異世界ヒグマ事変

梧桐 彰

第1話 女神さま、いただきます

 左のほうから光を感じた。

 私は重い両目をゆっくりと開けた。

 見知らぬところへいることがわかった。


「あなたは、死にました」


 なにかニンゲンの発する音が聞こえた。


 私を殺したやつではない。

 鉄の筒から出てくる火で襲ってきた奴ではない。


 今の声はもっと高く、落ち着いていた。


 ぐるりと見回した。

 薄れて行く意識の中に感じた、あの痛みもない。


 この世界の匂い。

 この世界の音。

 岩の隙間から、細く差し込んでくる多くの光。


「あなたは一つ、スキルを持つことが許されています。魔法、武力、加護……」


 体を起こす。思ったよりも疲れていないことに気がついた。

 口を動かすと、欠けたはずの牙が戻っており、それが私の長い舌に触れた。


 目の前にニンゲン、いや、なにか違うようにも見えるが、それがいる。

 さっきから何かを伝えようとしているようだが、意味はまるでわからぬ。


 ニンゲンのような知恵が欲しい。


 いつもそう思ってきた。

 彼らはいつも、複雑な音を組み合わせて意識を伝えあっている。

 私には許されぬ不思議を使っている。


「あなたは人間に転生することも、魔物に転生することも可能です。好きな姿に……」


 こいつは、私に何かを伝えたいのだろうか?

 時々、そういうニンゲンもいた。

 だが今回も、私にはなにも分からぬままだ。


「……特に希望がなければ、姿はそのまま、スキル上昇はなしということにします」


 不思議の音が耳にうるさい。

 腹が減っているのに。

 いらだちを覚え始めているのに。


「あー終わった終わった。いったいどういう手違いがあればここにクマが回されてくるわけ? 上位神に絶対クレーム入れてやるわ。

 一応形式だけやったけど、とにかく私は、魔王を倒せるレベルの転生を担当したいのよ。人間でもないあんたみたいなケダモ」


 右の手を大きく内側から外へ振る。

 目の前のニンゲンの頭は首の根元から鈍い音を立てて吹き飛び、不自然に磨かれた岩にはね返った。

 ぐちゃりと音がした。


 新しい肉は埋めてから食った方が美味いが、空腹には勝てぬ。

 腹を引き裂き、頭をつっこむ。


 臓物が暖かい。

 だが痩せた体だ。

 肉が少ない。

 美味くない。

 腹いっぱい食いたい。


 もう食えぬと思えるくらいに食いたい。


 頭を太い光の方へ向けた。

 冬ごもりを終えた時のような、心地よい期待を鼻の奥に感じる。


 一歩。

 一歩。

 私は新しい世界へ向けて、四つの脚を進めていった。


 体の周りを、さっき食った奴とは違う声が駆け巡った。

 意味はやはり全くわからぬ。

 同じ音を繰り返しているのはわかった。


「女神を倒した!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

「レベルが上がった!」

………………

…………

……


 れべるがあがった……

 わからぬ……

 なんのことやらだ……


(続かない)

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異世界ヒグマ事変 梧桐 彰 @neo_logic

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