Epilogue 少女の夜明け

 ――箱庭の永遠は破られ、少女の部屋に光が射し込む。一人になった少女は、もう独りではなかった。


 夜が明けて、よく晴れた朝。少女は目覚まし時計の音で目を覚まして、窓の外を見た。心なしか、いつもよりずっと綺麗な朝日だった。


「おはよう」

 通学路で学友たちに爽やかに声を掛ければ、彼女たちはにこやかに返事をしたのちに、口々にこう言った。

「何かいいことでもあったの?」

「え?」

「だって」

 少女たちは彼女をじっと見つめて言った。

「いつもよりなんだか楽しそう」

 彼女は少し首を傾げてから、ふふふと笑った。

「そうね、とっても晴れやかな気持ちなの」

 ハミングをしながらスキップをする彼女には、まるで羽でもついているかのように軽やかだった。もちろん、歌っているのは一番好きなあの歌だ。


 彼女をよく知る者なら、彼女の変化に気付かないわけがなかった。学校を終えて、ほとんど舞い踊りながら帰ってきた娘を母は叱責した。

「何を浮かれているのですか、さあ、早く宿題をなさい」

 厳しい母も、今の彼女にはちっとも怖くなかった。自分を貫きたいという気持ちが、強く強く彼女を突き動かしていた。

「お母さま、宿題は絶対にするから、私、少しお散歩に行くわね」

「え? こら、遊びは宿題が終わってからでしょう! 今まで破ったことなど一度も無かったのに……!」

 一冊のまっさらなノートとペンを手に、彼女は思いっきり走って玄関を後にした。こんなに気持ちが良いのは生まれて初めてだった。


 家から少し離れた丘に着くと、彼女は木の下に座り込んでノートを開き、夢中で何かを綴り始めた。

『日が沈み空が紺碧に染まっていく頃、小さな箱庭のひとりぼっちの少女は……』

 それは彼女と、もう一人のあの少女の物語だった。あのもう一人の少女と別れた時から、彼女は箱庭と少女のことや二人のあの日々を書き残そうと決めていたのだ。

 夢中で書き続けて、日が暮れ始めてようやく彼女はノートを閉じて、表紙にこう記した。

 『箱庭の少女と永遠の夜』


 これは彼女の、本当にあった物語である。

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箱庭の少女と永遠の夜 藍沢 紗夜 @EdamameKoeda

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