サンタを捕まえろ!

新巻へもん

第1話

「ねえ、ケン。あなた達日本人ってクリスチャンでもないのにクリスマスとなると大騒ぎをするのはどうして?」

「日本人代表としての意見を求められてもね」

「あなた個人の意見でいいわ」


 俺と恋人のメリッサは、とあるイタリアンレストランでディナーの真っ最中。エビクリームのリゾットに舌鼓を打っていると、唐突にメリッサが質問してくる。肩をすくめながら、俺は答えた。


「基本的にお祭り好きなのさ。イベントとして盛り上がれば、外国由来のものだろうと、某業界のでっち上げたものだろうと関係ないんだ」

「ふーん。でも、なんで、みんなサンタクロースの格好をしてるわけ? どこもかしこもサンタクロースの格好をした人間ばかりじゃない」


「さあ、どうしてだろうね。実はフィンランドに親戚が多いとか?」

 メリッサはフンと鼻を鳴らす。

「面白くもなんともないわね。私思うんだけど、日本人ってストレス抱えてるから、時々、発散するためにコスチュームを着たがる性質でも持ってるのかしら?」

「ハロウィンの仮装行列のことかい?」


「そう。普段はまじめくさった顔してるのに、ああいう時は訳の分からないエネルギーを爆発させるのよね」

「別にそれ自体は悪いことじゃないだろ?」

「そうだけど、妙に商業主義なのがね。ほら、イブ前後になると、ちょっとディスプレーに凝っただけの料理が物凄く高い値段になるでしょう?」


 プリモのアクアパッツァを取り分けながら、

「そういう意味じゃ、この店の選択は悪くないだろ?」

「まあ、悪くはないわ。駅から遠くて目立たない場所にあるにしてはね」

「そういう所に隠れた名店があるのさ」


 デザートのチーズケーキとエスプレッソを堪能しながら、メリッサに聞いた。

「ところで、仕事はどうなの?」

「当分デスマーチが続くわね。いつも通りの年末進行よ。あなたは落ち着いたの?」

「ああ。あとは不足書類を追加で出してもらえば完了かな」


「そっちじゃなくて、もう一つの方よ」

「ああ、しょぼい案件が1件。君の助けは必要なさそうだよ」

「あら残念。何かあったら遠慮なく言って」


 会計を済まして、店を出るとタクシーを拾う。メリッサの自宅マンションまで送り別れを告げた。しょぼい案件とはいえ、期日が迫っている件もある。まあ、いつでも会えるんだ。


 案件というのは、とある不動産屋の金庫から土地の売買契約書を盗み出して欲しいという依頼。手付で100万円、完了時に400万円。本来なら他所を当たってくれと言いたいところだが、色々と物入りなこのシーズンでもあり、義理のある相手からの依頼なので断れなかった。


 標的は、8階建ての雑居ビルの7階に入っている。地図で見る限り、住宅と店舗、業務ビルが混在する雑多なエリア。今日は金曜日だから、明日と明後日の2日間ある。まあ、十分だろう。ここのところ残業続きだったから今日は早めに寝ておくか。


 ***


 土曜日は現場の下見に出かける。午後ゆっくりと起きだして、公共交通機関で現地に向かう。表通りから一本外れており、休日はそれほど人通りが無い。ビルの前を通るときに視線を走らせると大手の警備会社のステッカー。まあ、機械式警備システムは障害じゃない。


 ビルの前を通り過ぎて、近くのチェーン店の牛丼屋に入り、遅い昼食にする。腹を満たして、周囲の数ブロックを歩き回る。1ブロック離れた所にコイン式の駐輪場があった。結構。当日は不測の事態に備えてバイクを使うつもりだったのでこれは幸先いい。


 一方通行など、周辺の状況を叩き込んでから、近くの大型書店に行き時間を潰す。犯行予定時刻と同じ時間に様子を確認するためだ。昼と夜では町の表情も変わる。予定では17時前後に決行する予定だ。日は落ちているが、まだ夜にはなりきっていない時間。人の目が夜に慣れていないので意外と目撃される心配が少ない上に、うろうろしていても不審がられる心配がない。


 同時刻での再度の下見でも問題なし。これだけ暗ければ、標的ビルと隣のビルとの間を登っていくのは造作もないだろう。そして、あの窓だ。おそらくトイレの窓と思われる小ぶりの窓から侵入すれば、後は楽勝だ。外構部に磁気式の開閉センサーを備えているだけの旧式のビルなので、全く障害はない。


 ***


 翌日、自宅とは別に用意してあるガレージからバイクに跨り目的地に向かう。途中人気のないところでプレートを交換した。昨日見つけて置いた駐輪場にバイクを止めて標的のビルに向かう。


 想像通り、この時間の人通りは多くない。さて取り掛かろうかというときに、角を曲がって赤い服を着た恰幅のいい人間がこちらに向かって歩いてくる。大きな白い袋を背負ったサンタクロースだった。


