第一章


 飛び起きた。

 何かえらく面倒な夢を見ていたというか、


「死んだ――!」


 二回か三回くらい死んだ気がする。と、朝の光が差し込むベッドの上でTシャツとパンツの姿で座り込み、一息をつく。

 ベッド脇、テレビを置いた棚にのせたデジタルの時計は1990/8/3の08:03。何かちょっと揃ってる感があってお得。今日、結構イケるんじゃない……?

 だがまあそんなのとは別として、


「コレか……」


 ベッドに落ちてる”死んだ”現況。

 まあよくあるゲーム用のグラスだ。コレを掛けて没入系のゲームが出来るってアレですよ。眼鏡にも見えるが、枕の横に置いてるというか多分落ちた。つまりゲームしてて寝落ちた訳だ。

 寝落ちいいよね。ガクっと二、三回来てから寝るのが充実感ある。

 しかしゲームというか、没入系のアレしながらの寝落ちは危険だ。

 アレだ。

 ゲームオーバーというか、死んだ直後に寝落ちると、死んだ感が凄い。


「そういうハードかー……」


 グラス。表面にGENESIS-EDGEとあるが、正確にはゲーム機ではない。何だっけ。まあいいや。確か大人になったら交換ロムでエロ画像見られます。ウハア。360度。いいな! あと二年待ちだよ僕のエロ画像。ネットでストックはしてあるけど。

 ともあれそんな未来を期待に抱きつつ、最近流行ということで、夏休みに入って始めたバイトの一週間分で買ったのだ。


 まあ、ゲームが好きではあるよ?


 とはいえそれを第一にバイトしてた訳じゃなく、自転車と服、バッグとか、遠出する装備が欲しかった。寝袋が欲しいな、と思ったのは野宿も考えていたからだ。

 親が海外に行っていて不在で、一人を持て余している、というと格好良い。何やってんだっけうちの親。確か機械関係の営業? 英語しゃべれるといいよね的な出張で、こっちはただ単に暇な時間というか空間が出来ただけだ。学校は地元で、今時珍しい寮式。つまり僕の家は無い。親が海外に行くときに引き払ってしまったし、僕にとってもデカ過ぎたから。

 でも思い出のある家だった。えーと、何か思い出せないけど、まあ、何だ、何かあった。感動的な話があったことにしよう。

 そして今、気楽だ。

 学校は、デカい敷地なので、寮と言ってもアパートだ。築十五年。元はここが学校敷地外だったときに建てられたものらしいが、土地の確保に飲まれて学生寮の一つとなっている。

 学外のこういう”寮”がよかったけどなあ、と思うが、親としてみれば子供が管理外の区域にいるのは危なっかしいのだろう。


 何かここらへん、つらつら設定が出てくるよなー。


 だがまあ、


「……何か悪い記憶しかないゲーム体験だったな」


 床に落ちているグラスの箱を見て、ベッドから降りる。窓のカーテンを貫通してくるような朝の光は、今日が暑くなることを予感させる。というか、その気配で汗ばんで起きた。あー、くそ、参った。何か、何も無いような日々が始まる予感がしてきた。

 何かしよう。金がかからなくて楽しくて盛り上がることがいいです。無いか。駄目か。平凡な人生には何も無いと、そういうことか! あアン!? 平凡な人生ナメてると承知しないからな! 税金とか淡々と消費してくんだぞ! 見てろよ高額納税者! 参ったか!

 朝から熱くなってもしょうがない。

 だから”これ”を買ったんだろうか。

 床に、軽く這うようにして降りて、グラスの箱を開ける。封となるテープを剥がして内箱まで出してみると、説明書があって、あとはそれだけ。

 何か、テンション上げるような広告とか、たとえば今後のゲームラインナップとか、そういうもんがあるかと思ったら無かった。エロ画像のアクセス方法とか当然無い。


 ……売る気あんのか!

