この世界を代表する凡人に捧げる

ちびまるフォイ

凡人の中で、凡人中の、凡人

前に注文していたラノベが届いたのかと思ったら、

玄関に待っていたのはスーツのメン・イン・ブラックだった。


「山田さんですね」

「チガイマスヨ。ワタシ、中国人留学生ノ……」


「下手なウソつくんじゃない。

 我々はあなたを何も逮捕しにきたのではない」


「それじゃあ異世界転生に?」


「ではなく、あなたはこの世界の標準凡人として認定されたので

 それをお伝えしにきたのです」


「ひょうじゅん……ぼんじん……?」


「ようは、世界規格の凡人ですね。

 あなたの思考や努力や行動原理、身長体重などなど

 すべてが"凡人"として認められたのです。おめでとう」


「ありがとうございます?」


「つきましては、これからあなたは

 凡人指標として観測されるのであしからず。

 といっても、なにか不都合があるわけではないのでご安心ください」


「はぁ」

「では失礼します」


男2人は言いたいだけ言って去ってしまった。

ネットで凡人規格を調べてみると、確かに折れの名前があった。


「なんか……嬉しくないなぁ……」


ネットを開いたついでに自分の書いた小説を新人賞に応募し、

あとは時間つぶしに動画サイトを巡回していた。



>あなたの動画視聴履歴が凡人基準として記録されました。



突然、スマホにメッセージが届いた。


世界凡人機構に「なんだこれは」と問い合わせると、

電話窓口であっさり笑われた。


『言ったはずですよ、あなたは標準凡人なのだと。

 あなたが見た動画は凡人に好まれやすいものとして

 様々なメディアの参考にされます』


「盗撮されているような気がするんですが……」


『まぁ、テレビの視聴率みたいなものです。

 あまり深く気にしないでくださいね』


「はぁ……」


『あと、エッチなサイトも凡人記録されますから。

 どういった趣向が好きなのかも凡人参考にされます』


「み、みみみ、見てないし!!!」


慌ててアダルトサイトを閉じて履歴を消してPCを噛み砕いた。


気分を変えようとコンビニに行くと、レジを通ったときにも通知が届いた。



>あなたの買い物が凡人基準として記録されました。



「……こういうのも凡人記録されるのか」


凡人はどういったものを買い、

1回の買い物でどれくらいの金額を払うのか。

そういったのも凡人基準として登録されるのだろう。


その日の夜、友人に誘われたパーティへと参加した。


「イエーイ、みんな、今日は楽しんでいってくださいねーー!!」


「「「 イェーイ! 」」」


クリスマスならではのテンションでみんな乾杯していた。

その様子を見ながらため息をつく。



>あなたの今の気分が凡人基準として記録されました。



「気分!?」


きっと、凡人はこういうパーティなノリについていけないのだと

凡人機構へ登録されたのだろう。どこまでも細かい。


「楽しんでますか?」

「え?」


ふと、顔をあげると参加者の女性が立っていた。


「私、こういう場所あまり慣れていないんです」

「あはは、実は俺も……」


「よかったら少し話しませんか?」



>あなたの女性の好みが凡人基準として記録されました。



「うるさいな! ほっといてくれ!!」


「えっ……ご、ごめんなさい……」


「あああ! ちがうちがう!! 今のはその……」


女性はヤバイ奴に絡んでしまったと、そそくさと去ってしまった。



>あなたの今の気分が凡人基準として記録されました。



「最悪な気分だよ、まったく……」


凡人として行動を逐一観測されるようになると、

自分でもそのことを意識するようになって息が詰まる。


耐えかねた俺は凡人機構に連絡をした。


『凡人登録を解除したい?』


「はい。もういちいち記録されるのはまっぴらなんですよ!」


『ムリですね。あなたのような凡人を見つけ出すのに

 世界規模でどれくらいの費用と期間がかかっているか知ってるんですか』


「知りませんよ! 俺だって記録してくれなんて頼んでません!」


『黙って記録する方法もあったんですが、

 誠実さに欠くのでわざわざお伝えしているんです。

 あなたがイヤだとだだをこねても変わるわけ無いでしょう』


