夕食を共に



 クリームシチューができた頃、サイルーン様が帰宅された。



「馬から落ちずに屋敷へ着けたようだな」



 旦那さまは出迎えた私に悪戯っ子のような眼差しを向けた。



「いい匂いがするなぁ。お腹が減った。昼間も言ったが一緒に食べよう。ヘンリーはどうした?」



「ヘンリーさんは辞退するそうです。人間の作った料理は苦手だそうで」



「ああ、やはりな。仕方ない」



「あの、旦那さま。申し上げにくいのですが……。私も辞退します。メイドの身分でお屋敷のご主人様と一緒に食事をすることはありえません。それに私………」



 ヘンリーさんの言うことも一理あるのだ。自分の食事の時間くらい好きなものを食べて好きに過ごしたい。少ない休憩時間の一つでもあるのだから。───と、私は正直にサイルーン様に言ってみた。


 きっと旦那さまは不機嫌になるだろうと覚悟していたのだが。



「そうか。そうだな、そこまで言うのなら仕方ない」


 怒ることもなくすんなりと答えたことがとても意外で、私は驚いた。



「では毎日は諦めることにして、週に一度くらいなら誘ってもいいかい?屋敷の主人の命令だと思えばいい」


「……はぁ」


「じゃあ今夜は付き合ってもらうぞ」


「わかりました」


 私は頷き食卓の準備をはじめた。



 ♢♢♢



 夕食時、サイルーン様はいつもよりお喋りだった。



 私に話しかけるというよりも、ブツブツと呟きながら今後の予定を確認しているような口ぶりだった。



 西にある枯れ池の様子をまだ見ていなかったとか、南の森に棲む妖精を尋ねるべきだろうか、など。


 そんな話の内容など私にはさっぱり判らないし、そういった様子は旦那さまがいつも一人で食事をしているときとあまり変わらないのだが。


 なぜか今夜は楽しそうに召し上がっているような気がした。


 笑っているわけでもないのに。なぜそう思うのか自分でも判らないけれど。


 ご機嫌が悪いよりはいいのかもしれない。



「アリス、シチューのおかわりを」



「はい」



「今夜はいつもより美味しいな」



「さようですか。それはよかったです」



 私的にはもう少しシチューに塩気があってもよかったと、カボチャが甘めな分そう思うのだが。



「とっておきのスパイスが隠し味になってるみたいだ」



「スパイス、ですか……?」



 隠し味なんて入れてないけど?



「そろそろデザートの準備をしてまいりますね」



 食べ終えた私は席を立った。



「もう食べないのか?」



 旦那さまが驚いたように私を見た。



「はい、充分にいただきました」



 こう言ってはみるが、本当は旦那さまとの食事が少し苦痛で。


 早くこの時間が終わればいいのにと思っていたりする。


 気の利いた話の一つもできない自分にも苛立っていたり………。


 何か会話をするべきなのかと思ったり。


 けれどそんなことまでは私の仕事ではない。


 そもそもこんなふうにメイドと主人が一緒に食事をとることなど考えられないことなのだ。


 なんだか息苦しくてたまらなくなってきた。


 デザートは辞退しよう!



「───どうした?何か言いたそうだな。いつもより仏頂面ではないか」



「林檎が苦手なものですから。お腹もいっぱいですし、デザートまでは食べられそうになくて」



「それは残念だ。私は好きなのだかな」



 旦那さまは少しだけ寂し気な表情になった。



「林檎のジャムも作りましたから。明日の朝食にお出ししますね」



「りんごジャムか!」



 サイルーン様の表情は一変して明るいものになった。


 私は一つどうしても気になっていたことを話そうと決めた。



「あの、旦那さま。私には妖精が見えて会話ができるという異能があります」


「ああ、そのようだな」


「申し訳ありません」


「なぜ謝るんだ?」


「履歴書に記入してませんでした」


「そんなことで謝る必要はない。君が書かなくても僕は最初から感じていた。面接をした時点で君には異能があるようだとね。魔法使いにはわかるものさ。ただそれがどんな力かまでは見抜けなかったけれど」



「そうでしたか。………あの、私、この異能がメイドの仕事の支障とならないよう、お屋敷にご迷惑をかけないように、旦那さまに不愉快な思いをさせないよう気を付けます」


 ……だから。

 居心地の良いこのお屋敷で、少しでも長く働きたいと思った。


「今後は昼間のような霧の妖精にも充分に注意して行動を……」



「アリス。もういい、そんなことは気にしなくても。僕は気にしていない。妖精たちの悪戯などいちいち気にしていたら魔法使いなどやってられん。君はその異能できっと今まで何かと気苦労したのだろうが、ここでは気にする必要はない。外はべつだが、この屋敷内に妖精は入って来られないから。見えてしまう君には安心していられるはずだ」



「入って来られない………。それは旦那さまの魔法のせいですか?」


 やはりそうなのかと思いながらも私は聞いてみた。



「まあな。───ああ、そうだ………」


 旦那さまは小さく頷くと、なにやら思いついたという顔で私に言った。



「君はもっと学習して覚える必要がありそうだな」


「覚えることですか? お掃除のやり方などでしょうか。他所のお屋敷でも掃除の仕方が違ってこだわりのあるお宅もありましたが」



 魔法使いの住む屋敷も何か特別な決まりがあるのかもしれない。



 そんなことを考えている私を、旦那さまは何か面白いものを見つめるような眼差しを向けながら言った。



「違う。掃除の仕方などではない。君はもっと自分のことを知る必要があるということだ。自身の異能や妖精のことや魔法のことなどをね。───さあ、つまらない話はここまでにして、早くデザートが食べたいぞ」


 つまらない話には思えなかったけれど。デザートをこれ以上待たせたらサイルーン様のご機嫌が悪くなりそうなので。


「すぐに持ってまいります」


 私は席を立ち、厨房へと向かった。


 旦那さまからリクエストされていた〈林檎のコンポート、マスカルポーネ添え〉は白ワインを加えて煮込んでおいた。


 甘さの中にもほんの少しほろ苦さがある仕上がりだ。


 器に盛り付け、シナモンパウダーも忘れずに振りかける。


 最後に添えたクリーミーなマスカルポーネは、トロリとした林檎の食感とよく合うはずだ。


 後で食べるのが楽しみ!


 林檎が苦手、というのは咄嗟についてしまった嘘だった。


 自分用のデザートはこっそり取り置いてあるのだ。


 旦那さまには申し訳ないけど。でもこのくらいは許してもらおう。



 満足顔でデザートを味わうサイルーンさまを眺めながら、私はこっそりと笑んだ。


 ♢♢♢



「今夜は最初から最後まで、スパイスの効いた夕食だったな」



「………そうですか?」


 私は首をかしげた。


「そんなにスパイスを効かせたつもりはないですけど」



「味ではなく、君と一緒だったからそう感じたのかもしれないな」


「はぁ」


 なんと返答していいものやら。


 旦那さまの独特な解釈に私は頭を悩ませた。


「いつもより刺激的な夕食をありがとう、アリス」



 きれいに食べ終えて食堂を出て行くサイルーン様は、笑ってもいないのになんだか楽しそうに見えて、私はとても不思議な気持ちになりながら後片付けをはじめた。



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