答えは道の真ん中に

川辺都

答えは道の真ん中に

 クラスメイトの如月郁美。彼女のあだ名は『ニガツ』である。

 小学校の国語の時間につけられて本人は全く気に入っていないらしいが、中学にもこのあだ名が持ち上がった。この名で呼ばれる度に、ニガツって言うな、と怒るので今ではクラス全員にその名前が馴染んでしまったのだ。逆効果の典型である。

 そんな彼女は年度初めの委員決めで図書委員になった。じゃんけん大会に負けた僕も図書委員。そんなわけで五月の連休が終わった頃には、僕らは結構話す間柄になっていた。

「そういえば、ニガツって本好きなの?」

「ニガツって言うな。如月って言え」

 書架整理をしながら返事がくる。図書委員は月に二回、当番の日が割り当てられる。貸出カウンター担当の日と返却された本を棚に戻す日があって、今日は後者のほうだ。

 本をたくさん積んだカートを押せば、タイヤが文句を言うようにキュルキュルと音を立てた。文句を言いたいのはこっちだって同じだ。520だからこの列だと思ったのに、510で棚のラストが来たから引き返さなくてはならない。

「あたしはあんまり本好きじゃないよ。清水と一緒」

「じゃあ何で図書部員やってるの? そっちは立候補だったろ」

「パソコンが好きだから」

 その返事を聞いてカウンターにある機械を思い出す。小学校の頃は図書カードに書名を記入していたが、中学ではスーパーのレジのように貸出カードと本のバーコードを読み取って処理をするのだ。

「あれ?」

「そう、あれがやりたかったの」

「変な奴」

 ニガツの返事が来なかったので顔を上げると、彼女はカウンターの方を向いていた。僕もその視線を追う。カウンターの手前、辞書の棚の前に一人の男子生徒が立っていた。

「タケだ」

「武田? 知り合い?」

「違う、『タケ』。隣のクラスの志井巧。小学校が一緒だったの」

「何で『タケ』?」

「みんな『シイタケ』って呼ぶのが面倒くさくなったのよ」

 タケ、と呼びかけてニガツは手を振る。気づいた彼はこちらへやって来た。

「ニガツじゃん。何か久しぶり」

「ニガツって言うな。こっちはうちのクラスの清水。同じ図書委員なの」

「どうも、清水です。家は商店街で眼鏡屋をやってます。突然ですが視力はいくらぐらい……」

「ああもう、また始まった。タケ、気にしなくていいからね」

 ニガツに叩かれて僕はしぶしぶ店の宣伝を止める。僕が後を継ぐ予定の『清水眼鏡店』はチェーン店に押されて経営が厳しい。だから初めて会う人には必ず視力を聞いて、目が悪い人にはオススメの眼鏡を紹介しているのだ。

 『タケ』はくっくっと喉を鳴らして笑った。

「お前面白いな、清水」

「そりゃどうも。ええっと、タケ?」

「うん、『タケ』でいい。本当は志井巧だけど誰も呼ばないし」

「で、何やってたの? あんたが図書室に来るなんて珍しい」

 言われてみれば、タケは手足が長く顔もよく日に焼けている。いわゆるスポーツマンタイプだ。

「ちょっと困ったことがあってさ」

「何?」

「ここだけの話にしてくれる?」

 僕とニガツは頷き、耳を寄せた。

「ある女の子に告白しようと思って、その子に『好きな奴はいるの?』って聞いたんだ。そしたらその子は『私の好きな人は道の真ん中にいるよ』って」

 ニガツは持っていた本でタケを叩いた。タケは驚いて目を丸くする。

「何するんだよ」

「色気づきやがって!」

「うるさいな。いいだろ、中学生なんだから。お前こそ『松下くん』とは上手くいったのかよ」

「松下くん?」

「こいつ小6の時に言ったんだよ。『私が好きなのは松下だよ』って」

「わーわーわー! その話は忘れて!」

「え? うちの中学?」

「らしいぜ。同じ中学だから嬉しいって言って……」

「黙れタケ! 清水も話に乗るな! もう、松下のことはいいの!」

「何だ、振られたのか」

「絶賛片思い中です。でも、もういいからそれは!」

「図書委員!」

 ビクリとして僕とニガツは飛び上がる。恐る恐る振り向けば怖い顔をした司書の先生が立っている。

「図書室では静かに」

「はい……」

 僕とニガツはそそくさと書架整理に戻り、タケも辞書のコーナーへ戻った。




「というわけなんだ」

 次の日の昼休み。友達の沢野と二人で弁当を食べながら、僕は昨日の出来事を話す。

 紙パックの牛乳を飲み、沢野は呆れた顔をした。

「お前、プライバシーって言葉知ってる?」

「知ってる」

「如月の好きな奴の名前、オレにばらしてもいいの?」

「だって僕の知らない人だし」

「オレは知ってるかもしれないだろう。オレは如月と同じ小学校だったし、志井のことも知ってる。最も、クラスが違ったから喋ったことはあんまりないけど」

「松下ってどんな奴?」

 あのニガツが好きになる奴なのだ。どんな子か非常に興味がある。

 しかし、沢野は首を傾げた。

「松下なんてうちの学校にはいなかったと思うけど」

「そうなの?」

 僕も首を傾げる。

「ってことは先輩かなあ」

「かもな」

 興味なさそうに沢野は弁当の卵焼きを口に入れる。沢野のお弁当の卵焼きは、いつも綺麗な黄色でしっかり巻かれているからとてもおいしそうだ。

 松下かあ、と呟きながらどんな先輩かと想像を膨らませていると、卵焼きを食べ終えた沢野が口を開いた。

「でも、如月が『松下』って呼び捨てにしてたなら同い年だろ。別の小学校で同じ中学になるって意味かもしれない」

「あ、そっか」

 僕は同じ小学校だった人間を思い浮かべていく。松下、という苗字の子はいたが、女子だし関係ないだろう。

 松下に思いを馳せたまま一日が過ぎ、次の日のお昼は図書委員会だった。弁当を持って図書室の中にある会議室に向う。この日の議題は『図書室で騒ぐ生徒をどう注意するか』で、僕とニガツは顔を見合わせ首をすくめた。

