あぶく病

花井有人

あぶく病

「こりゃあ……またエグい死体ですね」

 僕が見た写真には、頭部がない血みどろの死体が映っていた。

 アスファルトの上に転がっている頭の欠けた死体は男性のもののようで、シャツにべっとりと赤黒い血がペンキをぶちまけたみたいに付いている。

 頭部のあるべき部分は血の池が出来ており、首の断面はまるでアサガオが花開いたように、パックリと肉を開いて、グジュグジュの煮崩れしたチャーシューみたいになっている。


「これ、死因はなんなんです?」

「頭部の破裂だ」

「破裂? 頭が吹っ飛んだってことですか? 脳みそに爆弾でも仕込まれて?」

「その例えは、『まさにその通り』って言わざるを得ない」


 僕の問いに、相手の刑事は頷いた。若い刑事だが、真面目そうな公務員さまである。

 対して僕は、ただの小説家だ。いつもネタを探して取材を申し込み、未知のものを探求してはそれを物語に変換する。

 今回は、迷宮入りになった事件を取材していて、過去の未解決事件の資料を見せてもらっている。

 そんなものを、小説のネタにしたいからと言って取材に応じて見せてくれるはずはないが、世の中は金とコネクションでできている。

 幸い、僕はそこに関して融通が利く立場にあったため、この機会を獲得できたわけだ。


 相手の若い刑事は、僕のことを胡散臭い野郎だと見下しているような……、いや、軽蔑している目を向けていた。

 事件をネタにして、糧にしようって考えが気に入らないのだろう。

 尤も僕は、他人の評価や世間体など、興味がないので、そんな視線の抗議は何も感じない。


 僕は、頭部が吹っ飛んだ男の写真をもう一度、じっくりと眺めた。

 首の肉片に白い米粒みたいなものが映っている。肉肉しい赤の中に、白い粒がちょこんとくっついているのは注意深く観察しないと気が付かなかったかもしれない。


「こいつは、ウジムシですね」

「そうだ。……あんた、ほんとモノ好きだね」

 僕に対して、『お前、変態だろ』と言わんばかりの眼を向けている刑事に、僕は特に反応しなかった。


「路上で死んでるみたいですけど、ウジが寄ってくるまで放置されてたんですか?」

「発見は直ぐだった。でもまぁムシってのはどこからでも沸いてくるもんだ。死んで僅か三十分の死体でも、ムシにたかられることだってある」

「都内の路上で、頭を吹っ飛ばされて死んだ。それも、昼前の明るい時間に」

「その通り。だから、最初はすぐに犯人は見つかると思った」


 犯人……。そうだ。これは誰がどう見ても事故の死に方ではない。

 何者かによって、殺害された死に方だろう。

 だが、頭を吹っ飛ばすなんて、ハデな殺し方をどうやってやったのだろう。日も高い街の中で……。


 僕は資料を覗き込み、目撃者の言葉などを読むことにした。

 どうやら、被害者は突然、もがきだしてそして頭がドカンと吹っ飛んだというのだ。

 普通ならそんな話を鵜呑みにはしないが、この事件が解決に至っていないことから目撃者の証言を疑うこともできない。


「爆弾の破片は見つかったんですか?」

「いや……。そんなものは見つかってない」

「爆弾で死んだんでしょう?」

「……それ以外に考えられないから、そう言っただけだ」

「……つまり、ホントのところは、爆弾なんか見つかってない?」

「そうだよ」


 不機嫌そうに刑事は吐き出す。

 未解決の事件を根掘り葉掘りと訊ねられるのは刑事からすると、誇りを汚されるようなものだろう。


「爆弾がバクハツしたら、必ず痕跡に遺る。でも、このガイシャは、そんなものがない状態だった」

「自然に頭が爆発したってことになりますねー」


 面白い話だなと、僕は少し浮かれた声を出していた。それが気に入らないのか刑事は露骨に嫌な顔をして、鼻を鳴らす。


「分かってるのは、死ぬ直前まで、このガイシャさんは、喫煙していたってことくらいだ」

