないといけませんからね。そんなお小遣い程度の賃金で申し訳ないくらいですよ」
苦笑しながらそう言うカーゼル氏。
何、一〇倍だと…… 今回貰った賃金でも十分大金なのだが……。
今回護衛代として受け取った賃金は金貨一枚、一万ゴル(G)。
村でだとこれ一枚でひと月は余裕で暮らせてしまう金額だ。
まぁダルトンだと宿に泊まるにも一泊数千Gは掛かるらしいから、確かにお小遣い程度と言えばそうなのかもしれないのだが……。
どうやら冒険者が稼げるというのは本当のようだ。
「しかし護衛とは言っても、この辺りは魔物も少ないから本来は必要ないくらいなのだろう?」
「はは、まぁその通りなんですけどね。この辺りは領主であるダルトン辺境伯様が定期的に魔物の間引きをして下さっていますので、治安はかなり良いと言えるでしょう。でもこれから大成していく冒険者と懇意にしておくことは、商人として当然の事ですから」
そう言って彼は俺を見てニッコリと笑う。
俺は彼のこういうはっきりした所が好きだ。
下手に自分の本性を隠していない分、色々と信用できる気がする。
まぁ商人としてそれが正しいのかどうかは分からないが。
「さて、では私は宿の空きが無いか尋ねてきます。アルト君は少しここで待っていて下さい」
そう言って馬車を降りる彼を見送る。
この村は俺のいたところよりも少し規模が大きいくらいの、普通の宿場町だ。
しかし何やら村の雰囲気がざわついている気がする。
何かあったのだろうか。
しばらくしてカーゼル氏も馬車へと戻ってきた。
しかし彼は何故か浮かない顔をしている。
「何かあったのか?」
「ええ、なんでもこの宿の娘さんが行方不明になったらしく、客を取るどころではない様子で」
「何? それは大事じゃないか。その娘はどこで行方不明に?」
「なんでも友人たちと近くの森に入ったっきり帰ってこない様で……」
「森か……拙いな」
「ええ」
いくら治安が良いといっても、森には多少の魔物もいるだろう。
そんな場所に女だけで遊びに行くなど……平和過ぎるのも考え物だな。
「カーゼル氏、少し行ってくる」
「ええと……そうですね、アルト君なら大丈夫でしょう。くれぐれも無理はなさらないように」
「ああ、大丈夫だ。引き際は間違えない」
それで何度か死にかけたこともあるからな。
出来ることと出来ないことの線引きは大切だ。
村を飛び出し、娘たちがいなくなったという森へと走る。
空はもう暗くなりかけていて、恐らく森の中はもっと視界が悪くなっているだろう。
だが問題はない。何故なら長年の身体強化魔法によって、夜目もしっかりと利くようになっているからだ。
寧ろ夜目が利かない相手なら、夜の方が戦いやすいくらいだ。
森をしばらく走っていると、遠くに三匹のゴブリンを見つけた。
ゴブリンは採集を終えたところなのか、どこかに帰ろうとしている様子。
おそらく、そちらに巣があるのだろう。
いくら辺境伯が魔物駆除に意欲的だとしても、魔物の根絶は不可能だ。
魔物はいつの間にかそこに居て、そして少し油断するとあった言う間にその数を増やす。
まぁだからこそ、冒険者なんて稼業が成り立っているみたいだが。
ゴブリンをしばらくつけていると、一つの洞窟に辿り着いた。
こんないかにもな洞窟、放置していては駄目だろう。
これでは巣を作ってくださいと言っている様な物だ。
取り敢えず娘たちが居るかどうか確認して、事が済めば崩してしまうとしよう。
魔力の巡りを加速させて、身体に掛けている身体強化を更に強める。
そして一気に加速し、入り口付近にいたゴブリンたちの首の骨を折って殺していく。
迅速かつ綺麗に殺すやり方を追求した結果、今の所この方法が一番良い。
手刀で首をトンとして、ボキッと折るのだ。
するとゴブリンは糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちていく。
中々力加減が難しいこの技だが、長年の鍛錬の結果一〇回中九回くらいは成功出来るようになった。
あとの一回は首が千切れ飛んでしまうのだが。
一〇匹ほど居たゴブリンを全て殺し、中へと侵入する。
中は一本道で、奥には広間のようなスペースが出来ていた。
その広間では、ゴブリンたちが何やら楽しそうに騒いでいるのが見て取れる。
俺は騒ぎの対象に目をやった。
するとそこには、丸々と太った猪の肉が。
……猪? 宿屋の娘ではなく?
