第19話復讐後の私たち

 伊藤の死は翌朝のニュースで知った。

 優秀な弁護士として通っていたから彼の死は大きく取り扱われ、数々の芸能人が哀悼の意を表した。

 しかし数日後、伊藤の遺品から弱みを握って金を要求していたとされる証拠が見つかり、続けて脅されていた人が伊藤の本性を暴露したのだ。世間の感情は悲しみから怒りへと変化し、伊藤は一転して死んで当然だという評価に変わった。



 伊藤の悪事が世間で騒がれている間、私は黒岩に面会するために留置されている刑務所に行った。黒岩が黙秘を続けている理由を知るのが目的だ。

 ただ、職員が黒岩を見張っているだろうから、迂闊なことは聞けないし言えない。内容には十分注意する必要がある。

 さて、黒岩は無期懲役刑になるだろうけど、どんな気持ちで生活しているのだろうか。


「こんにちは、お久しぶりね」

「あ、ああ! 風子さん!」


 黒岩は私を見て驚いたようだ。慌てて椅子に座り、ずずいと顔を近付かせて「一体なぜここへ……?」と、心底不思議そうに刑務所にきた訳を聞いてきた。


「黙秘を続けている理由が気になってね。ああ、でも強要してるわけじゃないのよ。話したくなかったら話さなくてもいいわ」


 黒岩は考える素振りを見せる。面会の時間はあまり長くないから早く話してほしい。


「えっと、実は僕……出所後のことを考えていまして」


 出所後?

 彼は無期懲役になる可能性を考えていないのだろうか。


「はぁ、具体的にはどう考えているの?」

「まず、僕はもう社長にはなれないと思うんですよ。なので、どこかの企業の社員として一から実績を積みたいと思ってます。ついさっき結論が出ました。この面会が終わったら僕のしたことを包み隠さず話して、1日でも早く出所する予定です。無期懲役刑になっても出てやりますよ、僕は」


 なんと、今の今まで自分の悪事を話すか迷っていたのか。いくらなんでも長考しすぎだろう。


「えーと……それは良い心がけね。大人しくしていたら出られるかもしれないし」

「それでですね、出所したら風子さんの会社で雇ってもらえないかなーと……」


 もしかして、私のビジネスを誰にも話さなかったのは自分の雇用のためなのか。黒岩が野心あふれる人で良かったと思う反面、けっこうつまらない理由だったんだなと少し落胆する。


「……そうね、出所できたら雇ってもいいわよ。生活の保証はしてあげる」


 まあ、面会前に出所後の雇用を考えていると伝えてあるので、もし出てこれたら彼を雇うのは確定事項だ。

 黒岩のことだから機を見て乗っ取る可能性もあるけど、無期懲役での仮釈放は最短でも30年と言われているし、仮釈放自体も稀らしいから彼を雇う日が来るかはわからない。本当に出所するその日まで警戒する必要はないだろう。


「や、約束ですよ!」

「もちろんよ」


 ニッコリと笑って安心させる。

 黒岩は品行方正な生活に耐えられるだろうか。まあ、耐えられず暴れても私には関係ないことだが。



 刑務所を出た後は大型書店へと向かう。目的は司法試験と起業に関する本を買うためだ。

 以前は優秀な弁護士を求めていたが、今は自分が弁護士になろうと思っている。弁護士を目指したら人脈を広げられるし、法律の穴を見つけることも可能になるだろう。

 これは自分の身を守るためだ。私はもう犯罪を犯している。まったく知識がない状態で生きるより、少しでも知っていた方が安心する。

 会社を経営しながらの勉強は大変だと思うけど、未来の自分のためなら我慢できる。私は目ぼしい本を数冊買って、佳代乃が待つマンションへと帰ることにした。



 街の中はいつも変わらない。変わらないことに安堵する。

 街中に設置されたテレビでは今日も神風に関するニュースが流れている。

 難波はどうしているだろう。彼は私が会社を起こしたら、神風の情報を優先して流してくれると言っていた。

 上司に「知り合いが観光業を立ち上げるから、なるべく早く神風の情報を伝えたい」と言ったらあっさり許可を貰えたらしい。気象庁内での難波の信頼が厚い証拠だろう。

 実際は観光業ではなく、復讐をするサービスだけどね。

 そういえば、難波は気象庁で経験を積んだ後、海外へ行って世界の気象に携わると言っていた。私もいずれは世界に手を伸ばしたいと思っているから、難波とはこれからも付き合いが続きそうだ。

