第4話 得体の知れない契約

 時計の秒針がやけにうるさかった教室に、突如として現れた白色の狼。あまりにも現実離れした光景に、脳の視覚的情報の処理能力に疑いを持ってしまうほどだった。


 だってそうだろう。ここは礼葉れいは小学校の1年2組の教室、俺の通う教室だ。そんな所に狼なんて、有り得ていいはずが無い。


「何だ、目の前にこんな化け物が現れたっていうのに、案外平気なんだな」


 白色の狼は若い男の声で喋り掛けてくる。


 そもそも、何故動物が、しかも狼が人語を話せるんだ。もしかしたら、クラスの誰かが悪ふざけで俺を脅かすために、狼の毛皮を被っているのか。


「しっかし、ここは一体何だ?人間はこんな所で何をするってんだ?俺には全く想像も出来ないね」


 いや、クラスの誰かの悪ふざけにしては、聞こえてくる声が大人びている。狼の声は言ってしまえば、20代男性の声だ。そんな声を、クラスの誰かが出せるとも思えない。先生も男の人だが、とうに40歳を過ぎている。


 となると、本当に目の前の狼が喋っているのか。


「ま、ここが何であろうと、実際の場所ではない訳だしな」


 狼が何気なく喋った言葉に、俺は疑問を抱いた。


「おい、『実際の場所ではない』って、それどういうことだよ」


 すると狼は呆れたのように首を横に振ると、ゆっくりと俺のいる方に近付いてきた。


「お前そんな事も気付いてないのか?いいか?ここは夢の中だ。お前の夢の中なんだよ」


「夢?この場所が?この教室が?」


「そうだよ。お前の体良く見てみろ。何か変じゃないのか」


 そう言われ自分の体を見てみると、確かにここにいるにはあまりにもおかしい事に気が付いた。


「あれ?俺って小学生じゃないよな?これだって、高校の制服だし」


「そういうこった。ここはお前の記憶が作り出した記憶の世界。夢の世界って言った方が分かりやすいか?」


「記憶の世界でも夢の世界でも何でもいいけど、つまりここは夢の中何だろ?」


「ま、そういうことだ」


 変な話だが、狼のその一言にほっと一安心している自分がいた。


「何だ、だったら何でもいいや。別に朝が来れば目が覚めるわけでしょ?

 いやー、それにしても随分リアルな夢だね」


 誰も教室に来ない理由が夢だと分かり安心し、全てがどうでも良くなった俺は、椅子に座ると大きく伸びをした。


「へっ!何とも能天気な野郎だぜ」


「そういえば、お前は何なんだ?何で小学生の時の記憶?に狼なんかが出てくるんだ?あれか、夢だから何でもありとか?」


 俺が小学生の頃に、教室に白色の狼が入って来たなんて記憶は無い。そうなると、いつかの記憶が混在しているのかとも考えたが、そもそも生まれてこの方狼という生物を実際に見たことが無い。


「いい質問だな。俺はな、お前に話があって来たんだよ」


「話?」


 狼に話を持ち掛けられらほど、会話の相手には困っていはいないはずだ。それこそ、学校に行けば悠斗や赤坂さんに、クラスの友人がいる。今の俺は小学生1年生ではなく、高校2年生だからな。


「お前、大切な『何か』を忘れている、そんな気がしてるんじゃないのか?」


「な!なんで、それを!?」


 まさかだった、今朝目が覚めてからずっと悩んでいた事を、あろう事か狼に言い当てられてしまったのだ。


「なんでって、そんな気がしたからさ」


 そんな気がしたからで、俺の悩みを言い当てられるものなのか。


 いや、よく考えたらおかしくないか。確かに俺は大切な「何か」を忘れている様な気がしてならない。だけどそれは現実の世界での話だ。何でそんな事を夢の世界に現れた狼が分かるんだ。夢だからそんなことまで分かるってのか。


「それでだ。そんなお前に提案がある」


 狼に表情があるとするならば、こいつは今きっと悪い顔をしているに違いない。初めて狼をこの目にした俺でも分かるくらいには、そんな顔をしている。


「お前、俺と契約しないか」


 驚くことに、狼が俺に契約を持ち掛けてきたのだ。


「契約・・・?一体何の?それに、なんの為に?

 てかそもそも、お前は何なんだよ!何で狼が喋れるんだよ!」


 狼はまるで人間のように、にやりと笑みを浮かべると、こんなことを言ってきた。


「いっぺんに聞いてくるね〜

 いいだろ。お前の質問に一つ一つ答えてやろう。

 まずは、俺が何なのかだが、大したもんじゃない“DREAMドリーム MONSTERモンスター”ってやつだ」


「ドリーム、モンスター・・・?」


「そうDREAM MONSTER。ここ夢の世界の住人ってやつだな」


 初めて聞く言葉に脳が混乱していることが分かる。なんせ、夢の世界にこんな白色の狼の住人がいたなんてこれまで知りもしなかったからな。


「お前ら人間が気付いてないだけで、夢の世界には多くのDREAM MONSTERがいるぞ」


「そうなのか・・・」


どうやら、夢の世界にはこいつ以外にも他のDREAM MONSTERとやらがいるらしい。こうなってくると、ますます分からなくなってくる。


「で、そのDREAM MONSTERとやらが、何で俺と契約なんかを?」


 他にも気になることはあるが、1番気になるのはそこだ。DREAM MONSTERと言うのだから、「夢の世界の怪物」ってことなんだろう。そんな奴が俺と何の契約を結ぼうというのだ。