……どうやらハズレを引いてしまったらしい。
あの猪が宿屋の娘だという可能性も捨てきれないが、恐らくは違うだろう。
俺はため息をつき、さっさとゴブリンたちの殲滅に取り掛かる。
雑魚ゴブリンはさっきと同じ要領でトン、ボキ、偶にブシューで一掃。
基本的に俺の早さに付いて来られない敵は相手にはならない。
厄介なのは、ひたすら数で攻めてくるようなイナゴみたいな虫の魔物だ。
あれはマジでヤバかった。
あとは純粋に強い相手だ。
俺の身体強化が通用しない相手だと、かなりきつい。
人の命は一つ。
大切にしていかなければ。
とは言え、ゴブリン程度なら何の問題もない。
中には魔法を使うゴブリンメイジもいたようだが、更に問題ない。
寧ろ俺の魔力回復に役立つくらいだ。
最終的に残ったのは、俺とゴブリンメイジとゴブリンキング。
ゴブリンと言うのは進化していく毎に名前が変わっていき、ハイゴブリン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキング、ゴブリンロードっという感じでどんどん強くなってく。
三年前にゴブリンロードと戦った時は、結構やばかった。
速さでは勝てたのだが滅茶苦茶頑丈で、素手だと中々倒せなかったのだ。
結局相手が所持していた武器を奪い取り、それを使って殴りまくって何とか勝てたレベルだ。
あれはイナゴの次くらいに大変だった。
それに比べれば、ゴブリンキングくらいなら全く問題はない。
それに今回はちゃんとゴブリンメイジも残してあるので、魔力の回復もばっちりだ。
還元魔法を極め続けた結果、無意識下でも常に触れた魔法を魔力に還元して吸収出来るようになった。
それどころか逆に発動を消せない体質になってしまった為これはこれで困ることも多いのだが、兎に角こういった戦闘の場では滅茶苦茶心強い。
俺はキングに向かい合い、一気に加速する。
キングは手に持った巨大な金棒を闇雲に振り回してくる。
おそらく俺の動きについて行けず、適当に振るって当たることを期待しているのだろう。
実際その金棒のスイング速度は凄まじく、ブオンブオンと風圧で飛ばされそうになるほどだ。
まあしかし、そんな物に当たる俺ではない。
それにいくら闇雲に振り回していたところで、背中の真後ろまではカバー出来まい。
俺はキングの背中から一気に近づき、彼の首の骨を殴りつける。
人型の生き物は、ここを殴ると死ぬか手足が痺れて武器を手放してくれる。
案の定金棒を手放すキング。
俺はその身の丈程もある金棒を奪い取り、キング目掛けて振り落とした。
顔は綺麗にしておいた方が高く売れるらしいので、主に背骨辺りを中心に執拗に殴っていく。
しばらく殴り続けると、低いうめき声を最後に息切れるキング。
あとはゴブリンメイジを殺して……ってあれ?