 俺はスマートフォンを取り出して何かを調べるふりを始める。画面を見る振りをしながら、そっと様子を伺っているとサンタクロースは、一瞬、俺のことを気にするそぶりをしたが、標的ビルの向かいの集合住宅に入っていった。何かが引っかかったが、俺は仕事を始めることにする。


 辺りを見回し、人目が無いことを確認すると、ビルとビルとの隙間に体を入れ、素早く屋上まで登っていく。屋上のパラペットの鉄環にロープを鉤で引っかけるとそれに捕まって7階に降りる。吸盤付きのダイヤモンドカッターでガラスを円形に切り取り、カギを開けて窓を開け、中に忍び込んだ。


 トイレ独特の匂いの中、入り口の扉を開けて廊下を進む。社長室の扉とキャビネットの錠を外すのは造作も無かった。目的の契約書を手に入れて、トイレの窓から出て、鉤付きロープを回収し下に降りるまで5分とかかっていない。路地から通りに出てくると、丁度、マンションからサンタクロースが出てくるところだった。


 そいつは俺がまだこの場所にいたことに一瞬驚いた表情をする。俺の脳の一部が警告を発した。やはり、何かがおかしい。俺に背を向けて歩き出したサンタクロースの白い袋を見たときに疑いは確信に変わる。白い袋は大きく膨らんでいた。


 俺はバイクに急いで戻り、ヘルメットを被ってイグニションを点火する。ゆっくりとバイクを走らせながら、先ほどのサンタクロースを探した。路地を曲がったところで、車が発進するのを目撃する。街灯の明かりでチラリと見えた運転席の人物は真っ赤な服を着ていた。


 適当な距離を置いて、特徴のない白いライトバンを追跡する。街中を走っている間は良かったが、川を越えて、交通量の少ない通りに入ると気付かれないようにするのに骨を折った。やがて、その白いライトバンはテールランプを光らせて、1軒の門扉の中に消えていく。


 俺は200メートルほど手前でバイクを止めると足音を殺して、その家まで走る。もし、俺とすれ違った奴がいればつむじ風と思ったことだろう。門まで行かず、塀を乗り越えて建物を目指す。不意に闇の中に光が漏れる。雨戸の隙間から部屋の明かりが漏れているのだ。


 慎重に近づき、中の気配を伺う。中からくぐもったようなうーうーという声が聞こえた。これはもう猶予が無いな。玄関に回ってドアをそっと開錠する。ドアを開けて中に入り、光の方へと進む。廊下に腹ばいになり覗き込むと、サンタの変装を取った男の顔が見えた。やはり、そうか。


 連続幼女誘拐殺人事件の容疑者として指名手配されながら、行方をくらませていた怪物の顔がそこにあった。そして、傍らの白い袋から見えているのは小さな女の子だった。口に粘着テープを貼られ、手足も同様にテープでぐるぐる巻きにされている。どうやら、怪物は活動を再開することにしたらしい。


 1年のうちの今日だけは、付け髭を付けて、大きな袋を持っていても怪しまれない日。まったく、罰当たりな野郎だぜ。


 俺は身を起こすと背後から忍び寄り、女の子にその手を伸ばそうとしている人でなしの後頭部を手刀で強打した。たちまち男はくず折れる。粘着テープを使って身動きできないように縛り上げると、女の子に向かってウィンクをする。

「もう大丈夫だよ。ちゃんとお家に返してあげる」


 幸い、バイクにはメリッサと二人乗りするための予備のヘルメットを用意してあった。サイズが合わないが、とりあえずノーヘルで検挙されるのを回避できればいいので我慢してもらおう。ゆっくりと安全運転で現場近くまで戻る。

「さあ、お行き。もう、知らない人が来てもドアを開けたらダメだよ」


 集合住宅の入口まで女の子が歩いて行くのを見届けると俺はバイクを発進させる。しばらく走って安全を確かめてから、バイクを止めて電話をかける。

「やあ。桜木警部補。お元気そうで何よりです」

「おい、マックス何のつもりだ」


「いや、ちょっとしたプレゼントをね。あんたが熱心に追っていたとある男がいる場所を教えてあげるよ」

「泥棒風情が何をぬかす」

「まあ、ああいうことは俺も許せなくてね。アレは犯罪だよ。良くないね。まさに泥棒の風上にも置けないってやつだ」


「盗みは悪くないとでもいうのか。ふざけるんじゃねえ」

「まあ、その点を議論するつもりはないよ。じゃあ、住所を言うけど、メモの準備はいいかい?」

 俺は住所が住所を告げると、唸りながらも何かを書き留める気配が電話越しに伝わってくる。


 俺は気取って別れの挨拶をする。

「では、メリークリスマス!」


 

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