「タバコですか」

「そのタバコなら、銘柄も割れている程度には調査が済んでいる」


 資料を追っていくと、なるほど確かに、被害者の男性がタバコを吸っていたと分かる情報が書いてあった。


「タバコが爆弾だったってことですか」

「……」


 冗談めかして僕は言ったものの、相手の刑事は深刻そうな顔をしたまま、腕組みをするばかりだ。

 あながち、冗談になっていないのだろう。

 当時の警察も、この事件の着目点として、タバコのことは調査しただろう。タバコに毒でも盛られていたとかで、殺害されたような事件もあっただろうから。


「タバコを吸うときは、火を使うだろう。だから、アンタの言うように、タバコ型の爆弾だった可能性も考えて捜査をした。でも、タバコ型の爆弾だろうが、なんだろうが、火薬を使うはずだ。そうしたら、それが現場に痕跡として残る。なのに、そんなものはまるでなかった。だから、この事件は行き詰ってるんだ」

「面白い話ですね」

「どこかだ!」


 不謹慎だと刑事は怒りをあらわにさせていた。これは失言だったと、思いながらも、興味はほとんどその事件の内容に向いていて、被害者の男性への配慮なんかは蚊帳の外であった。

 仮にタバコが原因でこの男性が死んだとしたならば、自業自得ではないかと思った部分もあるのだ。


「路上の喫煙は禁止されてますよねえ」

「……そうだな。喫煙は所定の場所のみで行うように定められている」

「でも、この人、路上で歩きタバコをしてた」

「だから、殺されてもいいと?」

「そうはいいませんが、ルール違反をしていた」


 だから、個人的には自業自得だと思ったのだ。

 ルールを破れば何かしらの罰が与えられる。この男の場合、それが頭部爆裂というものだった。この男が、きちんとルールを守っていれば、死ななかったかもしれないと空想するのは、僕が小説家だからだろうか。

 ともあれ、とてもいいネタになりそうな話だった。

 やはり、この世の中に隠されている未解決事件や不思議な出来事というのは、ネタになる。


 僕はゼロから作品を作ることをしない。

 必ず、現実世界にあるものを見て、そこから感じ取ったインスピレーションを膨らませることから、作品の骨組みを作っていく。

 そのほうが、物語に親近感がわく。リアリティと言ってもいいだろう。

 もしかしたら、本当にこんなことがあるかもしれないと、読者が妄想することができれば、僕の小説は大成功と考えている。


「取材協力、ありがとうございました」

 僕は丁寧に頭を下げて、刑事に礼を述べると、警察署の地下にある資料室から立ち去った。

 最後まで刑事の男は、僕のことを気に入らないという眼を向けていた。その視線もまた、ネタになると思って、僕はじっくりと観察したのだが、どうもそれが相手の神経を逆なでしたらしい。


 警察署から出て、少し考えをまとめようと近くの喫茶店に入ろうと考えた。

 適当に街を歩きながら、チェーン店の喫茶店を発見すると、僕はまっすぐそこに向かった。

 店内に入ると、コーヒーの香りと共に、店員の声が迎えてくれた。


「いらっしゃいませ」

「一人ね」

「喫煙席と禁煙席、どちらをご利用ですか」

「……」


 ふと、僕はその時、考え込んだ。

 普段から僕はタバコは吸わない。試しに吸ったことはあるが、別にそれを続けたいと思ったことはない。タバコの金額も年々上がるばかりで、喫煙場所だって減らされているのだから。

 ふと、店内の奥まったスペースを確認すると、そこは格子状のガラスに覆われた喫煙スペースがあった。禁煙席と比べるととても狭く、まるで悪性ウィルスに感染した患者の隔離施設みたいに、檻の中に閉じ込められている印象がある。

 中では、タバコとコーヒーを交互に味わっているサラリーマン風の男が居た。他にも数名、タバコをふかしながら、スマホでネットサーフィンをしつつ、時折、コーヒーを啜っている客が居るのが分かる。


