I grumble to Christmas

花岡 柊

I grumble to Christmas

 はっ。何がクリスマスよっ。

 クリスマスってのはね、クリスチャンの行事なのよ。キリスト教でもない日本人が、浮かれてケーキ食べてワイン飲んで、はしゃいでるんじゃないわよ。

 恋人とイブにラブラブなんて、悔しいくらいに羨ましいじゃないのさっ。

 どうせ、私は一ヶ月前にふられましたよ。クリスマスに無駄なお金使う前に別れられて、ラッキーなくらいだわ。

 なんて言いながら、さっきから書類作成のために叩いているキーボードが壊れそうな勢いだけれど、何か?

 本日二十四日のイブは、平日だ。いくら彼氏がいなくてデートの予定がないとしても、こんな日に残業なんてする気はない

 が、しかし。現在、太陽が真上にある昼時。

 こんな真昼間に、社内のフロアにに居る女子社員が私と、もういくつになるのか訊いてはいけない経理事務の佐々木さんだけってどういうことよ。

 女子社員がランチタイムで出払っている、なんていうことではない。本日出社した女子社員が、佐々木さんと私だけなのだ。

 何を言いたいかって? 我が社の緩い体質のせいで、女子社員はこのイブに迷うことなく有休を取っているという、なんとも悔しい状況なのよ。

 てうか、休むなら休むって、誰か一言くらい言ってくれたらいいのに。

 それとも、なに。彼氏と別れた私に気を使ったの?

 だとしたら、余計なお世話よ。みんなが休むのに、私だけ出社なんて、彼氏が居ません、と言ってるようなものじゃない。

 現にさっきだって、部長に言われたのよ。

「奥井さんも、今日くらい休めばいいのに」って。頬が引きつって、しかたなかったくらいよ。

 なんなら、言われた瞬間無言で席を立って帰ろうかと思ったくらい。けど、そんな大人気ない事したら、男がいないからこんな可愛げのない態度をするんだと思われちゃうのもしゃくじゃない。

 引きつる頬を精一杯宥め、満面の笑みで部長に言ってやったわ。

「予定は、夜からですので」

 予定なんて、無いけどねっ!

 とにかく私は、胸に抱えるやり切れなさを、目の前にあるキーボードを強打することで紛らわし続けた。


 夕方。時計の針が定時を告げるとともに、私はすっくと立ち上がる。

「お疲れ様でした~」

 予定があるなんて言った手前、部長にはウキウキとした笑みをして見せた。そんな私に部長からの追い打ち。

「愛しの彼によろしくな~」

 いないからっ!

 睨みつけたい衝動を必死に堪え、引きつり笑顔でフロアを出る。

 ああ、もう。

 なんなのよ、イブ。

 ふざけないでよ、イブ。

 やってらんないわよ、イブ。

 誰よ、日本にクリスマスなんてイベントを持ち込んだ奴はっ。

 こうなったら、一人でケーキを買って、ワンホール一気食いしてやるんだから。なんなら、ワインもボトルの二、三本空けてやろうじゃないの。

 ボーナスも出たし、自分のために豪華なクリスマスプレゼントだって買って帰るんだから。

 お店に行って、店員さんにここからここまで全部頂戴。なんて、セレブなことまでは流石に言えないけれど、前から欲しかったブランドのバッグを買っちゃうんだから。

 心の中でぼやいているうちに、怒りよりも空しさにやられていく。

 もう……、彼氏がいないだけで、イブって何故こうも空しいのよ……。

 溜息混じりに歩いていけば、ヒールが立てるコツコツという音でさえ切なく感じる。

「あれ? 今帰り?」

 空しく丸めた背中に声をかけられ顔を上げると、そこには社内でもわりと人気のある中谷君がいた。

 今日もなかなかのイケメンぷりじゃないのよ。てか、君こそこんな日に何してんのさ。こんな空しさ全開の女子社員になんか声をかけてないで、さっさと可愛い彼女のところへ行きなさいよ。