「もういい!!」


まるで話にならないので電話を切った。



>あなたの怒りやすい状況が凡人基準として記録されました。



「激おこだよ!!」


どうにか凡人登録を強引にでも解除するしか無い。

きっと俺が凡人でなくなれば、観測する価値がなくなるはず。


品行方正で生真面目な俺からは想像できないこと、

つまりは犯罪をすればきっと観測対象から逃れられるはず。


「盗るよ、盗るよ。あれ絶対盗るよ」


万引きGメンが組体操して俺を見ているのを確認してから、

本棚に入っていた本をカバンに入れる。


「はい盗った! 捕まえて捕まえて!!」


万引きGメンたちはすぐに悪質なタックルを仕掛けて俺を捕まえた。

普段はおとなしい自分を破壊して、あえて悪そうに暴れる。


「ちくしょう! このやろー! 離しやがれーー!!」


これだけ普段の凡人である自分からかけ離れれば、

きっと凡人からは離れられるはずだ。


本屋さんのバックヤードに連れて行かれると、

店長は腕組みをしながら困った顔をしていた。


「どうして本を盗ったの?」


「むしゃくしゃしてつい……」


理系の俺からは考えもつかないほどの感情的な行動原理を述べた。


「君、凡人だよね?」


「ど、どうしてそれを?」


「凡人機構から連絡が来てね。

 君を凡人としてふさわしい裁量が求められるんだよ」


「ちっ、ちがいます! こんな悪いことする人間は凡人じゃないです!」


「いや、そういう部分を踏まえても君は凡人なんだよ。

 必死に凡人から離れようとしているところがまさに凡人クォリティ」


「そんな……」


凡人から離れようと必死に努力して、

ひいては犯罪歴まで覚悟しての捨て身の行動だったのに。


これすらも所詮は凡人の思考から逸脱しない、

凡人らしい行動だったのだと告げられてしまった。死にたい。


「まぁ、君は凡人だからこういう場合は

 "厳重注意して解放"がもっとも普通な対応なんだろう」


「待ってください! もっとこう、アバンギャルドな罰にしてください!

 そうすればきっと凡人じゃなくなる!」


「ここで変な罰を与えたら、こっちが標準から逸脱したと怒られるんだよ」


結局、俺のネゴシエーションのかいもなく、厳重注意にとどまった。

この後に再犯しようが、心を入れ替えようが凡人の域を出ないんだろう。


「もう嫌だ……こんな生活……」



>この状況で感じるあなたへのストレス量が凡人基準として記録されました。



また記録された。


落ち込んでいたとき、また追加で通知が入った。


「また凡人登録か? しつこいなぁ……」



>あなたの小説が大賞を受賞しました。



「え゛」


今度は、以前に送った新人賞からのメールだった。

俺が書いた小説がまさかの大賞受賞という華々しい結果をもたらした。


あまりの感動に眼の前が白黒する。


「うそだろ!? やった! 作家デビューだ!!」


喜んでいると、そらから二人のスーツの男がパラシュートで降りてきた。

その顔には見覚えがある。


「また会いましたね山田さん」


「またあんたらですか、凡人機構の犬め」


「ええ、今回はお別れの挨拶をしにきたんですよ」

「へっ?」


「あなたは小説が大賞を受賞しましたよね。

 それはすでに凡人の域ではないんです」


「本当ですか! それじゃ凡人記録されないんですね!」


「はい、あなたはもう凡人じゃないんです」


頭の中で「ハレルヤ」が大音量で再生された。

世界に光が満ちて、背中に翼が生えたように体が軽くなる。


「もう俺は凡人じゃないんですね!!!」

「ええ、あなたは凡人じゃありません」


「やったーー!!」





すると、今度は白い服を着た2人の男がやってきた。


「どうも、我々は世界凡人じゃない機構のものです。

 これから凡人じゃないあなたを記録させてもらいます」


「え……?」




「それで、あなたは次にどんな突飛で、凡人に思いつかないようなことをするんです?

 凡人じゃないから、どんなことも普通じゃないんでしょう!?」


白服の男たちは目を輝かせた。

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