第4話 ハーレムの予感

 雄吾は仰向けの姿でいた。手や足の感覚が鈍い。引き剥がすような状態で右腕を上げると小刻みに震えた。疲労に蝕まれ、数秒でぱたりと力尽きた。周辺を探る余力もない。

 ぼんやりと空を眺めていた。視界の範囲に太陽はなかった。それでいて仄かに明るい。空全体が虹色に染められていた。微妙に変わる色彩のおかげで飽きが来ない。どこかオーロラに似ていた。

 空の一部に異変が起きた。活発そうな赤い髪の少女が顔を覗かせたのだ。小首を傾げるような格好で碧眼へきがんを上下に動かす。

「俺が、珍しいのか」

「行き倒れではないんだな」

「もう少しは、大丈夫だ」

 喉の奥に炙られるような痛みがあった。過度の運動で口中の水分を奪われ、舌を滑らかに動かす事が難しくなっていた。

「喉が渇いて、何か、貰えない、だろうか」

「チャクマムでいいよな」

「なんでも、いい」

 少女は顔を背けてごそごそと音を立てる。

「これだよ」

 突き出してきた物は楕円形で先端に栓がしてあった。薄い緑色は椰子やしの実を想像させる。

「悪いが、起こして、くれないか」

「どこの王女様だよ~」

 苦笑しながらも雄吾の背中に手を回し、楽々と上体を起こした。

 感謝の言葉は一瞬で呑み込まれた。顔が赤く染まり、激しく目が泳いだ。あどけない顔をした少女は黒いマイクロビキニを着ていた。椰子の実に劣らない二つの丸みが耐性のない雄吾を直撃した。

「具合でも悪い? 凄く顔が赤いんだけど」

「急に起きたせいだ、たぶん……」

「ふーん、あんたってさ、旅人さん?」

 少女はわくわくした顔で言葉を待つ。

「……そうかも、しれない」

「じゃあ、まずは挨拶から」

 少女は雄吾の手を掴んだ。小柄とは思えない力で引き寄せる。

「え、えええ!?」

「ただの挨拶だよ?」

 少女は雄吾の手を自分の胸に押し付けていた。拒絶するように伸ばした指が丸い隆起に半ばまでり込んだ。

「じゃあ、あたしも挨拶ね」

 雄吾の胸に手を当てる。不思議そうな顔で軽く叩いた。

「あー、そういう理由なんだね。別に隠さなくてもいいのに」

「普通はこれくらい、だと思うが」

「そうだね。落ち込んでも仕方ないよね。まあ、一杯やってよ」

 改めて椰子の実を差し出す。受け取った雄吾は栓を抜いた。

「口を付けても、いいのかな」

「当たり前だよ。気にしないでグイッとね」

 雄吾は口を付けて椰子の実を掲げた。喉を鳴らして飲んだ瞬間、激しく咳き込んだ。すぐさま少女が背中を摩った。

「慌てて飲むからだよ」

「ち、違う、そう、じゃない。これ、酒だ。ウォッカだ」

 雄吾は口で息をした。喉仏が発火したようだった。同時に掌で風を送った。

 少女は椰子の実を掴んでゴクゴクと飲んだ。口の端から溢れた液体を器用に舌で舐め取る。

「いつものチャクマムの味だよ」

「服を脱いで、いいか。身体が、焼ける」

 ポロシャツのボタンを外し、袖から腕を引き抜いて半裸となった。

 何事にも動じなかった少女の目が丸くなる。直視を避けながらも雄吾の胸を断続的に見た。

「ど、どう、なってんのよ!」

「どうって。俺は男なんだが」

「ふぇええええ!」

 尻餅をいた状態で顔を左右に振った。激しい感情を目の当たりにした雄吾は慌てた。

「ま、待ってくれ。俺はなにも。警察に通報されるような、そんなことは、なにもしてない」

「けいさつって、なに?」

 きょとんとした顔で聞き返す。理解できない単語が少女の頭を冷やした。雄吾は急いでポロシャツを着た。

 居住まいを正して少女と真剣な目で向き合う。

「まずは事情を、説明して欲しい」

 喉を摩りながら言った。


 整地された道を二人は歩いていた。案内役の少女が肩に袋を引っ掛けた姿で先頭に立った。雄吾は横を向いた姿で付いていく。真面に前を向く事が出来ない。マイクロビキニの極少の生地で臀部でんぶの大半が露出していた。

 目抜き通りに入ると雄吾は俯いた。過激な格好の女性達で占められていた。自らの胸を鷲掴わしづかみにしてアピールする者までいた。

「……本当に女ばかりだな」

「先の大戦で男は失われたらしいからね」

 少女は歩きながら火照った顔で振り返る。

「あんたが男とはね」

「やめろよ。俺を犯罪者にするな」

「こう見えてもあたしは大人だよ。なんなら試してみる?」

 片方の胸を弄りながら好色そうな目を向けてきた。

「女王の報告はいいのか」

「良くないよ。だから、その後でね」

 潜めていた声に周囲が反応した。

「あんたね。女王の娘の立場を利用して恥ずかしくないのか!」

 勝ち気な女性が前のめりで言い放つ。チューブトップの胸が大きく上下に揺れた。

「そうよ! 強い女性が欲しい物を手に出来るんだから!」

「経験の少ない子供が出しゃばるんじゃないよ!」

 殺気立った女性達が左右から食って掛かる。肉感的な姿態に雄吾は生唾を呑み込んだ。

「ババアが盛ってんじゃないよ!」

 少女は拳を握って威嚇する。周囲の反発の声が大きくなった。

 雄吾は内心で困りながらもニヤニヤが止まらない。掌を顔に当てて懸命に耐える。魔王のように絶対的な力の行使は望めない。しかし、ある意味では夢が叶う。男性ならば一度は夢見るハーレムの世界。ライトノベルの定番ではあるが、実現できるとは誰も思っていない。

「この俺が……」

 未来を想像するだけで疲弊した肉体に気力が満ちてくる。

 少女はブツブツと小声の文句が絶えない。

「見えてきたよ」

 突然の明るい声に雄吾は前を向いた。美観を重視しない角張った城塞が間近に迫る。巨大なアーチ型の門には相応の魔法陣が描かれていた。

「またか」

「どうかした?」

「いや、単なる独り言だ」

「女王は厳しい人だから、さっき教えた手順を忘れないでね」

 念を押すと少女は門の手前で立ち止まる。それに雄吾もならう。

「第五王女レグマ・ラグノフだ! 開門しろ!」

 大音声に圧倒されるかのように門が内側に開いていく。

「ま、まさか!?」

「どうかした?」

 少女が振り返る。雄吾は顔を震わせて後ずさった。

「模様じゃない。なんなんだ、アレは!」

 門は開き切った。魔法陣は変わらず、同じ所に留まっていた。

「訳がわからないんだけど」

 少女は雄吾の手を握ると強引に歩き出す。振り払う事が出来ない。万力の締め付けで拘束した。

 魔法陣が光を帯びる。雄吾は両足で踏ん張り、逆の方向に頭を振った。

「待て、待て! 待ってくれえええええ!」

 魔法陣が放出した極太の光に全てが掻き消された。


 ハーレムを目前にして雄吾は別の世界に吹き飛ばされた。

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