第32話 光と共に

「………………んぅ」


 太陽が窓から差し込み、それが僕の顔を照らす。それによって僕は微睡みから醒める。僕が光を眩しく思っていると、誰かが僕の顔を窺うように僕と太陽の間に割って入ってくる。その影を不思議に思い、僕は逆光で隠れている誰かをぼやけた目で見る。


「おはよう」


 その影が僕に話しかけてくる。柔らかい女性の声。顔を見なくてもその声の持ち主が誰かは分かった。


「おはよう。ヨナ」


 既視感の感じる状況に僕はすぐに対応することができた。そうだ。オオカミに襲われた時と同じだ。あの時はヨナが僕を助けてくれた。そして今僕はベッドに横たわっているということは……。


「……あの男はどうなったの?」


 僕の問いにヨナは


「もう……大丈夫」


 とだけ答える。僕はその意味をうまく噛み砕けず、疑問を顔に浮かべる。


 ひゅうと風が吹く。ヨナは風になびいた髪を抑えて


「あなたが……私を助けてくれた」


 僕の声のない疑問にヨナは言葉で答えてくれる。

 僕が? 僕は何をしたのだろう? 記憶を思い返す。


「そうだ! 僕は……魔法を……!」


 僕は上体を起こしてヨナになんとか言葉を伝えようとする。言葉はうまく出なかったがヨナはわかってくれたようだ。ヨナは軽く頷き、窓の方を見る。僕もそれにつられ窓の外を見ると、そこにあったのは……。


「あれは……」


 巨大な樹が一本そびえ立っていた。あれほど大きな木は見たことがない。その姿は見るものに信仰心を抱かせてしまうほどに神々しかった。


「あなたがあの樹を作ったの」


「僕が?」


 そんなことをした覚えはない。僕が使った魔法か? でもあの時、僕がイメージして描いた絵はフィーチェの近くの高台から見える夕焼け。それをヨナに見せたいと思っただけなんだ。

 あの時はもう男を倒すとかヨナを助けるとかそんな急な出来事をイメージすることなんてできなかった。だから僕の記憶の片隅にずっとあったあの景色を、男が紋様を描くのに使っていた粉を使って描いて魔力を流し込んだだけだ。

 僕はふと自分の腕を見る。黒い斑点があった場所にはもうなんの痕跡も残っていなかった。体調を確かめるように体を見下ろすが先日まで体に籠っていた熱も倦怠感も無くなっている。


「あなたが魔法を使ったときは……驚いた。まさかこんな短期間で魔法を使えるようになるなんて思わなかったし、あの男を倒せるとも思わなかった」


 その言葉に僕は少し凹んでしまう。しかし続けてヨナは


「でも、あなたは魔法を使った。そしてあの男、マハーシーラを倒した。ううん、倒したっていうのは少し違うかもしれない……。奴は魔力を吸収する魔法を使うことができた。あの時、あなたに対してもそれを使ったの。でも奴はあなたの魔力を吸収しきれずに自爆した。魔力を吸収し過ぎたことで魔力が暴発したの」


 なんだって!? 僕はそれほどの魔力を擁していたというのだろうか。僕は自分の手のひらを見つめる。


「違うよ」


 僕は心を読まれたことに驚いてヨナの方に視線を移す。


「あなたの魔力は私と比べると大したことはないと思う。なんとなく分かるの」


 ヨナは微笑みを僕にくれる。

 ならば別の疑問が湧いてくる。


「じゃあ……その、マハーシーラを倒した魔力はどこから?」


 ヨナは困ったような顔を浮かべる。


「それは……私にも分からない。でも多分あなたが描いた魔法陣によるものだと思う。だって……」


 ヨナはもう一度窓の方を、いや僕が作った大樹の方を見やる。


「あんな大きな樹を作る魔法なんて私じゃできないし、それにあんな大きな光は見たことない。間違いなくあれはあなたがやったこと。だからマハーシーラを倒したのもあなた。これは凄いこと」


 僕はヨナに褒められて気恥ずかしさでなんだかむず痒くなる。

 そうしているとヨナは椅子から立ち上がって扉の方へ行く。そして僕の方を振り返って


「外に出ましょう」


 と言って、僕の支度を待つように扉の外へ出た。

 僕は唖然としてしまったが、扉が閉まる音が聞こえると頭が回り出した。急いで身支度をする。とりあえず服を着替えて、髪を軽く櫛で解いて部屋を出る。

 ヨナは扉の前で待ってくれていた。それがなんだか嬉しくて僕は顔をにやけさせてしまう。


 ヨナは僕が部屋を出たのを確認すると外へと繋がる扉を開ける。光の粒が僕の目に飛び込んでくる。

 次に目に飛び込んで来たのは



 『魔の民』の人々だった。



 その中にはケルビンもいる。家の前で僕たちを待ってくれていたようだ。


「アランさん、ありがとう。姫を救ってくれて!」


「本当にありがとう。あなたが居なかったら私たちは……」


「アランさん! やったね!」


 次々に僕に話しかけてくる『魔の民』の人達。賑わいに囲まれた僕は何がなんやらわからなくなってしまう。僕が戸惑っていると、僕を助けるようにヨナが人混みを切り裂いて僕の近くに寄ってくる。『魔の民』の人々は彼女の歩く道を開けるように二手に分かれる。


「あなたは私を助けてくれた。ありがとう。アラン。そしてあなたは魔法を使ったあなたがずっと言っていた言葉。今改めて受け取ります」


 ヨナは身にまとったマントを翻して宣言する。

 僕は次にヨナが言うであろう言葉に身を震わせる。




「ようこそ。『魔の民』へ!」


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魔法使いの少女 flathead @flathead

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