「禁煙席で頼むよ。でも、喫煙席の近くがいい」

 僕の要望に、店員の女性は、怪訝な顔をした。普通は禁煙席を希望する人間は、喫煙席から離れたところを求めるものだろう。

 何せ、近くによるだけで、臭いのだから。

 タバコを吸わない人間からすると、喫煙者というのは、非常に『臭い』。

 自分の隣で脱糞されている程度には、臭いのだ。

 そんな人間たちの隣で、飲食したいとは思わないだろう。だから、普通は、喫煙席から離れた席を希望するのが常である。


 店員の女性は不思議そうに思いながらも、要望通りの席に僕を案内してくれた。

 僕はそのままメニューも開かず、「ブレンド」と頼み、店員を下がらせた。


「さて」


 僕はノートパソコンを取り出し、取材の内容と、自分の空想をミックスさせていく。

 店内はコーヒーの香りに交じり、ヤニ臭さが鼻孔に伝わってくる。この席が、そういう席だからだろう。

 丁度いい。頭が爆裂した喫煙男をネタに、僕は新作の小説を、まず、殴り描く。

 文章を綺麗に推古などせず、まずは書きたいように、指を動かすのだ。


 そうしないと、理屈が邪魔をして、エンターテイメントが生み出せない。

 自分が面白いと思うままに書くのが、重要だ。整理整頓は、出来上がってからやればいい。


「……ヤニ臭さってのは、文字通り、『鼻につく』な」

 鼻につく野郎だ、などという言葉がある。嫌味な感じを受けることを現わす言葉だ。

 せっかくの美味いコーヒーの香りを無粋にも穢すヤニ臭さ。

 その感覚が、僕の創作意欲に火を付けていく。


 僕がノートパソコンのキーを叩いていると、さっきとは別の店員がブレンドを持って来た。

 そこで僕は手を止めて、コーヒーを楽しむために、身体が沈み込むようなソファーに背中を埋めながら、窓の外をなんとなく眺めていた。


「いるよなぁー……やっぱり」


 思わず、独りごとを口走ってしまう。創作家は、独りごとが多いものだ。いつも自分の世界を組み立てているからこそ、独りごとは必要不可欠なのだ。

 僕が思わず口走ってしまった『やっぱり』は、窓の外にあった。


 昼過ぎ、三時の街中は、人の通りはまばらだが、まったく途切れるというものでもない。

 車道を超えた先の歩道で、僕は一人の若い男を発見していた。

 歳は恐らく二十前半くらいだろうか。ラフな姿をしていて、自転車を走らせている。

 その男は、口に、タバコを咥えて自転車を走らせていた。紫煙が後を引き、すれ違った女性が顔を覆っていた。


 歩きたばこならぬ、チャリたばことでも言うべきか。

 路上での喫煙は固く禁じられている、とはされているが、実際のところ、あのような喫煙者が当然のようにタバコをふかしているのは至る所で目にできる。

 一日に一度は必ず見る、程度には。


 僕はその自転車の男を眼で追いながら、苦みのある黒い液体を喉に流し込んでいく。


 ――と、僕は日常の風景を観察しながら、また空想の世界に旅立とうとした刹那だった。


 タバコの臭いに嫌悪感を見せて顔を覆った女性の耳の孔から、何か白い、湯気のようなものが出ているのに気が付いた。

 僕は見間違いかと、瞬きをして、しっかりと遠くに見える女性の顔を確認しようとした。


 確かに、耳から白い、煙みたいな線が出ていた。それは一筋の糸のように、女性の耳から抜き出ていくと、中空を泳ぐように、女性の後方に流れていく――。


