エピローグ
おれの事務所。
センセイは何かに驚いたように目玉を大きく見開いている。今回の一件のあらましを説明してやったのだ。一通り話し終えると、おれはグラスに口をつけた。苦い味が広がる。ウィスキーだと思って注いだものはヨードチンキだった。
「私にはどこまでが本当で、どこまでが冗談なのか分からんよ」
もはやこのセンセイは何がジョークで何がジョークでないのかも分からなくなっていた。無理もない。これだけの混乱を経験した後だ。
「信じようと信じまいと構わんがね」
「ほへぇ」
「これが約束のものだ」
おれは手帳を一冊、机の上に投げ置いた。中には爆笑必至のジョークがどっさりだ。センセイはいっそう驚き、目玉が枝豆みたいに飛び出しそうになる。
「上手い具合に使ってくれよ。間違って喋ろうもんなら笑い死ぬ人間が出ても責任は持てない」
「分かってる、分かってる。私としちゃ、とにかく大助かりだ。ところで、あんたの言っていたシークレットシューズ事件っていうのは一体どんな事件なんだ?」
「さぁね」
おれは曖昧に返事をした。何もかも教えてやる必要はない。
「おれの知ってる限りじゃ、たいした事件じゃなかったね。さて、今日はもう店閉まいだ」
センセイは上機嫌で約束の金を払って帰った。事件解決のあとにやってくる快感とも虚脱感ともとれない感覚は、何度経験しても慣れないものがある。だが、これこそ探偵稼業の醍醐味だ。
今回はなにかと気の滅入る事件だった。こんな話はジョークじゃない。ジョークというのはもっと気が効いたやつのことだ。おれはかまってほしいとしつこいステファニーを追い払い、景気づけに一人の女に電話をかけた。最近一番のお気に入りのクリスティーナだ。彼女がニッコリ微笑めば東京湾も二つに裂けて道を空けるという、アクアラインいらずの美女。
三十分後、待ち合わせ場所にクリスティーナが現れた。目一杯おめかしして、いつもどおりイカしている。
「コヨーテ、今日はどんなデートがお望み?」
「さぁな。だがダブルデートだけはゴメンだぜ」
そう言うと、おれたちは小雨降る夜の街に繰り出した。
仏頂面のララバイ つくお @tsukuo
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