見るとゴブリンメイジが地面に這いつくばって俺に頭を下げている。
これでもかと言うくらいの降伏っぷりだ。
ゴブリンの中でもメイジ系統は頭が良い。
なのでこういった状況判断も多少は出来てしまう。
だからこそ、死以外に唯一残された降伏という形を選んだんだろう。
それはもう、見事なまでに全力で。
ここまでされてしまうと、流石に殺すのが忍びなくなってしまう。
「はぁ」
俺は振り上げた金棒を床に降ろし、メイジの首根っこを捕まえて持ち上げる。
「俺についてくるか?」
意味は分からなかっただろが、兎に角必死に首を縦に振るメイジ。
俺はその姿を見てもう一度だけため息を付く。
「じゃあ今日からお前はウィズだ」
「ギギャ!」
と俺が名付けメイジが受諾する声を上げると、何やら互いの間に繋がった感覚が生じた。
そうか、これがテイムするという感覚なのか。
魔物は基本的に人類の敵対者だが、こうして徹底的に力の差を見せつけたり、逆に子供のころから可愛がるなどして親密になることで、テイムが可能になるらしい。
テイムには相性も重要だと聞いていたのだが、どうやら俺はこのゴブリンと相性が良かったようだ。
「ではウィズ、このキングの死体を持って近くの村に帰るから付いてこい」
「……ウン、ワカッタ」
「……お前、喋れたのか?」
「……?」
ウィズも良く分かっていない様子。
何故急に喋れるようになったのだろう? まぁ間違いなくテイムが原因だとは思うが……。
「まあいいか。では少し聞きたいことがあるのだが、この辺で娘を見なかったか? 今日この森に入ってから姿を見せなくなったみたいなのだが」
ウィズにそう尋ねると、女は見ていないが、怪しい男たちは見かけたとのこと。
なんでも近くの洞窟をねぐらにしていて、時々ゴブリンたちにもちょっかいを掛けて来ていたらしい。
洞窟、どこにでもあるな。
まぁいい。そっちも当たってみて、ダメだったら諦めて帰るとしよう。
結局、娘たちはそちらの洞窟に囚われていた。
そこに居た男たちは盗賊で、今日のお楽しみの為に彼女たちを攫ったようだ。
幸い彼女たちにはまだ手を出していなかったようで、俺が彼女たちを救出している間に盗賊の方はウィズに殲滅してもらった。
不思議なことに俺の魔力がウィズにも共有されているらしく、彼は覚醒したかのように好き放題魔法を放っていた。
あとからカーゼル氏に聞いた話だが、どうやらこの魔力の共有はテイマーの間では常識だったようだ。
ただ普通は魔法使いが魔力を豊富に持つ妖精系の魔物をテイムして、その魔力を自分に流用するのが主流なのだそうだ。
自分の魔力をテイムした魔物に使わせるなど、普通は勿体なくてやらないらしい。
そんなこんなで新たに有り余る魔力の有効利用法を見つけた俺は、娘たちを引き連れ村へと戻っていった。
彼女たちの親たちから謝礼金を渡されそうになったが、色々考え断った。
今回のことは俺が勝手にやったことだし、謝礼を貰ってあとで盗賊とグルだったのではないかとか邪推されても面倒だ。
それに今回はゴブリンキングの死体や、盗賊たちがため込んでいた金品なども手に入ったので戦利品としては十分なのだ。
盗賊の持ち物は盗賊を倒した人の持ち物となるらしく、そちらは遠慮なく貰うことにした。
代わりと言っては何だが、ゴブリンキング以外のゴブリンの死体は村の人の好きにしてもらうことにした。
ゴブリンは素材としての価値はほとんど無いが、全ての魔物が持つという魔石には多少の価値がある。
魔石と言うのは魔力の塊みたいなもので、魔道具と呼ばれる魔法の便利な道具の動力源になるのだ。
ゴブリンの魔石などたかが知れているが、あれだけの数があれば多少の稼ぎにはなるだろう。
ゴブリンの死体処理の丸投げともいう。
そして翌朝、俺とカーゼル氏、そして新たにウィズを加えた一行は村を後にすることに。
因みにゴブリンキングの死体と金棒は、カーゼル氏が持つアイテムバッグという名の魔法のカバンにしまってある。
「本当に便利だな、アイテムバッグ」
「ええ。これを買うために若い頃は苦労しましたから」
そうしみじみと言うカーゼル氏。
アイテムバッグは物にもよるが、かなりの容量を収納することが出来る。
彼の持つ物だと、倉庫二・三個くらいは余裕で入るらしい。
しかも物によっては中の時間が止まる物もあるらしく、旅や冒険にはかなり重宝される。
彼のアイテムバッグはそこまでではないにしても、物の劣化がかなり緩やかになるらしい。
だからゴブリンキングの死体を入れても、ダルトンに着くまで位なら十分鮮度を保てるようだ。
今回は売値を折半するということで、彼のカバンを使わせてもらっている。
カーゼル氏は貰い過ぎだって言っていたが、彼のアイテムバッグがなければ運ぶことすら出来ないのだから、これくらい当然だろう。
それから俺たちは更に一週間ほど、特に問題も無く旅を続けた。
そして遂に、目的の街、ダルトンへと辿り着いたのだった。
力任せの還元魔法師~魔法は全て魔力に還元して吸収できます。打てませんが~ @ariyoshiakira
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