第191話 僕のすべてをかけて

 全員がホールから脱出した瞬間、落石によって出口は閉ざされた。

 逃げ場はもうない。

 ラプンツェンが土煙から姿を現す。

 意外にもラプンツェンは落ち着いていた。

 さっきまでの感情的な魔族はそこにはいない。

 厄介だな。


「……みんなを追うかと思ったんだけどね」

「ふん、マリーとかいうメスガキは強いが、わし様の相手じゃない。

 他のやつらは雑魚。妖精は戦う能力はなく、むしろいなくなる方がわし様に有利。

 だが、おまえは違う! おまえは危険だ!

 戦いの最中、新しい魔術を使い、戦略を練り、連携を図った!

 おまえがいなければすでに全員殺せていたはずだ!

 おまえはここで殺す! 魔族に仇なすルグレの末裔!」

「……それは僕も同じことだよ。

 ラプンツェン、僕はおまえをここで殺す!

 魔族は人類の敵だ! もう誰も殺させはしない!」


 互いに身構えた。

 僕は即座にエンチャントアクアを使う。

 原理さえわかれば、エンチャントは比較的に簡単な魔法だ。

 ただし緻密な魔力操作とアクアを使用するための熟練度が必要だが。

 マリーが見せてくれたこの力で戦う。

 魔法だけではラプンツェンに勝てない。

 接近戦を交えての戦いをしなくては、ラプンツェンに隙は生まれないからだ。

 思考が止まり、視界が広がり、魔覚が鋭敏になる。

 瞬間、ラプンツェンが跳ねるように迫ってきた。

 瞬きさえ許さないほどの疾走。

 だが、その動きを僕は完全に捉えていた。

 見えてはいない。だが感じることはできる。

 顔面に伸びる拳を、僕は首を傾けるだけで回避する。

 轟音が遅れて耳朶に届く中、僕は前傾姿勢になると共にカウンターを試みる。

 だがラプンツェンの動きはしなやかだった。

 攻撃によりバランスを崩しているにも関わらず、柔らかい上半身をぐにゃっと曲げる。

 側転しつつ放たれた足刀が視界の隅に映る。

 僕は腕でガードし、瞬間的に魔力を集め、シールドを使う。

 ガゴという低音が響くと同時に頭蓋が歪む。

 瞬間的に僕は地面を蹴って、勢いを殺そうとした。


「が、はっ……!」


 僕の身体は数メートル横まで吹き飛ばされる。

 鈍痛を無視して、無理やり体勢を整え、即座にラプンツェンを見た。

 すでにラプンツェンは距離を詰めていた。

 風を引き裂くような前蹴り。

 回避が間に合わない。


 だったら!

 両手を交差させガードの体勢を取る。

 同時に目を閉じて魔覚に集中。

 視覚では遅い。

 魔覚で感じろ。

 ラプンツェンの前蹴りが腕に触れる寸前、僕は僅かに前傾姿勢になりながら、やや後方上空に飛んだ。

 空中で衝撃を受け、僕の身体は前方へと回転する。

 その勢いのままに踵を振り下ろした。

 僕の踵はラプンツェンの頭頂部に吸い込まれる。


「うが!?」


 鈍い音が辺りに響き渡る。

 足先から痺れが伝わってくる。

 直撃だ。

 ラプンツェンは頭上からの衝撃に受身も取れない。

 頭から落ちると、地面にヒビが入った。

 一回転して着地した僕は、即座にラプンツェンの後頭部に拳を振り下ろした。

 しかしラプンツェンは身をよじって回避。

 僕は大きな隙を晒してしまう。

 好機だと判断して、思わず大振りなパンチをしてしまった。

 ラプンツェンの拳が眼前に迫る。

 当たればただでは済まないほどの魔力と威力がある一撃だ。


「水!」


 僕は咄嗟に結合魔法を唱える。

 最低限の呪文を唱えただけで限界だった。

 アクアが僕を守るように、眼前に生まれた。

 だがラプンツェンに逡巡はなかった。

 アクアごと僕を殴りつける。

 激痛が走る。

 衝撃に耐えきれず僕は十メートル先の岸壁まで吹き飛ばされた。

 身体を強かに打ちつけ、地面に倒れる。

 人生最大の痛み。

 顔面が骨折していることは明白だった。


 僕はヒールをしつつ、何とか立ち上がろうとする。

 しかし足に力が入らない。

 すでに何度もヒールを使っているし、戦い始めて数十分が経過している。

 体力はほぼ残っておらず、魔力も残り少ない。

 限界が近いことはわかっていた。


 早く立て!

 奴が、ラプンツェンが来る!