 まあ大人の事情だろう。解っているさ。二年後に話し合おうな。だが、


「過剰包装も何だけど、こういう簡素なのもなー……」


 箱の方、黒が基調なのは格好良さ優先だろうけど、ちょっと淡泊な感もある。

 見れば床の延長コンセントに充電器が差してあるから、寝る前はそれなりにやる気はあったんだろう。二年後の期待も込めてグラス童貞を卒業したのだ。

 そしたら死んだ。

 第一印象が悪かった気もするが、それだけインパクトが強かったんだと思う。


「そうだなあ」


 また後でやるか。そう思ってベッドに視線を向けると、寝床の脇に置いてある棚の上のテレビが目に入った。その直下には、ゲーム機が幾つかある。

 塊というか、コード類が束ねて収まったゲーム機は、朝の逆光の中で自己主張に余念が無い。枕脇のグラスとはえらい違いだ。


 ……”こっち”の方が、僕には合ってる気がするんだけどなー。

 何で買ったんだ。いや、気が早いエロ目的だろう。そう確信しながら、しかしグラスを充電器に差しておく。


 朝食は無かった。しまった。冷蔵庫が空とか、ちょっと想定してなかった。

 金はある。服は――、


「バイトは何のためだっけか」


 クローゼットにあるのが制服というか夏服オンリーで、ファッションセンスが壊滅してる。

 しかも旧型だ。旧型。えーと、


「旧型?」


 いや、シャツにズボンで、フツーの制服だ。夏服という区分はあるが、旧型と、そんなことを思ったのは何故というか、


 ……あー。

 あれだ、と思ったのは、不意に夜空の画を思い出したからだ。

 一つのイメージでは無く、無数の星空の残像。それがフラッシュバックして、思い出した。


「宇宙か」


 というか星だ。


 人類が生存可能な星系が、ケッコー手の届く位置に見つかったのが結構前。

 それでまあ、宇宙開発とかが盛んになったとかで、僕達が三十代くらいにはそういう分野はもとより、そういったものをベースとして人類の活動圏は海中や高地、熱帯の未開地域にも再進出するだろう、ということで、授業では職業的な訓練が多くなった。

 日本の経済は失速気味だという話で、だったら余力がある内に、ソフト面とは別に、フィジカルというか、現場面として進出出来るようにしよう、となった訳だ。

 日本はまあ、大航海時代とかそういうのが無かったため、開拓という言葉に疎い。

 なので、人類がアフリカから生まれ、世界に広がったのをファーストフロンティア。

 そして、世界各国に気を遣ったのだろう。大航海時代から始まる世界の版図獲得をセカンドフロンティア。

 続く宇宙進出の60年代をサードフロンティアとし、今回の外宇宙および地球上の未開地域などへの再進出をフォースフロンティアと呼んだ。いやまあ、かなり勝手に、だけど。

 つまり言ったもん勝ち。

 日本が先頭突っ走って、そして息切れずに成果を出せば、やったもん勝ち。

 僕は確か、中一の時にそれが始まった世代で、つまり直撃世代一代目。

 ”新開拓産業”と名付けられたそれは、本土側の経済事業を主に発展途上国などに広げ、法などが甘いことも利用して、確実に成果を上げている。日本の場合、特に海底産業が盛んで、宇宙云々もだが、各国からは、


「世界各国の海底を掘り返してやがる」


 と言われるのが現状……、というのは一学期の”新開”授業で習うことだ。

 うちの学校は希望者には選択授業として、新開拓産業の訓練や実務、深い法律や経済関係の授業を受けることも出来、そこで”新型”の制服を購入する。というかした方がいい。

 デザインは、インナースーツと呼ばれる密閉型衣装に、外装として軽量、機能化した制服を着込むもので、かなり未来的となる。

 何で僕がこんな詳しいのか。旧型しか持ってないような僕だ。詳しいには理由がある。

 趣味だからです。女子制服のデザイナーは僕と握手した方が良い。そのくらい好きだ。僕のことはどうでもいい。女子を、女子を優先して下さい。


 ちょっと話ズレたな。



「まあいい」


 服を買おう。飯を食おう。つまり制服で金持って外に出れば幸せが待っている。待機しておけ消費世界。これから我がそこに行くからな。

 新型制服は、まあどうでもいい。男ものはスポーツ感覚がちょっと強めなんだよな。インドア系の僕が着るとモブ感が増す。というか僕は二年だからまだ選択授業がメインで入ってきてないし。

 だから今日は私服を買う。


「よし」


 とソッコで着替えて表に出る。二階。渡り廊下というかテラスじみた広さの通路に出ると、横に人影があった。隣室のドア。その前に立っているのは、


「巨乳の姐ちゃん……」


「え?」


「あ、いや、すみません。変な声出ました。ちょっと自分に素直な生き方してまして」


 知らない女性がいた。

 長身の巨乳。


※先輩ラフ画 作:さとやす(TENKY)


 何かが僕にジャストヒットした。


 心の中でさりげなく相手の全身を三桁くらい画撮しつつ、


「ええと、すみません。どちら様でしょうか」


 さっき変な声出した。だから謝るのは大事だ。その一方で心の中では、


 ……うはあああああ!