「!?」


 僕は、思わず立ち上がり、ノートパソコンも席に置いたまま店の外に駆けだした。

 そして、しっかりと、女性の方を確認したが、当の本人は、耳から出て来た煙に気が付いていないのか、どんどん遠くに遠ざかって歩いていく。

 僕は、耳から出て来た奇妙な煙を捜した。しっかりと目視しないと分からなくなりそうな『湯気』みたいだった。

 しかし、それはまるで生き物のように、明確な意思を持って、空気の中を泳いでいる様子だった。


 湯気を見失ってしまった。勘違いだったのだろうか。僕の妄想が錯覚させた幻視だったのかもしれない。

 そう思いながらも、僕は湯気を捜して、視線を彷徨わせていると。


 遠くから何かが倒れ込むような音がけたたましく響く。

 僕はハッとしてそちらに向かった。


 自転車が転がっていた。


 からからと車輪が回っている。

 その少し先に、男が倒れて、「ウギ、ウギ」と奇怪な声を上げて、悶え苦しんでいるではないか。

 僕は唖然としてしまって、その光景を見ていた。

 僕の他にも、数名、周囲に居た通行人が何事かとその男を遠巻きに見ている様子だった。


「お、おいあんた、どうした?」

 僕は、声をかけてみたが、男が頭を抱えて、路上でジタジタとのたうち回るばかりで返事も出来そうにない。青ざめた顔がだんだん土気色に変色していく。

 目玉が血走っていて、口の端から泡を噴き出していた。


 ヤバいクスリでもやってるんじゃないか。そんな感じだった。

 薬物中毒で苦しむ人間も、昔取材で見たことがある。それと似ていた。


「ウギッ! ギギッ!」

 男は酷い顔をしていて、見るからに苦しそうだ。

 僕はこれだけ野次馬が居るのなら、誰かが警察なり救急なりに連絡しているだろうと憶測して、男の観察をすることにした。

 別に、この男の苦しみをどうにかしてやりたいと思ったりはしなかった。

 なぜなら、自業自得だからだ。


 男は、ルールを破ったのだから。

 こうなるのは、ある意味、仕方ないと僕は思う。

 どんな些細なルールさえ、破ってしまえばそれは罰が発生する。僕はその罰を受ける姿に、純粋にエンターテイメント性を感じていた。

 小学生が、赤信号を無視して、車に轢かれたとしても、僕は同様にそう感じることだろう。


「おっ、おっおっ」


 男の様子が変わった。声のトーンが一オクターブ上がって、オットセイみたいな泣き声をリズミカルにあげている。


 ぶく。


「!?」


 ぶく、ぶく。


 男の頭部が、もこりと膨らんだ。

 ぶくぶく、ぶくぶくと、額の皮膚が泡立つように見えた。


「おっ、おっ」


 男はもう白目を剥いて、理性のある顔をしていない。

 鼻の穴が膨らみ、ぷくりと鼻水が提灯を作って割れる。


 ぶくぶく、ぶくぶくと、ヤカンの中の熱湯が沸騰しているみたいに、男の頭部の皮膚が、あぶくのように膨らみ、無数の凹凸を作っていく。

 何かのB級ホラー映像みたいに、男の顔が膨らんでいった。

 まるで、風船みたいに、ぶくぶくぶくぶく、と。


「破裂するッ」

 僕はハッとした。

 周囲からは悲鳴に似た声が上がっていた。今や、男の顔は、『アンパンマン』みたいに丸く膨らみ、ボコボコとあぶくを次々形成していく。


 ぶぼっ!


