第11話

 すると、奈々美は、多くの不信感と若干の好奇心を交えた、如何いかにも怪訝そうな顔をして聞く。

「所で、成海は知り合いを当たって見るって言うけど、一体、どこの誰に聞きに行くのよ?」

「あ?」

 奈々美は何を不審ふしんに思っているのだろう。

「何? 言え無いの?」

「いや、そんな事は無いが……」

 奈々美が鋭い眼差しで問い詰めて来るので、俺は戸惑って仕舞う。

「しかし、お前がそれを知った所で、どうする積もりなんだ?」

 俺がそう聞き返すと、奈々美はフンとばかりに横を向いた。

「良いじゃ無いのよ、教えてくれても」

 そんな風にねる幼馴染の様子を見て、俺はる疑念をいだいた。

 奈々美が何をどう思っての事だかは知ら無いが……。

 奴がそんな風に独自の考えに基いて率先して起こした行動の大抵は、からぬ事だ。

 すると、まさかとは思うが、奈々美。

 お前はその「無能な働き者」とも言えるお節介かつ傍迷惑はためいわくな行動基準で、俺がアンケートを取りに行く方々ほうぼうに先回りして、何かしでかす積もりなんじゃ無いだろうな?

 頼むから、余計な事はし無いでくれっ。

「奈々美に、教えてあげたらどうかなあ」

 などと、そこで有栖川が畳み掛けて来た。

 しょうがないので、俺は渋々しぶしぶ、自分が向かわんとするアンケートの聴取先を述べてやる事にする。

「……そうだな。俺の妹の香織が入っている部活の繋がりで、まず、料理研。それから、同様に香織が所属していて阿部がコーチをしているGSBC。後は、有栖川と親しい、あの江崎えさきさんのいる文芸部とかだ」

 すると奈々美は、定期テストで提出前の解答用紙にとんでも無い間違いを発見したかの様な顔になり、声を上げた。

「は? 文芸部!? それに料理研にGSBCって、何それっ!? 良く考えてみると……それって、みんな女の子ばっかりのとこじゃなーい!」

「それがどうした。別に良く考えようとし無くても、この推小研を含めた殆ど全ての文化部、つまり、茶道部とか美術部とかそれらの方面は、人員の構成比として、男子よりも女子の方が多いのが普通だろ」

 もっとも、香織が最近加入したGSBCに付いては、これは文化部では無くてれっきとした体育部……では無く、もとい、現在はまだ正式な部活では無い、この学校の体育部を統べている体育部会預かりの任意団体だ。

 ちなみに、そんな体育部会とついをなす組織として、全ての文化系の部活動を取りまとめる文化部会と言うものもあって、文芸部部長の江崎さんはそこのトップ・リーダーである会頭かいとうをしている。

 ──そんな事はさて置くとしても、そもそもこの学校の文化部と言うのは、ずっと以前から男子よりも女子の方が多い事は、元より自明じめいのはずである。

「うん、そ、そうね……」

 俺は更に畳み掛けた。

「そもそもだ。女子よりも男子の方が多い文化部何て、この学校にあるのか?」

 少なくとも、俺の知り合いが入っている部活には無いな。

「料理研に女子が多いのは当然だし、阿部を除けば、GSBCに女子しかいないのも当然だろ。家庭科の調理実習や、自宅で自分で作るだけで無く、わざわざ部活に入ってまで料理をしたい男子って、普通、そんなにいるか?」

「それはそうだけど……」

 そこで俺は、この思案する奈々美の虚を突く質問をしてみる。

「つーか、一つ疑問なんだが。松原、そもそもお前……GSBCって、何の略だか、知ってるのか?」

「え? わ、分かってるわよ、そんなの!」

「じゃあ、何なんだ? GSBCを略語で無い正式名称で言って見ろ」

「それは……。ぐぐっ……。いや、何となくしか知ら無いけど」

 そう言って奈々美は降参する。

「何だ、やっぱり分かって無いじゃ無いか」

 そう突っ込むと、奈々美はいきり立った。

「うるさいわね! 成海は他人ひとに質問する前に、まず自分が私の質問に答えろ!!」

「ぐ……」

 こう正論をまくしたてられると、流石にあからさまにスルーする訳にもいかない。

「何だ。まだその話続けるのか?」

「当然でしょ。人として」

 何が当然だ。

「GSBCに付いて聞きたいのか? なら、後で教えてやるから、ケータイにメールでもしてくれ」

「何でGSBCが関係してるのよ。今どうでも良いでしょ、そんな事……」

 確かにその通りなので、俺は話を切り上げ事にする。

「そうだな。本当にどうでも良い話で貴重な時間を潰して仕舞った。じゃあ、今回のグループ・ワークについては、大体の方向性が決まった事し、とりあえず、今日はこれでお開きにするか」

