第31話 全てはこの為に
僕はよたよたと森の中を歩く。遺跡がある方向は村の人から聞いたが、体は思ったように動いてくれない。体には熱がこもっており、歩くのがやっとという状態だ。僕は右手は木に、もう左手は膝に手をつき、荒く呼吸をする。めくれた右手の裾から垣間見える皮膚にできた小さな痣のような斑点を目に映す。
——僕も魔法を使える……使えるはずだ。
ケルビンの話を思い返すと、この症状は魔法を使えば回復するはずだ。僕が最初にイメージしたのはアリアが僕と出会ってから初めて使っていた魔法、身体能力を強化する魔法だ。アリアは馬車よりも早く走り、その上息切れすらしていなかった。そんな力があればすぐにヨナを見つけられるはずだ。
しかし、いくら茹だった頭で集中してみても、イメージしてみても魔法は発動しない。僕の髪は輝かず、何も起こりはしない。
——どうすれば魔法を使えるんだ? まだ僕には魔力がないのか? この斑点は魔法使いになれる兆候ではないのか?
僕は悔しさに歯軋りする。
顔を上げると目の前に小さな光が見えた気がした。あまりの熱に幻覚を見てしまったのかと思ったが、多分違うと思う。あの光は綺麗な銀色、ヨナの色だ。僕は本能の赴くまま、その光の射す方へ歩き出す。
光はヨナが魔法を使った時よりも弱々しく、何かに怯えているような淡い光だった。僕は狂ったかもしれない頭で考える。もしかするとヨナに今危険が迫っているのかもしれない。いや、そうに違いない。ヒューゴを傷つけ、ケルビンを誘拐し、そしてヨナを連れ去った男の元にいるのだ。危険に決まっている。
ならば助けに行かなければならない。今の僕が助けになるかって? そんなことはどうでも良い。僕はヨナを守りに行きたいんだ。
そして僕はヨナと……
光を追って道無き道を歩いていると目の前に扉が現れた。扉を押しても鍵がかかっているのか開かない。僕は一歩後ろに下がって、勢いをつけて扉に突進した。扉は思っていたよりも脆く、簡単に破ることができた。バタンと大きな音を立てて扉が開く。そして目を見ると一人の男の影と
「はぁはぁ……ヨナ……見つけたよ」
追い求めた彼女の姿があった。
「……誰ですか?」
ヨナの近くに立つ男は訝しげな目で僕を見て問いかけてくる。この男がヨナを連れ去った男に違いない。彼の問いに答える義理はない。僕は男を睨みつける。
「はぁはぁ……ヨナ。今助けるよ」
男は僕の方へにじり寄ってくる。僕はそれを見て身を固くする。僕は戦いに関しては素人だ。ましてや相手はケルビンに重傷を負わせ、ヨナを誘拐するほどの実力者だ。しかし、僕の中に逃げるという選択肢は無かった。そんな姿をヨナに見せられない。そして、ここでヨナを助けれらなければ僕がここにきた意味がない。
僕は男に向かって走り出し、拳を男に向かって叩き付けようとした。
「アラン!」
ヨナが僕の名前を呼ぶ。
しかし、男に向けた拳は空を切り、その直後、男に胸ぐらを掴まれる。苦しい……。男は僕を見定めるようにジロジロと見てくる。すると男は突然大声で笑い出した。
「フッフッフ……ハッハッハ! これは面白い! 魔法症に罹った人間がわざわざここまでくるとは!」
男は掴んだ僕をそのまま地面に叩きつける。そこまで強い力ではなかったため思ったよりも痛みはなかったが、魔法を使えるようになる前兆である高熱にうなされている重い体には十分すぎるほどの攻撃だった。僕はなんとか体を起こそうと地面に手をつくがうまく体が動かない。
「……魔法症?」
そうか。この男も魔法使いに違いない。だからケルビンを倒すこともヨナを誘拐することもできたんだ。魔法症とは僕が今罹っているものだろう。ならば、僕には魔法を使えるはずだ。
僕は目を瞑ってイメージする。この男を倒せるほどの威力を持つ爆発を。ヨナが以前見せてくれたオオカミを倒した爆発を……。
そして……何も起きはしなかった。
男は笑ったまま僕に話しかけてくる。
「くふふ、今魔法を使おうとしましたね? 無駄なんですよ。魔法には繊細なイメージが必要となるのです。今の茹だった頭のあなたには簡単にはできません。……ざーんねんでしたね! 最後の切り札が使えなくて! ひゃーはっはっは!」
男は愉快でたまらないらしい。
そう言うと男の眼が輝き出した。ヨナの銀色とは全く異なる邪悪な紫色に。
——まずい!
僕は重い体を火事場の馬鹿力で素早く起こして横に飛ぶ。その直後僕がいた場所で爆発が起こる。
——危なかった……。
そう思ったのもつかの間、すぐに男は僕を捉え瞳が輝き出す。
——またか!
