わびすけのつぶやき「色々足りないクリスマスだぜ」

侘助ヒマリ

色々と足りないクリスマスだぜ

 チワワのわびすけだ。


 ずいぶんと不精をしてしまったな。


 よわい十三と半年、人間にしてみれば七十あたりとなった俺だが、生憎とくたばっちゃあいないぜ。

 あちこちにガタがきてはいるが、今日もおてんとさんの下でなんとか生きている。


 俺はまあ相変わらずの生き方でひねもすのたりと過ごしているわけだが、最近はどうにもご主人の心構えがいけない。

 俺が今にも病気でくたばっちまうんじゃないかって、あれやこれや心配しすぎるのだ。



 確かに、俺の体はガタガタだ。

 若い時分から甲状腺機能低下症やら肝機能の不全やらで薬が手放せない体だったが、今年の五月にはとうとう慢性腎不全と診断された。

 毎年受診している健康診断のおかげで症状が出る前に発見されたわけで、俺としては特段に体調の変化は感じていなかったが、ご主人はずいぶんと落ち込んでいた。


 それもそのはず、実は俺の先輩チワワも同じ病気で亡くしているせいで、ご主人は俺もすぐにくたばるんじゃないかと思ったようだ。

 確かに、腎不全は不可逆性疾患というやつで、一度悪くなった腎臓は元には戻らない。後はなるべく病気の進行を緩やかにするための食事制限や投薬などをやっていくほかない。

 かく言う俺も、まずは投薬と食事制限からということで、腎不全用の療法食と呼ばれるフード以外のものは食べないようにだとか、薬はこれを飲むようにだとか、定期的に血液検査に通うようにだとか、獣医師からあれこれと指導を受けた。


 しかし、元々グルメな俺にとって、食事制限ほど辛いものはない。

 量を制限されるわけじゃあないが、タンパク質やらリンやらカリウムやらを制限されるため、食事は味気ないフード一択になってしまった。


 とは言え、あるがままを受け入れるというのが俺のポリシーだ。

 ご主人が俺のために用意したフードならば、と初めこそ大人しく食べていたものの、それがこの先一生続くかと思うとさすがにげんなりしてきた。

 加えて寒さが厳しくなり、病気を抱える年寄りには例年になく体にこたえるようになった。


 こうなると、体調が悪い中で美味くもない飯を食うことがいっそう苦痛に感じられてくる。

 急に食べる気力をなくした俺を心配したご主人は、病院へ連れて行ったり、腎臓病サポートの食味の良い高級缶詰を買ってきたり、茹でた肉や野菜を混ぜてみたりとあれやこれや試しだした。


 缶詰は当初物珍しさに食べてみたものの、しばらくすると味に飽きた。

 やはり新鮮な手作りの食事に勝るものはない。

 中でも俺の好物はチーズやヨーグルトなどの乳製品やりんごやみかんなどのフルーツなわけだが、塩分やらカリウムやらが腎臓に悪いとかでご主人は避けたい食材らしい。


 ご主人なりに体に良くなおかつ美味しい食べ方を色々と調べているらしく、野菜はカリウムをできるだけ取り除くために茹でこぼした上で、肉と一緒に柔らかく煮込んだりしてくれる。

 しかし、体調の悪い俺は、以前は美味いと思えていたキャベツや鶏肉すら食べたくなくなり、食べたいと思える食材が随分と限られるようになってしまった。

 この変化には俺自身が戸惑うと同時に、あれやこれやと作っては俺が食べないことでがっかりしているご主人に申し訳ない気持ちになる。


 しかし、そこをおして食べることのできないほどに俺は調子が悪いのだ。

 こうなると、いっそ寿命が縮まっても好物だけを食べて幸せに生きるのがいいんじゃないかと思う。

 いわゆるQOLクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の優先ってやつだ。


 巷では陽気なクリスマスソングが流れ、商業施設から住宅まで様々な場所で賑やかなイルミネーションが見られるシーズンとなった。

 この週末は我が家でもささやかなクリスマスパーティが開かれ、毎年のように俺はサンタのコスプレをさせられる見返りとして、ケーキにトッピングされた真っ赤なイチゴをいただくことになるだろう。


 こうした行事は毎年変わらずやってくるのに、俺の中では年々足りないものが出てくるのが現状だ。

 気力や体力が足りなくなり、足腰の筋力が足りなくなり、視力や聴力が足りなくなり、食欲も足りなくなってきた。


 こうして足りないものが増えていく一方で、数は少なくても満たされているものもまだまだある。


 日だまりの温かさ。

 寝床の心地良さ。

 水煮りんごの甘さ。

 家族で迎える恒例行事の穏やかさ。

 そして、ご主人の愛情深さ。


 これからも、犬生の終焉に向かって足りないものはますます増えていくだろう。

 しかし、俺としては足りないものを嘆くより、満ち足りた幸せを日々噛みしめて生きていきたい。


 だからこそ、俺は今日もご主人の嘆きを聞き流すのだ。


「もー、わびちゃんったら! 一緒に煮込んだブロッコリーの茎は食べるのに、どうして鶏むね肉は食べてくれないのっ!?」


 まあそう気を揉みなさんな。

 鶏むね肉は食えなくても、ご主人の愛情は毎日たっぷりと味わっているさ。





 相変わらず取り留めもない俺のつぶやきに耳を傾けてくれた皆が満ち足りた気持ちでクリスマスを迎えることを祈っているぜ。


 メリー・クリスマス




 2018年12月



 わびすけ




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わびすけのつぶやき「色々足りないクリスマスだぜ」 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