 そう言いながら椅子から立ち上がる俺の後を、奈々美の言葉が追う。

「ちょっと待ちなさいよ。GSBCに付いてはどうでも良いんだけど、まだ私の話は終わっていないの」

「はぁ?」

 ただでさえ、本来なら推理小説に付いての話題を話すべき部室で、自分達の宿題である特別授業の研究活動の課題に付いてさんざん議論した挙句、これ以上の長話をして、部長の高梨や長瀬に迷惑を掛けるな。

「じゃあ、答えてやっても良いが……。結局、松原が聞きたい事は、何なんだ?」

 俺はこのじれったい奈々美に追及に辟易へきえきして、そう質問した。

「GSBCの事はひとまず置いとくとして……今、成海が言った、料理研って何よ?」


「それは多分、料理研究部の事じゃ無いかなあ?」

「流石、有栖川だな。正解だ」

「いやあ、照れるなあ」

 それくらいで照れるな。

「料理の理を抜かして料研りょうけんでも通じるだろうが、それだと、読み仮名がまるで犬か何かみたいだしな」

 奈々美からの質問をさっさと切り上げたかった俺は、そんな適当な事を言って話題を変えようとしたが、黙って俺と有栖川のやりとりを眺めている奈々美の顔付きを見る限り、奴はアンケートを聞いて回る先のリストにまだ執心中の様だ。

「料研かあ。まるで料亭りょうてい研究会みたいだなあ」

 そう言って、有栖川はほがらかに笑う。

 料亭研究会?

 それは一体、どんなゴージャスな部活だ?

 そう思ったが、俺の放った適当な話題に有栖川が食い付いたのは幸いだ。

 奈々美からの質問を無視する様で多少、強引ではあるが、俺はその話を続ける事にした。

「まあ、そんな略にも見えるな。それにしても、料亭研究会か。確かに、料研だと、そんな風な語感だ」

「そっかなあ」

「ああ、全くそうだ。しかし、少なくとも、地方の公立高校であるこの県立東浜高には相応しく無いと言うか、そこの部員が料亭で食事をするみたいな事に付いて、学校から部費は出無いだろうな」

