♢魔法使いの微笑



 美しい青空色の瞳と銀の髪の娘がこの屋敷で働くようになってから、戸惑うことが増えた今日この頃。



 ツンとすました顔のあの子をもっと見ていたくて。


 変な係を決めた。


 本当は少しでもたくさん、あの子と関わる時間を作りたい、が本音なのだが。


 偏屈でへそ曲がりな性格だと、我ながら思う。


 しかしそう簡単に直せるものではないのだ、性格は。


 アリスだってきっと………。


 いろいろあって笑えなくなってしまったのだろう。


 以前のように笑える心を取り戻すまで時間が必要だと思う。


 僕が愛想のいい女を好まないのは本当だ。


 今でも苦手だ。


 でも不思議と。


 最近、不思議とアリスの笑顔が見てみたいと思うようになったのも本当。


 アリスが僕の眼鏡を掛ける朝と外す夜。


 目を閉じた僕を見てほんの少し微笑する顔を、僕は薄目をあけてこっそり見る。


 最近、この瞬間がたまらなく好きで。


 次は疲れ目用の眼薬もさしてもらおうかと考えていたりする。


 そんな僕はやはり変人?


 我ながら偏屈………いや、変態か?


 自分は笑顔なんて嫌いだと思っていたくせにと、矛盾しているようなこの気持ちがよくわからないけれど。




「旦那さま、おやすみの時間ですよ」



「ああ、お入り」



 けれど君を見る毎日がなんだか嬉しくて。


 こんな気持ちは予想外だった。例えばいつもの味にとっておきのスパイスを加えられたような。そんな毎日がとても楽しいと最近は思う。


 この気持ちは本当なんだ。



「失礼致します、旦那さま」



 ねぇアリス。もしかしたら僕の方が君より早く笑ってしまうかも。



 君の秘密の微笑みを目にする瞬間に。



「では眼鏡を外しますね」



 さて………。


 君はこれから、この先、どんな顔を僕に見せてくれるんだろう。



「そうだ、アリス。明日からは眼薬も差してほしい」



 閉じていた目を開けて、いきなり言った僕に驚いたのか、アリスは外した眼鏡を持ったまま「えッ」と眉を寄せて硬直した。



「もう決めた、頼むよ。何か問題でも?」



「い、いいえ。承知いたしました、旦那さま」



 ツンとすましながら動揺している。そんな彼女の様子もまた楽しい。



「下がってよろしい。今日は鳥に姿を変えていたせいで疲れたよ。もう眠るから」



「はい、失礼致します」



「一日の終わりをありがとうアリス」



「おやすみなさいませ、旦那さま」



「おやすみ、笑わないアリス。 また明日」



 パタリと閉じられた扉を見届けてから、北の最果辺境てに住む風変わりで偏屈で、気難しくて変人で、へそ曲がりでひねくれ者な『銀樹を護る偉大なる魔法使い』サイルーンは微笑みを浮かべる。



 ───それにしても。


 どんな異能かと思えば妖精絡みとは。


 幸いにもまだあの子は自分が持つ異能の程度を深く理解していないようだ。


 たとえばあの美しい髪色。その銀色に意味があることも知らないのだろう。

 あれほど眩しい輝きを放つ銀彩の力はとても貴重だ。


 それなのに、アリスには自覚すらない。


 教える者がいなかったせいか。


 病死したという父親の出生が気になるが。


 時間を必要とする過去の調査よりも、まず今はこれからの事を考えるべきだろう。


 サイルーンは布団の中でしばらく考え事をしていたが、やがて身体を起こし寝台を降りた。


 そして書斎となっている奥の部屋へ向かった。






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