第5話 てっぺんに輝く星

「こう考えるのはどうだろう……」

 男は身を乗り出し、マキノにだけ聞こえるように、ささやいた。


「もともと、あの星は神の意志じゃなかった。ヘロデ王にイエスの誕生を知らせれば、殺される。なんたってヘロデは王位を守るためなら、いくら赤子を殺したってかまわないと考える人間だ。そんな王の治世で、殺してくださいと言わんばかりの星を、神がわざわざ空にかけるか?」


「でも……じゃあ、どうして」

「決まっているだろ。イエスになんか、さっさと死んでもらいたいヤツがいたんだ」


 マキノの頭のなかが、はてなマークでいっぱいになる。


「ええと……でも、星を光らせるなんて、神様にしかできなくないですか? えっと、もしかして、宇宙人」


「他にもいるだろ? 神じゃなくても、星を光らせるくらい、わけなくやってのけられそうなヤツが。なあ……わからない?」


 男は困ったように笑った。わからない、と首をふると、そうかい、と残念そうに背もたれにより掛かる。


 ここまで言って、教えてくれないつもりだろうか。なぜか男はぶーたれた顔でコーヒーを飲み干してしまった。マキノは自分のカップを見下ろした。あとひと口。


「サンタは、いませんよね?」

 男は頬杖をつき、むっつりした顔でツリーをながめていた。


「ああ、いないいない。気になるなら、聖ニコラウスで検索してごらんよ」


 ちぇ。なにさ。さっきまで、きかれてもないことを楽しげに話していたくせに、急にへそを曲げちゃって。


 ぐいっと飲み干し、ごちそうさまでした、と頭を下げた。男が立ち上がる。マキノも立ち上がる。意外にもすんなり立てた。さっきまで力が入らなかったのに。


「じゃ、気をつけて」


 商店街に出ると、相変わらずクリスマスソングであふれていた。ウソで固められたお祭りのための歌。まあ、どうせ神様だって悪魔だって信じちゃいないから、楽しければそれでいいのだけれど。


 そこまで考えて、はたと思いついたマキノは「あの」と顔を上げた。

「さっき言ってた、星を光らせた犯人って、もしかして――」

 そこで、言葉を切った。


 ついさっきまでとなりに立っていたはずの男が、どこにもいない。白い息のような、煙のようなものが立ち上がっていたけれど、それも一瞬で消えた。


 ぶるりと震え、歩き出す。スマホがブーブーと鳴って、ポケットから出し、ぎょっとした。いくつもラインが来ていた。相澤さんからの謝罪、店長からの、話は聞きました、すみませんという連絡、それから千夏の「別れちゃったー!」という嘆き。


 千夏と通話を開始して、「何があった」と問いただす。どうやら彼氏に二股されていたらしい。まったくもう、適当に選ぶから。


「何度もラインしたのに、全然既読にならないんだもん! 家にもコンビニにもいないしさ! マキノ、いったいどこで何してたの?」


 マキノは足を止め、巨大なクリスマスツリーを見上げた。そのてっぺんで誇らしげに輝く、人殺しの星を。「たぶん」とマキノは考えながら、ちょっと笑った。


「悪魔に会ってたみたい」

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クリスマスの話をしよう みりあむ @Miryam

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