「うん、そうだなあ」

「所で、料亭と言えば、普通は和食だよな。懐石かいせき割烹かっぽうの違いって、何だ? 有栖川は、知ってるか?」

「ああ、それはなあ」

「……待って」

 と、そこで奈々美がさえぎり、これから料亭の話題で盛り上がろうとする俺達2人の会話の腰を完璧にへし折った。

 一見、物静かではあるが、今の奈々美の言葉に秘められたその並々ならぬ気迫に、俺と有栖川は黙り込んで仕舞い、これから口を開こうとする奴に注目する。

「料理研が料理研究部の略とか、それは私も分かってるのよ。私が成海に聞きたいのは、何故、ここで料理研と言う言葉が出て来たのかと言う事なの」

 流れを無視して関係の無い会話を始めたせいか、やはり、奈々美は少し怒っているようだ。

「うーん、そこ、まだ気になるのかなあ……」

「うん、気になるわね。とても気になる」

「……それって、このたった今、お前が気にしなきゃ行け無い様な事か?」

 そう言ったが、奈々美はそんな俺の言葉を一顧いっこだにする気配は無く、不機嫌そうに黙り込んで俺の顔を見ている。

「じゃあ、とりあえず、成海君はそれに付いて奈々美と話をしたらどうかなあ」

 この展開に有栖川は苦笑いをして、引っ込んで仕舞った。

 奈々美はそんな有栖川に向けて、ボソリとした言葉で礼を言う。

「うん、ありがと」

 少し周りの様子を見て見ると、高梨は新聞を立てて顔を隠し、長瀬と有栖川と言えば、やや緊張した曖昧な微笑を浮かべている。

 全員とも、触らぬ神に祟り無しと言わんばかりの見事な退避っぷりだ。

「成海、あんた、料亭とかそう言う関係無い話は、まず、グループ・ワークの話を終わらせてからしなさいよねっ」

 この奈々美の言葉に、俺は溜息を吐く。

「全く、面倒な奴だな? どうして俺がアンケートを聞いて来る先が、お前に関係あるんだ? 松原は、女子バレー部の方だけ聞いて来てくれれば、それで良いんだぞ?」

 俺は立ち上がり掛けた椅子に再び座り、目の前の奈々美を見据えた。

 奈々美は言う。

「それは分かってるわよ。そうじゃ無くて、成海、なんであんたが料理研と繋がってるのよ? それってどんなコネクション?」

 奈々美は身を乗り出してそう質問する。

 その様相は、もはや取調室での尋問である。

「コネがあって悪いか。お前は物覚えが悪いから覚えて無いんだろうが、以前、うちの香織は、この推小研とGSBCだけで無く、料理研にも入る事になったと話したじゃないか」

「え? カオリンが料理研に? そうだっけ……?」

 奈々美は呆気に取られた様な表情で、そう聞き返す。

「そうだ。松原はそんな質問をする前に、ちゃんと他人ひとの言った事を聞いて置け」

「それは聞いたかも知れ無いけど、それが何でかまでは聞いて無いし」

「そんな事を気にしてどうする?」

「別に良いでしょ。答えなさいよ」

「しょうの無い奴だな。じゃあ、何で俺が香織を料理研に入れたのか説明してやる。ついでに、俺自身と料理研との関係もな。ちゃんと聞いて置けっ」

「……OK、分かった」

 奈々美が黙って他人の話に耳を傾ける様子を見せたので、俺は話し始める。

「まず、うちの香織が料理研も兼部する事になった理由だがな。あいつ、いえ蕎麦そば屋の阿部と彼氏彼女の関係でべったりと付き合っている癖に、まだまともな料理を作った事が殆ど無いから、そう言うのに慣れさせる為に、隔週で土曜日の放課後に調理実習をする料理研にも、入れて置いたんだっ。その2人がこの先も付き合い続けて結婚するかは兎も角、将来の事も考えると、料理が全く出来無いって言うのは問題だろ?」

「そ、そうね……」

「で、料理研は顧問の先生が忙しいし、部長さんもそそっかしい所があるから、俺はそこの先生から頼まれて、料理研のコーチみたいな事をしてやってると言う訳だ」

 正確な事を言えば、そんな料理研に付いて、俺に見守りと言うかコーチングを頼んで来たのは、2年生の新しい部長さんの方なのだが、この方向を誤った正義感で一杯の奈々美の前でそんな事がばれるのは面倒なので、今回はえて、そんな方便を使って置く。

「あっ、そう。ふんっ。でもっ、見えいてるわねっ。成海は、そう言うもっともらしい口実を設けて、その実は女の子と仲良くなろうって魂胆こんたんなんでしょ。この成海のスケベっ!」

 ああ、なるほど。

 そこで俺は、ようやく得心が行く。

 先程からの奈々美の抱いている事がありありだった疑念の中身は、そう言う方向性だったか。

 おそらく、奈々美は大方おおかた、俺が今回の課題のアンケートを取りに行く先々さきざきで、研究活動に必要な回答を得るついでに、ガール・ハントと言うか、ちゃらちゃらとしたナンパ的な行為をするとでも思ったに違いない。

 まあ確かに、江崎さんは美人だから、それが俺自身で無い場合なら、そんな事もあり得無いとまでは言い切れない。

 全く、不確かな事実を元に仮定の上に仮定を重ねて想像した妄想を、あたかも現実そのものだと思い込んで行動して仕舞うこいつの妄想癖とすら呼べる事実判断力の無さは、昔から顕著けんちょだからな。