 僕は必死になって顔をあげた。

 しかし、ラプンツェンは近くにはいなかった。

 先ほどの場所から動いておらず、むしろ膝をついていたのだ。


「うぐぅ、ぐぐっ!!」


 腕を抑えて呻いている。

 ラプンツェンの腕は火傷したように焦げていた。

 咄嗟に作ったアクアは、高魔力を含んでいた。

 そこに腕を突っ込んだのだ、無事では済まなかったということか。

 恐らく、アクアブレットではこうはいかない。

 なぜならラプンツェンの身体の表面にある魔力に防がれるからだ。

 いわばシールドである。

 ラプンツェンはシールドの扱いに長けているため、集魔で魔力を集めて防御している。

 しかもアクアブレットは、ある程度の質量の水弾を使うと速度が著しく遅くなるため、精々が野球のボール程度の大きさだ。

 しかし先ほど僕が使ったアクアはバスケットボール規模。

 ただ浮かせていただけなので質量を気にする必要もない。

 つまり高濃度の魔力にラプンツェンは手を突っ込んだのだ。

 結果、硫酸に手を突っ込んだような痛みに襲われている。

 魔族には妖精や人間の魔力は毒となるらしい。


 咄嗟にしたことであって、狙ってやったことではない。

 けれど僕が今まで蓄積した知識や技術、そして開発した魔法のおかげでここまで戦えている。

 もちろん、仲間たちの助力もあってのことだ。

 そのすべてが活かされている。

 そのすべてが僕を生かしている。

 感謝を禁じ得ない。

 込み上がるいつもの笑みを抑えられない。

 ボロボロな身体で何とか立ち上がりながら、僕はただ笑った。


「う、うへ、へへ、うへへ!」

「な、何を笑っているのだ、おまえは……!」


 なぜかラプンツェンはドン引きしていた。

 青ざめた顔で僕を見ている。

 魔族にそんな顔をされるとは心外だった。

 だけどその反応がより僕を調子に乗らせた。

 相手は化け物であり、魔族だ。

 でも魔族も人間と同じように、未知なものや強大な存在に恐怖を覚えるのだ。

 だったらこの戦いは僕の勝ちだ。

 僕の方が圧倒しているのだから。

 変人という意味では。


 ラプンツェンの魔力はかなり減っている。

 一つ一つの魔術に大量の魔力を使っているためだろう。

 ブーストやシールドにも魔力を大量に使っているらしく、効率的に魔力を使っているとは思えない。

 そもそも効率的という考えがないのだろう。

 二千万ほどの魔力があるのだから。

 恐らくラプンツェンの魔力は残り百万。

 対して僕は五千ってところか。

 ようやく僕の総魔力量と同じまで減らせたらしい。

 なんて化け物なんだ、あいつは。


「遊びはもう終わりなのだ! 次の一撃ですり潰してやるわぁッッ!!」

「い、いいね……僕もいい加減、この戦いに飽き飽きしてたところだよ!」


 互いにふらふらしながらも立ち上がり、向き合った。

 魔力には差があるが体力はお互いに限界近いらしい。

 ラプンツェンが両手を掲げると、岩壁から二つの巨岩が生まれる。

 それはゴーレムの拳のような様相だった。

 マリーを襲ったあの魔術だ。

 それが二つ。

 ホールを埋め尽くすような巨大な規模だ。


「さらに!」


 ラプンツェンは岩の矢を周囲に浮かび上がらせた。

 僕は愕然とし、言葉を失う。

 二つの魔術を同時に使っている。

 つまり合成魔術だ。

 厳密に言えば二つの魔術は独立しているので、同時魔術という感じだろうか。

 過剰な魔力量によって、両方共が致死レベルの威力を持っている。

 あれでは巨岩の隙間を縫って避けることはできない。

 避ける隙間なんてありはしない。

 シールドでどうにかなる規模じゃない。

 血の気が失せていく。

 僕が持つあらゆる魔法で対策を考えるが、どれも役には立たない。

 属性魔法、特殊魔法、合成魔法、結合魔法、そしてエンチャント……付与魔法。

 どの魔法を使っても、あの魔術には対抗できない。

 必殺必中の魔術だ。


「がーはっはは! こ、これで水の魔術を使っても対抗できないだろう!

 仮に万が一、避けられてもおまえの残り魔力ではわし様には勝てないのだ!

 おまえはここで死ねぇッッ!!」


 二つの数メートルの巨岩と無数の岩の矢が放たれた。

 速度は異常。

 避けるにはブーストが必須。

 しかし、今の魔力量ではいつも通りに使えない。

 節約しなければ。


 消費魔力五百。

 残り四千五百。


 巨岩を避けるために魔覚に集中。

 ひと際大きく横に飛ぶ。

 だが岩の矢は隙間を縫うように飛んでいる。

 直撃は避けられない。

 腕にシールド。


 消費魔力五百。

 残り四千。


 息切れが激しい。

 体が痛い。

 もう身体が動いているのかどうかもわからない。

 鈍麻した状態で、必死に足を動かす。

 もう一つの巨岩は真っすぐに僕へと迫っている。

 もはやコントロールするつもりもないらしい。

 片方の巨岩に、もう一つの巨岩が衝突する。

 その拍子に巨岩が打ち上がり、僕の視界を埋め尽くした。

 地面を滑るようにジャンプを三度使う。


 消費魔力三百。

 残り三千九百。


 また岩の矢が迫り、シールド。

 しかしすべては防げず、幾つかは突き刺さり、肌を切り裂いた。

 無数の岩の矢が流れる雨の中を突き進み続けるため、魔力消費が激増。


 消費魔力二千。

 残り千九百。


 もう少しでラプンツェンに近づける。

 巨岩が跳ね、後方から迫ってくる。

 逃げ場がない!

