第5話 永遠の始まり

 荒ぶる魔法陣に導かれ、結果的に異世界を飛び歩いた。起こる急激な変化に自分なりに対応した。自然と肝が据わり、並大抵の事では驚かない。

 その自負が木端微塵こっぱみじんに砕け散った。

「ええええ、そ、そんなバカなッ!?」

 雄吾は仰天した。血走った目で来た道を戻る。下りの石段が続き、底の方に慣れ親しんだ駅が見えた。

「いや、まだだ」

 未来や過去に飛ばされた可能性を否定できない。疲労で踏ん張りが利かない足で懸命に下った。苦難を乗り越えてエスカレーターの入口に回り込んだ。

 下りたシャッターには『点検中』の紙が貼られていた。

 雄吾は打ちのめされた。がっくりと首を垂れる。ざらついた道をぼんやりした目で見ていた。

「……そうだよ」

 一声で気分が高揚した。行く先々で魔法陣に遭遇した。歩き続ければ向こうから近づいてくる。その判断に全てを賭けた。

 雄吾は石段と決別して遠回りの道に踏み出した。肉体を労わらず、早足を敢行してあらゆる所に視線を飛ばす。

「どこだ、どこにあるんだ……」

 普段の愛想笑いをかなぐり捨てた。欲望を剥き出しにした顔で小刻みに頭を動かした。

 歩道には見当たらない。道沿いの民家の塀は薄汚れていた。木の幹に気になる箇所はない。道路は所々に細かい亀裂が見える。電信柱の裏まで探した。

「どこなんだ!」

 膝の動作がぎこちない。関節に乾いた砂が挟まっているかのようだった。

 雄吾は苦痛に塗れながらも歩き続けた。縋るような目となって魔法陣を求める。

 国道に出た。大型トラックが頻繁に行き交う。高速道路の建設が始まった事を仄めかしていた。

 人工的な横風を受けながら雄吾はふらふらと蛇行して歩いた。目の動きが緩慢になってゆく。

 左手に石段とエスカレーターの出口が現れた。覇気はきのない顔で覗き込む。魔法陣はどこにもなかった。

 歩行者信号に目をやる。赤は験担ぎの観点で言えば良くない。その通りの結果であった。

 背中が丸みを帯びる。自ずと視線は下がった。横断歩道の太い横線に混ざって何かが描かれていた。それは光り輝く事で全体を現した。

「魔法陣じゃないか!」

 雄吾は飛び出した。二歩目が地に着く前に大型トラックに撥ね飛ばされた。身体の内部からグシャッと言う音が響いた。愚者にも聞こえる。鼻と口から生温い液体が流れ出している感覚があった。

 目に見える世界が撹拌かくはんされた。個々の物が混ざり合う。意識も材料として加えられ、全体が赤く染まっていった。


 この世界での人生を終えた雄吾は異世界で華々しく転生を果たす。

 何も成し遂げられない、永遠の始まりでもあった。

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異世界ピンボール 黒羽カラス @fullswing

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