「いい事を聞いてくれたね!実は、俺には名前というものが無いんだ。いや、正確には無くしてしまったんだよ

 そこでだ少年。お前には、俺の名前を探す手伝いをして欲しい。勿論、これは契約だ。俺からもお前に出来ることをしよう」


「俺がお前の名前を探す代わりに、お前が俺に何かしてくれるのか?」


「お前の無くした大切な『何か』の記憶を探す手助けをしてやる」


「本当か?!」


「あぁ、本当だとも。それに、お前の無くした記憶の在り処なら大体検討がつく」


「何処だ?!何処にあるんだ?!」


「落ち着け落ち着け、簡単な話だよ」


 俺が忘れてしまった「何か」が何なのか、こいつと契約をすれば見つけられる。その上、こいつはそれが何処にあるかまで知っているなんて。こうなってくると、こいつとの契約の話も受け入れていいのかもしれない。


「DREAM MONSTERさ」


「は??」


「いや、DREAM MONSTERというのは、夢の住人であるが故に、人の夢に現れては夢を食べてしまうという習性があるんだよ」


「夢を・・・、食べる・・・?」


「そう。で、夢を食べられてしまった人は、食べられた夢に関する記憶を忘れることになるんだよ。これがどういうことか、お前には分かるか?」 


 こいつのこれまでの話を整理すると、俺達が普段見ている夢にはDREAM MONSTERと呼ばれる怪物が住んでいて、そいつらは人の夢に現れては夢を食べてしまう。それで、夢を食べられるとその夢に関する記憶を忘れる、つまりは無くしてしまうってことか。


 待てよ。この記憶を忘れるという話、まるで今の俺の状況とそっくりじゃないか。


「気付いたか?」


「ということは、俺の記憶を食ったDREAM MONSTERがいるってことか?!」


「そういう事だ」


 そういう事だったのか。だから俺は「何か」忘れている気がしていたのか。気がしているのではなく、本当に忘れてしまっていたんだな。


「でも待てよ。俺の記憶は食われてるんだよな?そんなの、どうやって取り返すんだ?」


 一度食われた記憶を取り戻すなんて、記憶を吐き出させるとかなのだろうか。


「簡単だよ。倒せばいい。食った奴を」


「倒す・・・?」


「そう。だから、お前がお前の記憶を食ったDREAM MONSTERを倒すのを協力してやるって言ってるんだ。俺と契約すれば、武器だって手に入る。力だって手に入る。そうすればお前の大切な記憶を奪ったDREAM MONSTERを倒すことだってできる。ただ、俺の名前を探すのに手伝ってもらうがな」


 悪い話ではない。


 忘れてしまった記憶なんて、忘れてしまうほどなのだからそれ程大したものでは無いのかもしれない。けれど、それを失ったが為に、確かに大きな損失感を感じているのは否めない。それを取り戻すため、俺の記憶を食ったDREAM MONSTERを倒す為に、こいつと契約を結ぶのは悪くない。俺が求められている代償だって、こいつの名前を探す手助けくらいだ。


 それだったら、契約してもいいだろう。


「いいぜ。してやるよ、契約」


「話しの分かる奴で良かったよ」


 狼は恐らく嬉しそうに笑うと、俺の直ぐ近くまでやって来た。


「そしたら、契約の証に、俺に仮の名前をくれないか?いつまでも名無しなのはパートナーのお前も呼びにくいだろうしな」


「パートナーか。そうなると、お前にピッタリの名前を考えないとな」


「ああ、宜しく頼むよ」


「そうだな・・・、白い・・・、狼・・、ホワイト・・・、ウルフ・・・

 うーん・・・、しっくり来ないな・・・」


「いや、なんでもいいぞ?仮の名前なんだし・・・」


「そうだな・・・、あ!これだ!これがいい!!」


「おっ!?何だ?!」


「『シロ』だ!」


 渾身の出来だ。こいつの特徴を考えに考え、英語にしようか、日本語にしようか考えた後、巡り巡って辿り着いた究極の名前。それこそ、『シロ』だ。


「付けてもらってこんなことを言うのもあれだが・・・、お前ネーミングセンス無いな・・・」


「んだと?!そんなことないだろ!お前の毛白いし、それに『シロ』って呼びやすいし、いい名前だろ!?」 


「あー、分かった分かった!!

 シロでいいよ、シロで」


「分かってくれたならよろしい」


「とりあえず、これから宜しく頼むぜ祥太郎しょうたろう


 相手が人間なら、本当ならここで握手とかするのだろうが、あいにく契約相手は狼だ。さすがに前足と握手しようにも「お手」になってしまう。仕方が無いので、笑顔で応えることにした。


 そういえば、何で俺名乗ってもいないのにシロは俺の名前が分かったんだ。


 バリンッ!!───


 突如、南側の窓が割れる音が聞こえた。俺は何事かと思い咄嗟に音のした方に振り向くと、そこには窓ガラスを突き破り侵入したのだろう、学ランを着た同い年くらいの少年が俺の方を睨んでいた。


「見つけたぞMONSTERモンスター───」


 そう言い放つと、少年は俺に殴りかかって来た。

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DREAM EATER 新成 成之 @viyon0613

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