 内心で変な声出す分には謝らなくていい。ルールだ。あと、巨乳には丁寧語。これも大事だ。頭も下げておく。信仰の対象だからね。凄く大事。

 すると相手は、ちょっと戸惑いながらも軽く会釈を返し、黒のロング揺らして、


「住良木・出見、君……?」


 ”すめらぎ・いずみ”って、そう呼ばれて、一瞬。誰のことか解らなかった。


 ……僕だよ!

 美人に名前を呼ばれるとか、人生でこれまであっただろうか。どういうことだ。とはいえちゃんと返答しておかないと駄目だ。巨乳の美人に声かけられるとか、レアな事態に対し、失敗してはならない。


「え!? あ、ファイ!」


 あーダメダメ僕。何でうわずってんの。ちゃんと会話に持ち込むトークしないと! でも、何でこっちの名前を知ってんだろうか。どういうことだ。つまりこれは、


「結婚したいんですか!?」


「え?」


 疑問詞に、自分の頬を自分で打った。


 ……焦りすぎだ……!

 何がどう焦ってるのか解らないが、とにかく焦りすぎだ。巨乳が悪い。いや、悪くない。どっちだ。悪いのは僕です。そうだ。それでいい。いいんだ……。


「あ、いや、すみません。ちょっと、ええと」


 あ、ヤダ僕、何かちょっとキンチョーしてくねくねしてる。主観的にキモい。というか相手は年齢的に僕より上だと思う。というか、


 ……そうか!

 解った。

 ジャストヒットの理由がわかった。

 新型制服を着ているんだ、この人。


 いつか結婚しようと、そう思いました。


 ともあれ内心を見せると不審者全開だ。だけどここで

「じゃ!」

 と去ったら単にキョドいのが夏の朝に不規則な動きをしているに過ぎなくなる。第一印象は大事だ。

 だから僕は、とりあえずのコミュニケーションとして、


「先輩? ですか?」


 問うと、相手は小さく笑った。そして自分の前のドアを指さし、


「今日からこっち。お隣になるので。ええと、住良木君? お隣ですよね? ――大家? さん? に聞きました」


 ……マジかよ……。大家よくやったよ……。神かよ……。

 額に手を当て、大家と何かに感謝した。

 人生おいて、隣室に美人の巨乳がいるのと、いないのとでは、もはや徳の階位が五段くらい差がつくだろう。当たり前だ。

 そうだ。女性側だってそうだろう。隣室に、イケメンの長身で金持ちがいるのと、いないのでは、徳の階位が違うはずだ。僕がどうであるかは現在の考慮からは除外する。いいね? ともあれ、


「有り難う御座います」


「え? 何でです?」


「あ、いや、何というべきか……」


 よく考えたら、この先輩のことを僕は知らない。だが、特定条件を満たしているだけで僕は何もかも大丈夫という気になっている。つまりこれは、


「第一印象って、大事だな、って」


「え? あ、まあ、うん……」


 あれ? 何か僕、引かれてるんですけど。何か変なこと……、してるよ! 今も何かちょっとくねくねしながら言ってるし。あーもう駄目、第一印象。バイトの時に履歴書で自分の短所の欄に”第一印象が悪い”って書いたけど、その通りだ。でもバイト先は巨乳がいなかったので短所は発揮されませんでした。良かった。良くない。今が駄目だ。だけど、


「じゃあ」


 と彼女が言った。


「ずっとそうだと、嬉しいですね」



「あ、それは大丈夫です」


 巨乳は失われない。真理だ。新型制服着てらっしゃるとか、素晴らしい。崇めたい。そう思う。だから全然大丈夫!