 あっ、私の復讐を手伝ってくれたお礼に何か買っておこう。今まで難波には頼ってばかりで、こちらからは一つも恩返しをしていない。人に好かれるためにはこちらからも好意を伝えなければならない。

 マンションに戻る前に買い物に行こう。車が好きみたいだから車用品がいいだろうか。商品選び、勉強、起業の準備――やることが多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。







 4年後――。

 仇討ちサービスは順調だ。表向きは予定通り観光業として、裏では復讐したい人の手助けをする仇討ちサービス業。

 私と佳代乃、そして私の意思に賛同してくれる人たちによって、事業はかなりの儲けを出していた。

 観光の業績も好調で、仇討ちサービスがなくなっても問題ないくらい大きく発展していた。

 バックに九重家がついているというのも心強い。起業した時は佳代乃の両親に反対されるかと思ったが、娘の成長と私に対する信頼のおかげで、特に反対されることなく許可してくれた。

 ただ、時々様子を見に来るのでヒヤヒヤすることがある。一応、事前に連絡をしてほしいとは言っているが、こっそり覗きに来る可能性もあるから油断はできない。

 九重家といえば、佳代乃の叔父さんが神風が失われる可能性を憂いていた覚えがある。確かに失われれば私の事業は立ち行かなくなる。

 でも、今のところその兆候はなく、むしろ神風が発生する地域が増えているので、叔父さんの当面の悩みはロストテクノロジーの方だろう。

 私はロストテクノロジーが出てくるのは仕方がないと思っている。どうしたって人は楽な方に流れるから、使われなくなった技術は廃れる。

 その課題と向き合うのは数百年後になるだろう。私はそんな先の未来のことまで心配していたくない。それよりも、目の前の人のためにできることをしたいのだ。

 技術といえば、仇討ちのやり方も見直す必要がある。今の殺害方法は伊藤を殺した時と似たようなやり方だから、かなり危なっかしい。これではいつかバレてしまう。

 最近の神風は一度に2回発生することがあり、うっかり巻き込まれてしまう人がいる。私たちはうっかりに見せかけて殺害をしているが、誰にもバレない完璧な仇討ちサービスにしたい。

 それに、気象庁によるといずれは地球が神風に包まれる日がくると言われている。その日がきたらいつでもどこでも人を殺せる状態になる。

 おそらく殺人も増えるだろう。しかし何も考えず殺害すると、簡単に特定されて逮捕されてしまう。よって、誰にもバレずに殺害するサービスが求められる。

 私が生きている間に地球を包むほどの神風が発生するかはわからないが、技術を高めるのは決して悪いことじゃない。事業を立ち上げて4年は経つし、より良い仇討ちのためにこれからは質を追求していこう。



 それはそうと、今日は佳代乃の20歳の誕生日だ。生臭い話しは明日からで良いだろう。

 2つのプレゼントを抱えて郊外の森の中に建設した会社――もとい私の家へと帰る。4年前に住んでいたマンションを使ってもよかったが、隣に誰かが住んでいるといつ話を聞かれるかわかったもんじゃないから、新しく建設を始めたのだ。

 日中は仕事場、夜になったら自宅。2つの顔を持つ建物は、観光と仇討ちの両方を展開している私のビジネスみたいで面白い。

 家の前には20台の車が停められる駐車場、庭の方にはプールやテニスコートなど、豪邸と呼ぶに相応しいものがたくさん置かれている。私は佳代乃のお金の使い道を散々見てきたから驚きはしなかったが、従業員の話ではすごすぎて萎縮してしまうほどらしい。

 今日は佳代乃の誕生日ということで、午前中で業務は終わっている。駐車場には佳代乃が乗る高級車だけが停まっている。

 玄関のドアを開けてリビングへと向かう。デパートでの買い物に夢中になったせいで余計な時間を食ってしまった。

 待ちくたびれて怒っていないだろうか。恐る恐るリビングのドアを開けると、そこにはおめかしをした佳代乃がソファに座って本を読んでいた。

 穏やかなその姿に内心ほっとする。私が帰ってきたことを伝えるために、わざと音を立ててドアを開ける。


「佳代乃、誕生日おめでとう」

「風子さん……」


 佳代乃は顔を上げて私を見る。


「これ、私からのプレゼントなんだけど、あなたの気持ちに変わりがなかったら左、変わっていたら右を選んでほしいの」

「もちろん、変わりはありませんわ」


 佳代乃は迷うことなく、左の小さい箱を手に取った。

 彼女の指のサイズには自信がある。


 喜んでくれるかな。

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神風が吹く世界で 涼風すずらん @usagi5wa5wa

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