 恨めしい私の心中など全く察する気配のない中谷君は、いつもとなんら変わらない態度で接してきた。

「さすがに、今日はみんな帰るの早いよね」

 言って、少しばかりの笑みを浮かべている。

 だから、君もでしょ。さっさとお帰りなさいっての。

 胸中の捻じ曲がった気持ちを抱えて、私は中谷君と社の外に出た。瞬間、頬を切るほどの冷たい風が通り過ぎて身を縮める。

「さむっ」

 外は、独り身にはとっても厳しい寒さだった。社内でぬくぬくしていた体が、あっという間に冷えていく。

 中谷君も隣でコートの襟を立て、合わせるようにしている。その姿は、とても寒そうだ。

 にしても。襟を立てると、何でかちょっとかっこよさが増すのは、私の主観だろうか。

 さっきよりも、更に男前に見えてきたぞ中谷君。

 そもそも、中谷君は人気があるのよね。彼女がいるくせに、しょっちゅう女性社員に話しかけられてるのを見かけるもの。私はそういうモテ男に関る気なんて無いから、はなから近づいたりはしないけどね。

 あ、言っとくけど。相手にされるわけが無いから近づかない、とかじゃないからね。

 チヤホヤされてる男なんて、性格悪いに決まってるのよ。

 これ、私の主観ですが、何か?

 そんなことを思いつつも、襟を立てて男前が増した中谷君にちょっとばかり見惚れてしまう。

「今日は、どこも混んでるんだろうなぁ」

「だろうね」

 てか、そんな心配する必要ある?

 どうせ、可愛い彼女のために、素敵なレストランの一つや二つや三つや四つ。予約してるんでしょ?

 寒さに体を縮こませながら、何言ってんだ、こいつ。な目を中谷君へ向けた。

「帰りにどっかで飲んで帰りたかったけど。この分じゃ無理かもなぁ」

 通りに面したお店はどこも大変な賑わいで、オヤジたちが集うような居酒屋でさえ大盛況だ。クリスマスがなんだ! 的な人でさえ、この雰囲気を逆手にとって楽しんでいる。これでは、飛び込みで一杯飲んで帰るなんていうのは、難しいだろう。

 そもそもあなた、、飲んで帰ってるヒマなんて無いでしょうが。

「彼女、待ってるんじゃないの?」

 心の声が思わず口から飛び出した。

「え? 彼女なんて、いないよ」

 はぁ~っ?! 何言っちゃってんのよ。私、知ってるんだから。前に見たし。

 確か、夏頃だったかな。私にもまだ彼がいた時よ。

 まさか、こんな一大イベントの前に別れるなんて、思いもしなかったわ。

 て、私の事はどうでもいいのよ。中谷君よ、中谷君。

 休日の昼間、街を歩いていたときに、私見たもの。可愛らしい彼女と、恋人繋ぎしながらラブラブで歩いていたじゃない。あれだけお互いの指を絡ませておきながら、彼女じゃないなんて言うなら中谷君。君は、れっきとした詐欺師だよ。間違いない。

「奥井さんこそ。彼氏が待ってるんじゃないの?」

 中谷君。君は私に喧嘩を売っているのですか?

 さっきも言ったけど。ボーナス出たんで、なんならその喧嘩、買いますけどっ!

 いくらだいっ?

「彼とは、別れたから」

 もうっ。なんでこんな屈辱的なセリフを、言わなきゃならないのよ。しかも、至る所で幸せが充満しているイブにっ。

 ああっ、イラっとする。

「俺もなんだよね」

 そうそう、俺もね。……えっ?

 俺もって言った?あの可愛い彼女と、別れたっての? マジかっ?

 思わず中谷君を凝視してしまう。

「相手がいないと、クリスマスイブなんて虚しいだけだよなー」

 中谷君のセリフに、思わず何度も縦に頷いていたら笑われてしまった。

 イヤイヤ、笑うところですか? 君も同じ穴の狢だからね。

「別れた者同士。どっか店に入れたら、飲まない?」

 別れた者同士って言うところ、余計だからね。

「それとも、なにか予定あった?」

即答しない私の顔を、中谷君が覗き込む。

「別にないけど」

 予定なんて、あるわけないし。一人でケーキワンホール食べるくらいなら、中谷君に付き合ってあげるよ。

 なんて、上から目線で思ってみても、誘われて嬉しいのがつい顔に出てしまう。

 寒さに硬くなる頬が緩むなんて、私どんだけ人恋しいのよ。

 そんな私の顔を見た中谷君は、なんだか満足そうな笑みだ。

 負けた気がするのは、どうしてだろう。

 何と無く悔しい気持ちでいたら、不意に手を取られた。

「あそこの店、入れそうじゃんっ」

 言ったと思ったら、手をつないだまま急に走り出す。突然の事に驚きながら、走ってついて行く私の耳に中谷君が言った。

「彼氏がいないなら、もっとはやく誘えば良かった」

 瞬間、正直すぎる心臓がキュンっと高鳴る。

 なんなのよっ。

 最高じゃないのよ、イブ。

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