僕は今度は前に走り出す。後方で爆発が起きたのを風で感じる。それが追い風となって僕の体の後押しをする。
そしてそのまま男に向かって突進する。近づきさえすれば爆発の魔法は使えないはずだ。男自身も傷を負ってしまうのだから。
しかし、僕の突進は男に掠っただけで僕は倒れこんでしまう。しかし僕の行動に男は驚いたのかドサっと何かの袋を落とした。男はい苛立ちを顔に滲ませ、突進で倒れ込んだ僕の腹部を思い切り蹴り飛ばす。
「がはっ!?」
僕は痛みに悶絶し、まともに動けない。しかし男は僕の都合は考えてはくれずに、何度も何度も僕を蹴りつける。
「アラン!」
視界の隅で銀色に輝くものが見えた。あれはヨナが……
「邪魔を……するな!!!」
男も気づいたのかヨナの方をギョロリと見る。そして男の眼が輝き出し、手のひらをヨナの方へ向けた。するとひゅうっと音がしてヨナの輝きが次第に失くなっていく。
男は僕に視線を移し、最後の一撃だと言わんばかりに僕の頭を踏みつける。男は気が済んだのか、ため息をひとつしてヨナの方へ歩き出した。
「ふぅ、これくらいでいいでしょう。やはり体を動かすのは疲れます。それに早く実験を始めないとまた邪魔が入るかもしれませんからね……」
男はコツコツと足跡を鳴らしてヨナの方へ歩いていく。
——待てよ……!
と言葉に出そうとするが満身創痍の体には声を出す力も残っていない。
ヨナの元までたどり着いたであろう男はこう言う。
「さて、実験は先ほど言った通り、イメージは要りません。この魔法陣にあなたの魔力を流すだけでいいのです」
魔法陣? イメージが要らない?
「そんなこと……私がすると思う?」
ヨナが男に抗う。しかし
「ふっふっふ。実は私もそう思っていたところだったのですよ。ですが状況は変わりました」
男は僕の方を向いて
「あの青年を助けたかったら私の言う通りにしなさい。大丈夫です。私は約束は守りますよ」
僕はその言葉にハッとする。僕のせいで……! ヨナは魔法を使わざるを得なくなっている。
——どうすれば良い? どうすれば良い!?
僕は状況を打開しようと周りを見渡す。すると先ほどの僕の突進で男が落とした袋を見つけた。何か粉のようなものが袋の口から溢れている。
僕はそれを手に取り、中身を確認する。中にはたっぷりの粉。
——なんだこれは?
僕は再度周りを見渡す。そしてヨナたちのいる場所の地面に描かれている紋様を見つけた。僕の虚ろになった頭が回転を始める。
あの地面の紋様は僕が今持っている粉によって描かれている。そして男がさっき言った言葉を思い返せ。……イメージは要らない。魔法陣に魔力を流すだけ。
つまり、あの魔法陣がヨナの代わりにイメージをしてくれると言うことだ。それはつまり……
男はヨナとの話し合いに夢中だ。気づかれることはないはずだ。
僕は粉を取り出し、本能のままに絵を描く。茹だっている頭でも僕はしっかりと思い浮かべることができる。僕が好きなあの光景を。ヨナと一緒に見たいと思ったあの光景を……!
アリアが言っていた言葉を思い返す。
——えっとね。集中すると手に不思議な力が出てくる感じがするの。それをボーンって爆発させると、本当に爆発するの! 不思議だよねー。
僕は集中する。すると何かいつもとは違う感覚を掴む。体の中にある違和感のような不思議な感覚。それを体の中から引っ張り出し……この紋様に流し込む!
すると……
「!」
「……なんだ!? 貴様、何をした!?」
紋様が部屋を照らすほどに輝き出す。夕焼けのように美しい金色に。
僕はその場に倒れこむ。
——僕の仕事は終わった。あとはこの紋様が魔法を起こしてくれる。
——————————
突然の、これまで見たこともないほどの魔法の輝きに私は目を丸くする。
マハーシーラはアランの方へ降り明かる。
「なんだ!? 魔力の暴走か!? そんなものは……!」
マハーシーラは手のひらをアランの方へ向ける。そして紫がかった輝きをその眼に宿す。しかし……
「……なんだ? この膨大な魔力は!? まさか貴様、私より先に完成させたと言うのか!? あり得ない! あり得ない! ありえないありえないありえないぃぃぃぃ!!!」
男は発狂し、頭を抱える。そして男の身体中から紫の輝きが溢れ
ボンッ!
と音を立てて爆発した。
アランはどんな魔法を使ったのだろう? 見ず知らずに私に言葉を教えてくれるほどんお人好しで優しい彼のことだ。マハーシーラを直接的に攻撃するような魔法は簡単にイメージはできないはず。
恐らく、マハーシーラはアランの魔法を無効化すべく、私にしたように魔力の吸収をしようとしたが、あまりに強大な魔力に自爆してしまったのだと私は推察する。
アランはそのまま地面に倒れこむと、突然地響きが始まった。私たちが居た小屋はバラバラに壊れ、周りの景色が見えるようになり、私は状況を理解する。
——樹木が急激に成長している!?
隆起した樹木が私たちを上へ上へと運んでいるのだ。私は驚きを隠せずに地面に、いや木に手をつく。私はハッとしてアランの方を見る。彼が木から落ちないように大事に抱える。
やがて太い木の枝は私たちを森よりも高い場所に運んでいく。
——どう? ヨナ……。綺麗だろう? ずっとこの景色を見せたかったんだ。
彼の声が聞こえた気がした。
私が見たのは……。
高台から見える夕焼けだった。
風が私の髪を揺らす。私はその光景を見て息を飲むことしかできなかった。
「……綺麗」
——ああ、そうだね
「見せたかった景色ってこれのこと?」
——うん。僕のお気に入りの場所によく似てる。
「ふふっ」
私は彼の満足そうな寝顔を見て安心してしまう。私はそのまま彼を膝に寝かせて、しばらく景色を眺めていた。
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