「第一印象から最後まで、貫通攻撃のように大丈夫です! 何ならいますぐ先輩のために死んでいい! そのくらいで!」


「いや、そこまでは……」


 巨乳で謙虚とは素晴らしい……。危うく声に出して言うところだった。今、最も声に出して言いたい言葉は”巨乳で謙虚な先輩”です。ワンモア。後で多摩川に向かって叫ぼう。

 そして彼女が問うてきた。ちょっと迷い気味にアパートを指さし、


「何か、ここに住むので気をつけること、あります?」


「え!? あ、ファイ!」


 何かアドバイスをしなければ! そうだ。ええと、とりあえず問題なこと。そうだ。確実に気をつけて欲しいことがあった!


「――横の部屋から変な声が聞こえてきても、風の囁きくらいに思って無視して下さい!」


「え?」


 自分の頬を自分で張った。


「何でも無いです! ここら平和なんで! たまに狸とか出ますけどそのくらい平和で!」


「あ、うん、それはもう」


 じゃあ、と先輩が部屋のドアを開ける。手荷物が大きいと今更僕は気づき、手伝える機会があればよかったと思う。だけどここはこれまで。僕は急ぎ外に向かって、階段を降りていき、後ろでお隣のドアが閉まる音を聞きながら、


「――完璧な挨拶だった」


 よくやった僕。


 彼女はドアを閉じ、自室に入って一息を吐いた。

 部屋には丁度が揃っている。2LDK、アパートとしては広めで、


 ……正確には低層マンションと言うのでしたっけ。 

 荷物を持って、明かりをつけずにまず奥の部屋に行く。寝室兼勉強部屋。雨戸は閉じていない。カーテンが掛かっているが、朝の光は隙間から充分に差してくる。

 床の薄い絨毯が何となく湿ったように冷たいのは、夏の朝故だ。そして、


「……こんなにすぐ戻ってくることになるとは、思いませんでした」


 壁際にベッドがある。己は荷物を手放し、寝床に座って、


「ん」


 壁に背をつく。

 この向こうは、さっき遭った彼の部屋だ。


 ……どうなるでしょうか。

 一息入れたら学校に行こう。そう思いながら、呟く。


「――私で、いいのでしょうか」


「いいねえ! すごくいいです!」


 夏休みの学校が、こんなに面白いとは!

 巨大な学園都市みたいなものだ。学内町とかも出来ているくらいだが、やっぱり授業の無い夏休みは閑散としている。

 遠くで部活のかけ声を聞いたり、たまに見る部活中の同級生や元同クラスの連中に手を上げたりしていると、何かまあ、いつもの学校とは違う場所に来た感がある。

 朝食は学食で済まそう。

 それから服を買いに行こう。

 でもまあその前に、ちょっと学内見ていくのもいいかなあ。


 五分で飽きた。


 飽きるよな。

 まあそりゃそうだ。どこもかしこも構造が大体同じだから学校として機能してる。デカい敷地で大人数いるがゆえに、各地に校舎が有るけど、まあ大体どれも同じだろう。

 僕がいるのは東校舎帯で、全域の中では極東呼ばわりされてる場所だけど、外部というか学外の文明である立川駅には最も近い。

 まあそんな訳で学食に行こうと思ったら案の定迷った。ちょっとテキトーに歩いたのがいけない。黒猫にも前を横切られる始末だ。そして地下式の学食についてみれば、


「”食材確保のため、本日休みます”って、どういうこと……」


 いやまあそういうことだ。解りやす過ぎる。しかし何だ確保って、猟師か。

 別の処に行くかなあ、と、そう思って中庭の自販機でとりあえずカロリー高そうなものを飲もうと、小銭を出そうとしたときだ。


「あ! 住良木チャン――!」


 呼ばれた。A棟の一階、廊下の窓が開いて、金色の髪の派手な女性が手を振ってる。横には長身の男がいて、彼もまたこちらに手を上げた。


「おい! 住良木! 人数合わせに来いよ! 咲が新しいの持ってきた!」


「だねえ、住良木チャン! 徹相手だと弱すぎてつまんないから来るといいヨ――!」


 何だ何だ一体。

 ともあれ、見ていると、咲と呼ばれた女性がビニル袋を掲げている。

 食料。外部調達。学内の買い食い。いいですねえ。

 夏休みだなあ、と思いながら、僕は二人の方に行く。窓から見る限り、二人とも新型制服だ。

 先輩が増えていく。

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神々のいない星で 川上 稔/電撃文庫 @dengekibunko

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