Ep.01:Mr.peach the beginning.

 鼓膜にしつこくまとわりつく時計の音が俺の集中力を散漫とさせた。

 触れれば壊れてしまいそうなほど張り詰めた空気の中で、俺は一人の男と見つめ合っていた。


「いつになったら吐くつもりだぁ?桃太郎さんよぉ」


 男は俺の胸ぐらを掴んで睨みつける。

 だが、この程度で折れるほどの弱い意思でここに立っているわけではない。

 俺は決して動じず、男の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「お前、自分の立場分かっとんのか?このまま黙ってりゃ返してもらえるとか思ったんじゃねぇだろうなぁ」


 男が口調を荒げる。

 それでも俺は決して動じなかった。

 ここで折れたら負けだ。あいつらが到着するまで多く見積もってもあと数分。無駄な傷は負いたくない。穏便に済ませよう。


「おい、話聞いてんのか?次黙ったら拳が飛ぶぜ?」


 ふん、ここにきて暴力か。下らない。

 こういう場合は先に殴った方の負けだ。

 我慢強さだけは親父譲りだ。


「チッ。テメェら、作戦変更だ。こいつ殺すぞ」


 部屋の奥からもう5、6人ほどの屈強な黒服の男が現れた。

 腕っ節は強そうだ。


れ」


 男の命令と共に、黒服が殴りかかってきた。

 と、その時部屋全体が爆音を上げて振動を始めた。

 地震かと見まごうほどの揺れに、黒服たちも動転する。


「...おせぇよ馬鹿野郎」


「おいおい、あんたら!家はもっと頑丈に作っとかなあかんのとちゃうか?」


 コテコテの関西弁と共に、粉々になった壁から巨漢が覗く。


「全く、君という男は懲りないねぇ。だが、そういうところが非常に興味深い」


 その後ろからひょこっとガリメガネが顔を出す。


「帰ったら、きびだんご奢りよ?」


 少し遅れてスレンダーな美女がヘルメットを脱ぐ。


「だ、誰だてめぇら!」


 いかにも小物っぽい男のセリフから、俺は明らかな焦りを感じ取った。

 力の緩んだ胸ぐらを掴む手を解いて、少しキザにほくそ笑んでみせた。


「ふん...紹介するぜ、用心棒お供のゴリラ、ウルフ、ホークだ」


「クソが...。まぁいいぜ、行くぜテメェら」


 胸の内ポケットから現れた黒い鉄。カチッという不吉な音のあと、死の叫びと共に恐怖の弾丸が宙に放たれた。


鉄砲てっぽは卑怯やあらへんか?漢っちゅうもんは、拳で戦わないかん。...知らんけど」


 刹那、ゴリラの鋼—いや、金剛石並みの肉体に命中した凶弾はまるで粘土のようにぺしゃんこになった。

 そして、何故か銃を放った男の身体が俺の後方にまで吹き飛んだ。


「兄ちゃん、牛乳はくそぉても飲まんといかんで。多分やけど、今ので肋骨全部折れたんとちゃうか?」


 ゴリラの拳は男に直接触れることすらせずに、その全てを粉砕した。

 ゴリラの名は伊達どころか、寧ろ謙遜表現かもしれない。


 その後も、黒服たちが応戦したが、結局ゴリラには触れることすらできずにあえなく全滅した。


「さぁ、帰りましょう」


 ウルフの透き通った声が心地よい。


「今回も一件落着って感じね」


 そしてホークは今日もエロい。


「ほんで、なんか収穫はあったんか?桃やん」


「あぁ、割とデケェのが獲れたぞ。それに...」


 俺は懐からUSBを取り出して、三人に見せる。


「彼らの研究データですか?」


「流石はウルフ、話が早ぇな。奴らのデスクから盗んできたわけだが、どうやら『鬼ヶ島計画』がそろそろ本気で動き出そうとしてる」


「それほど時間はない、と」


 ウルフはメガネを指でクイッと持ち上げて、口角を歪める。


「解析、できるよな?」


「ハハハハハ....笑わせないでくれ。この天下の聡明に不可能などありゃしないのに」


 高笑いを続けるウルフを華麗にスルーして、ホークの方を向く。


「ホークはこれ、頼めるか?」


 そういってホークに一枚の顔写真を渡した。


「これは?」


「鬼ヶ島計画の重役と思われる男だ」


「分かったわ。すぐに捕まえてくる」


 ホークは真っ赤な唇に指を当てて、それを舌で舐めずった。


「さて、逆襲を始めよう!」


 この言葉は他でもなく、自分自身への鼓舞であった。

 住み慣れた街を包む夕暮れの焔が、俺たちの眼を鮮やかな橙に染め上げた。


 桃太郎、いざ参る!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桃太郎-underground- 都石ヱル @Miyakoishi_L

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