 今回も、きっとこいつがどこかでの当たりにした、正直どうでも良い様な何気なにげい事実の端々はしばしを何かの大きなトラブルが巻き起こる前兆ぜんちょうだと捉えて、みずから先手を打った積もりだったのだろう。

 だが、そうした奈々美の的外れと言うかいささか見当違いな推理・推論に基く行動が、その後に、こいつが想像もし無かったような全く別のトラブルの元凶になって仕舞う場合が多いのは、幼稚園に通い始めた時からかれこれ10年以上にも渡って付き合いのある往年の幼馴染の俺の方としては、実に残念な事だ。

 そんな理由で、丁度良い機会なので、俺は部室で余計な時間を浪費したいましめとして、眼前の奈々美に釘を刺しておく事にした。

「お前は何を言ってるんだ? 全く、失礼な奴だな。俺のどこがスケベなんだっ! 親しき仲にも礼儀ありと言うだろ。何を考えていたのかは知らないが、勘違いも良い所だ。迷惑になるから、そうした的外れな下衆げす勘繰かんぐりも、今後は大概にしておけっ!」

 そう抗議すると、奈々美は素直に謝った。

「ん……ごめん」

 そう言えば、桧藤の名前を挙げるのを忘れてたな。

「まあ、そうやって謝るのなら、俺の方としてはもう良いけどな。香織の部活に付いては、松原には詳しく話して無かったかも知れ無いしな。それでだ。別に自分の知り合いがいる範囲の狭さを自慢する訳じゃ無いけどな。この学校だと、それらを除けば、もう俺の知り合いらしい知り合い何て、同じクラスの桧藤ひとうぐらいしかいないぞ?」

「あっそ。じゃ、その件に付いてはもう分かったわ。話の腰を折って悪かったわね。来週発表のグループワークの課題に付いて進めましょう」

「気が済んだかなあ」

 いつの間にか着席している机の上にノートと教科書、参考書を広げて、グループワークとは全く別の授業の宿題をやり始めていた有栖川は、にこやかに笑いながらそう言う。

「うん」

 ──ようやくか。

「全く、何が『うん』だ。本当に厄介な奴だな。余計な事に時間を使うな」

 奈々美は普段ふだんのどうでも良い会話をする分には、打てば響く手応てごたえのある、話のはずむ良い相手の1人ではある。

 しかし、今の様に重要な話をする時にこいつが加わっていると、大抵、こんな風にいちいち、その土壇場どたんば的な正義感と、溢れる好奇心から来る疑問点を解消する為の余計な質疑応答の時間が発生するので、困る。

「あれ? 所で、すみれはどうするんだっけ?」

「さっきも言った事何だけど、私は忙しいから、今週はちょっと課題のアンケートを聞いて回るのは、無理なんだけどなあ」

「そうだったわね……。むぐぐ……」

 推小研に、GSBCに、料理研に、桧藤──。

 研究テーマの『クリスマスと縁遠いもの』に付いて、アンケートを聞いて回る先は、他に誰かいないだろうか。

「兎に角、松原の方は、女子バレー部の方を頼んだぞ。それとも、俺が聞きに行ってやろうか?」

 俺が冗談めかしてそう言うと、奈々美は猛烈に拒絶する。

「良いわよ! それは私がやる。成海と……うちの部員に会話させたく無いし。て言うか、丁度、明日は朝練があるし」

 俺と女子バレー部員を会話させたく無い理由は何か聞こうと思ったが、どうせ、奈々美個人の下らない理由にもとづくものだろうと思われたので、止めた。

「じゃあ、バレー部は早速、明日にでも聞きに行ってくれよ? そう言うアンケートを取るチャンスをのがして伸び伸びになると、あっと言う間に時間が経って仕舞うからな。分かってるとは思うが、研究内容の発表は、来週の水曜日だぞ?」

「分かってるわよ。聞いて来れば良いんでしょっ」

「それじゃあ、女子バレー部へのアンケートの方は、奈々美に頼んだかな」

「うん。任せて頂戴ちょうだい

 そう言って奈々美は、部室の床に置いていた鞄を開いて、机の上に広げていた自分のノートを仕舞い込んだ。


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ハッピー・クリスマス・イン・アーリー・サマー(長編) 南雲 千歳(なぐも ちとせ) @Chitose_Nagumo

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