 汚らしい放屁のような音がして、あぶくが弾けた。

 男の頭部は、それで吹き飛んでいた――。


「な……な……、なんだ、これは………………」


 僕は、目の前で起こった異常な状況に必死に思考を組み立てなおす。

 これ以上にない衝撃の瞬間を目撃できたのだ。冷静になって、状況を汲み取らなくてはもったいない。


 もう、男はピクピクと痙攣をしているだけだった。頭のない体が、時折、ビクビクと動くのは見ていてどこか滑稽にも思える。

 グロさや恐怖より、ありえないという感覚のほうが強いせいか、それをフィクション化して考えてしまいそうになっているためだろう。


 僕は男の頭部があった部分をしっかりとみてやろうと、抉れた首を確認した。

 しゅうしゅうと、白い湯気みたいなものが上がっている。そして、まだ鮮血がぴゅるぴゅると噴き出している首の肉に、『ウジムシ』がくっついていることに気が付いた。


「……おかしくないか……?」


 僕はぞっとしていた。

 この男が死んだのは、今、ほんの数秒前だ。なのに、もうウジムシが首の肉にくっついている。

 モゾモゾと蠢く、白米みたいなムシは、赤い血と肉の中で異様なほどに、真っ白い。


 僕は思わず、スマホで写真を撮った。

 これ以上のネタはそうそう出会えないだろう。

 周りの野次馬たちもスマホで現場を撮影したり、動画を撮ったりしている。

 僕は、そっと死体から離れると、冷静になって『アレ』を捜した。


 そう、タバコだ。

 この男は、直前までタバコを吸っていたはずだ。

 血みどろのアスファルトを捜していると、そこには吸い殻が転がっていた。火は消えていて、煙も上がっていない。


 遠くから、サイレンの音が聞こえて来た。

 パトカーが来たらしい。僕はこの新鮮な感覚を邪魔されたくなかったので、すぐに喫茶店に引き返した。

 喫茶店の中も、ざわついていて、客ばかりでなく、店員も窓に張り付き、事件現場のほうを凝視していた。

 僕は、自分の席に着き、まだ暖かいコーヒーを一口啜って、ノートパソコンを片付けた。

 動転している店員に声をかけて、会計を済ませると、人込みに紛れるように僕はその街を後にした――。



 ――自宅で、僕はスマホの映像をパソコンに映し出して、男の死体のチェックを始めた。

 僕の目の錯覚でなかったら……。アレはウジムシではなかったかもしれない……。


 映像を分析し、拡大させていくと、男の抉れた肉の中で白く蠢くその正体が分かった。


「こいつは……一匹じゃぁないぞ……!」


 米粒のように小さな白いウジムシが一匹、肉に埋もれているのかと思った。

 だが、そうではない。

 白いその粒は、細やかな煙の塊だった。もっと言うと、煙でもなかったのだ。


「ミクロの世界だ……。こいつは、蚊柱みたいな……小さな虫の群衆だぞ」


 小さな小さな、一ミリにも満たないほどの極小の羽虫が、群れとなって、一つの白い粒みたいになっていた。

 それに気が付いた時、僕は、この虫の正体が何なのか分かってしまった。


「こいつは……あの女性の耳から出て来た『湯気』じゃないのか?」


 寄生虫だろうか。人の体内に住み着き、宿主を攻撃する相手に対し、反撃に移るように――。


 タバコの副流煙を、『敵』と判断したこの虫の群衆は、巣を襲撃してきた相手を追い返す『ミツバチ』みたいに、咥えたばこをしていた男を、攻撃したのかもしれない。

 あの、男の表面に浮かんだ、あぶくは、虫刺されだったとしたら……。


 僕は、自分の空想にゾクゾクと震えあがった。

 これが僕の妄想だろうと、真実だろうとどうでもいい。

 大事なのは、この僕の『発想』だ。

 面白い着想を得たのだ。


 僕は、傑作を予感していた。


 ひょっとすると、この虫の群れは、また人知れず、誰かの耳の中に住み着いているのかもしれない。

 そうして、育っていき、いつしかこの世界に人知れず増え続けていたとしたら……。


 今、世の中は喫煙者を減らそうとしているのは目に見えている。

 それは、ひょっとすると、この殺人虫の攻撃に遭わないための措置なのかもしれない。


 もう、国はこの虫の駆除ができないことを知っていたとしたら……。

 国民のパニックを避けるため、喫煙者を檻の中に追い込んでいるのだとしたら……。


 そんなパンデミック系の想像を思い描く僕は夢中だった。

 キーボードをたたく指が止まらない。発想が溢れ、物語が勝手に組みあがっていく。


 頭の奥に、とてつもない閃きが生まれ続けて、自分の脳を沸騰させ続けてくれているようだった。


 そんな僕の耳の奥がジワジワとくすぐったく感じるのは、どうしてだろう。

 何も分からないが、今はそんなことはどうでもいい。

 書かなくては。


 またあの喫茶店で、ヤニ臭さを嗅ぎながら、執筆するのもいいかもしれない。

 もし、僕の空想が本物ならば――あの喫煙スペースの誰が首を飛ばすのか、そんな期待を抱きながら――。

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