 僕は咄嗟にジャンプを使い、その場から跳躍。

 岩の矢がさらに迫ってくる。

 上空でシールドを使ってなんとか耐えるも、魔力が足りず岩の矢が腹部に突き刺さる。


 消費魔力九百。

 残り千。


 そして。

 僕はラプンツェンの眼前に到達した。

 僕の後方を巨岩と岩の矢が破壊し尽くしていた。


「……まさかここまで来れるとは、驚いたのだ」


 驚愕の表情を浮かべるラプンツェン。

 近くで見るラプンツェンは正に満身創痍だった。

 肩で息をして、全身から汗を流して、ボロボロで、余裕の欠片もない。

 魔力も著しく減り、もはや限界間近だろう。


「だが、おまえはもうじき死ぬぞ」


 ラプンツェンは優越感に浸り、牙を見せた。

 僕の身体には幾つも岩の矢が刺さっており、血がだらだらと流れている。

 無事な個所はほぼない。

 激痛はすでに消え、気怠さと喪失感が身体を支配している。

 血を流し過ぎた。

 魔力は枯渇寸前。

 体力はもう残っていない。

 立っているのがやっとだ。

 ヒールを使う余裕もない。

 残りの魔力は千。

 魔法を使い始めた時と同じくらいの総魔力量しか残っていない。

 これではラプンツェンに勝つことは不可能だ。

 対してラプンツェンの魔力はまだ一万は残っている。


「わし様をここまで追い詰めるとは、褒めてやるぞ、人間!

 だがここで終わりなのだ! すべては無に帰す!

 おまえを殺したあとはしばらく休み、そのあとで人間を皆殺しにしてやろう!!」


 ラプンツェンの拳に魔力が集まる。

 今の僕にはシールドがない。

 一撃で殺されるだろう。

 ラプンツェンの挙動は遅かった。

 体力に余裕がないのか、それとも僕に避ける体力がないと思っているのか。

 どちらにしても僕に避けることはできない。

 身体が動かない。

 足の感覚がなくなって、膝をついてしまった。


 何か手はないのか。

 この魔族を殺す手立ては。

 逆転の一手は。

 考えろ。

 考えるんだ。

 僕はいつも考えることで乗り越えてきた。

 ああ、けれど頭が働かない。

 血が溢れていくのを感じる。

 これは僕の命だ。

 血が流れていけば、僕は死ぬ。


 死ぬのか。

 僕はここで。

 魔法の研究もまだまだしたいのに。

 もっと新しい魔法や魔法に関する技術を開発したい。

 もっと知りたいことがある。

 妖精のこと、この世界のこと、たくさん知りたいのに。

 父さんと母さんは悲しむだろうな。

 仲間たちは嘆いてくれるだろうか。

 恐らくみんな泣いてくれるだろう。

 ミルヒア女王は怒るだろう。

 落胆し、絶望し、頭を悩ませるだろう。

 ウィノナの告白の返事、できなかったな。

 勇気を出して、想いを伝えてくれたのに僕は応えられなかった。

 マリーは僕と血が繋がっていないと知っていた。

 何も言ってあげられなかった。

 大事な人なのに、大事にしてあげられなかった。

 ここで死んだらすべてが水泡に帰す。


 大切な人たちが悲しむ。

 死にたくない。

 死ねない。

 死んでたまるか!

 殺せ!

 魔族を、ラプンツェンを殺せ!

 魔法を使え!

 何でもいい、あいつを倒せる魔法を!

 この数瞬の間に思いつけ!


 思考が一瞬止まる。

 時間が停止したような感覚で一気に、過去の記憶が流れていった。

 あらゆる記憶。

 これは走馬灯か?

 だったら僕は死ぬのか?

 幼い頃の記憶、魔法を最初に使った時の記憶、マリーとの記憶、家族との記憶、仲間や友人たちとの記憶、戦いの記憶、魔物の記憶、妖精の記憶、旅の記憶、出会いの記憶。

 様々な記憶が次々に流れる。

 懐かしさを感じる暇もなく、僕はただただ呆然と記憶を見ていた。

 終わりなのだと落胆する前に記憶は途絶える。


 そして。

 最後に僕の脳裏に浮かんだのは、なぜかエインツヴェルフの姿だった。

 ラプンツェンは拳を振り下ろした。

 僕はそれをただ見ていた。

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マジック・メイカー -異世界魔法の作り方- 鏑木カヅキ @kanae_kaburagi

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