 話し合いも終わりニガツと一緒に会議室を出ると、辞書コーナーの前にタケがいた。僕が声をかけると、タケはこちらを見て笑顔をみせた。

「清水。それからニガツ」

「何やってるの?」

 ニガツは怖い顔でタケを睨んだ。

「何怒ってんの?」

「怒ってない」

「そうか?」

 首を傾げながらタケは答える。

「この前言っただろ。道の謎を調べてる」

「辞書で?」

「うん」

「バッカじゃないの。あれは謎かけよ」

「謎かけ?」

「なぞなぞみたいなもんよ。あんたって、いっつもそういうのに気づかないんだから。その子の言葉、もう一回よく思い出してみなさいよ」

 言うだけ言ってニガツは出口の方へ大股で歩いていく。僕とタケは顔を見合わせた。

「怒ってるよな」

「うん

「何で?」

「さあ」

 そういえば、今日は『ニガツって言うな』と言わなかった。珍しいこともあるものだ。

「なあ、清水。道の真ん中って何だと思う?」

 タケはそう僕に尋ねた。

 『私の好きな人は道の真ん中にいるよ』。タケが好きな女の子はそう言った。僕は一生懸命考える。

「ええっと、中央分離帯かな」

「清水、難しい言葉知ってるな。中央分離帯かあ……それってどういうこと?」

「さあ」

 二人で首を捻るうち、キンコンカンコンと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。




「というわけなんだ」

「もう一度聞くけど、お前プライバシーって言葉知ってる?」

「だから知ってるって」

 放課後。今日はクラブはない日。教室に居残って週番の日誌を書ている沢野を見つけて、隣の椅子に腰掛けた。昼の話をすると、沢野は呆れたように肩をすくめる。

「なあ、沢野ならわかるんじゃないの? 頭いいし」

「わかったよ」

「マジで! 道の真ん中って何?」

「少なくとも中央分離帯じゃない。如月も言ったんだろ。謎かけだって」

 日誌をパタンと閉じ沢野はこちらを見た。

「なあ、清水。オレが答えを言ったらお前は志井に教えるだろ。それじゃあ駄目だ。相手の女の子は志井を試してる。志井が答えを見つけなきゃ意味がない」

「そうだけど……」

 わからないものはわからないし、とても気になる。僕が唇を尖らせると、沢野は頭をかいて言った。

「じゃあ、ヒント。紙に書いてみればわかる」

「紙?」

「それ以上は教えない」

 シャーペンを筆箱に片付け鞄に入れる。沢野は立ち上がり、帰ろうぜと言った。




 それから、タケと会ってゆっくり話す機会もなかったので、僕はモヤモヤした気分のまま日々を過ごした。何やら最近機嫌の悪いニガツに聞くわけにもいかないし、『教えない』と言ったら沢野は絶対に教えてくれない。

 モヤモヤしたまま過ごしていると、カウンター当番の日が回ってきた。僕とニガツは二つある貸出カウンターにそれぞれ座る。

 放課後、人が途切れた合間を見計らってニガツが口を開いた。

「タケのことだけどさ、前言ってた彼女と付き合うことになったよ」

「え? そうなんだ」

 素直に驚く。道の謎は解けたのだろうか。そう尋ねるとニガツは苦笑した。

「解けたよ。だってあたしが教えたし」

 『道』って書いてみて、とニガツは言った。僕は首をひねる。沢野に同じことを言われてから何度も『道』という字を書いたが、全く意味がわからなかった。

「漢字じゃないよ、ローマ字」

「ローマ字?」

 ニガツは手近にあったメモに『MICHI』と書いてこちらに渡した。

「真ん中の文字は?」

「C……あ、志井?」

「そういうこと」

 『私の好きな人は道の真ん中にいるよ』とは、『私の好きな人は志井くんだよ』ということか。

「回りくどいしややこしいよね。はっきり言えばいいのに」

「試したのよ。タケが自分に気があることわかっててやったの。ああ、嫌な女。別れろー!」

「そういうこと言うなって。タケがかわいそうだろ」

 ニガツはだらんとカウンターに突っ伏した。お行儀が悪い。

 しばらくして、本を片手に沢野がやってきた。

「清水、お願い」

「了解」

 ピ、と本の背表紙のバーコードを読み取り、貸出処理をする。

「そういえばさ、タケ、女の子と付き合いだしたんだって」

 声をひそめて僕は沢野に言った。

「謎は解けたのか?」

「うん。ニガツが教えてあげたって」

 沢野はべったりと机に張り付いたままの彼女を横目で見、小声で言う。

「じゃあオレからもひとつ。松下って名前の男子はうちの学年にはいない」

「そうなんだ」

 ニガツの好きな人の話を思い出し、僕は首を傾げた。そんな僕に沢野はささやくように続ける。

「清水、お前『松竹梅』って言葉を知ってる?」




 貸出を終えた本を持って、沢野は図書室を出て行った。僕はカウンターに伏したままのニガツを見る。

 松竹梅。『松』の下は『竹』。つまり、ニガツが好きなのは……。

 何を言っていいのかわからず僕は困った。けれど、何か声をかけなければと口を開く。

「あのさ、ニガツ……」

「ニガツって言うな」

 首だけ上げてこっちを見、ニガツはにやりと笑った。

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