プロポーズ


――明日あなたにプロポーズします。by国家公務員


「以前からあなたのことが好きでした。僕と結婚してください!」

「違うなあ」

「僕と結婚してください!」

「これも違うなあ」

「僕と……」

「さっきからアクセント変えておんなじこと言ってるだけですから。そもそも交際すっ飛ばして結婚って頭おかしくないですか?」


 同僚のオコジョがイチゴミルクを飲みながら小馬鹿にしてくる。狭い寮の部屋の中で三人揃って作戦会議。議題は僕のプロポーズについて。


「うるさい、僕は誰が何と言おうと明子さんにプロポーズするんだ!」


 声を張り上げるともやっしーがへらへらと笑った。


「あっ、あったよ明子さん情報」


 もやっしーが僕のパソコンで見つけた情報によると明子さんは今日化粧品のプロモーションで都内の石清水化粧品を訪れるという。その時がチャンスだ。


「ホントにどの明子さんでもいいんですか?」


 オコジョがげんなりした顔で問いかけて来る。ホントは、選びたいところだ。しかし、選んでいる余裕などないだろう。


「出来る限り多くの明子さんにアタックをかける。1人でも色濃い返事が聞ければ良しとしよう」


 タキシードにバラの花束、その姿を見てオコジョは「狂気ですね」と言った。



 石清水化粧品ではマスコミ各社が質問していた。「美の秘訣は?」とか「普段は何してるんですか?」とか月並みな質問ばかり。何とか潜り込んだ僕も必死に手を挙げたのだが気付いてもらえず、というか意図的に避けられて質問することは出来なかった。仕方ないので会見終わりを出待ちすることにする。


「明子さん僕と……」


 その明子さんは目が合うと早急にマネージャーを呼んで対応させた。


「キモイんですけどー」と言いながら移動車へと乗り込んでしまった。冷たく立ち去る彼女。マネージャーとのもみ合いでバラは折れてしまいそれを見ると心が折れそうになった。


「だから言ったじゃん」とオコジョが背後で呟く。


「止める?」ともやっしーの不安そうな声。


「いや、結果が出るまで続けよう」


 半泣きになりながら花屋へと急いだ。



 その日、改めて思ったのだが世間には思った以上に色んな明子さんがいる。検索するとずらりと出て来る明子さんのSNS。クオリティを問わなければゲットすることも容易いだろう。でもそれは僕のプライドが許さない。しかし、空気を察してもやっしーが勧めてくれるのは微妙な素人明子さんばかり。プロ相手で微塵も相手にしてもらえない僕を憐れんでいるのだろう。意を決した僕はもやっしーに「呟いてくれ」と頼み込んだ。


――国家公務員と結婚したい明子さん募集中(アキバ公園でお待ちしてます)


 ツイッターを見た種々の明子さんがアキバ公園に現れた。どいつもこいつも俺の貯金を狙ってるのかと嫌気がさした。しかし、チャンスではあるので少し可愛い一人の明子さんを捕まえる。


「あのー」と声を掛けると相手の明子さんの笑顔が歪んだ。


「あっ、あたし人と待ち合わせがあるのでー」


 体よく断って公園を離れていく。タキシードもヤバいがそれよりも僕の顔面が相当まずいらしい。丸坊主の眼鏡、普通だろ、と思うが僕のそれは特に似合っていないらしく声を掛ける女子が全て逃げていく。そのうちツイッターで『ハゲ眼鏡やべー』と噂が立ち公園には誰もいなくなった。



 その日僕は63人の明子さんにフラれた。驚け、結果は全敗……ではなかった。そう、僕は本物の明子さんをゲットした。正真正銘本物の明子さんだ。


 というのも――


「もう帰りましょうよキャッスルさん」


 もう夕暮れ。公園を離れ秋葉の街角に佇む僕らは呆然と流れゆく人混みを見つめていた。黙って、いや黙ってではないが付き合ってくれていたオコジョがとうとう諦めの愚痴をこぼした。


「菊尾さんの店で残念会だね」とスマホを手にするもやっしー、お前も諦めるのか?


 泣きそうになりどいつもこいつも……とこぶしを握り締めた時、奇跡が起きた。


「あのう……」と声がする。力なく座り込んでいた僕は目を剥いた。


 気づいていないもやっしーとオコジョは「ああ、すみません」と場を譲る。


「あ、明子……さん……」


 僕は縋るように呟く。


「?」


 もやっしーとオコジョは「気でもふれたか?」と疑うような目をしている。そこに立っている素朴な見てくれの普段着の少女がニコリと笑った。決して美人ではないが間違いない、確かに明子さんだ。


「私のこと探してたんでしょ?」


 バラを持つ手が自然と伸びた。


「受け……とってくれますか?」


 僕は手元に残された最後のバラを渡す。彼女は受け取らないままじっと目を見てふと笑った。


 声を聞いてすぐ分かった。


 彼女はアニメ『アキバの明子さん』の明子さん役の声優松井野乃花ちゃんだ。毎日毎日ラジオで声を聞いていたから分かる。秋葉で暮らす間中、ずっと彼女の声を聞いていた。毎日毎日くだらないハガキを送っては彼女を笑わせた。僕は彼女の声に救われた。彼女がいたから僕はオタクでいられたのだ。


「あなたのお手紙読みました」


 彼女はそう言ってバッグの中からハガキの束を取り出した。


「毎日毎日」


 そう言ってハガキの束を繰っていく。


「毎日毎日。『好きです、明子さん。僕と結婚してください』って」


 そう言って微笑んでいる。


「私ずっとあなたに励まされていたんですよ? ペンネーム、国家公務員さん」


 そう言ってバラを受け取ると「よろしくお願いします」と笑った。




――チャンスを望む者にやってくる一筋の奇跡。


 僕はその奇跡を手にした。程なく僕と明子さんの交際はスタートした。やはりと言うべきか、僕は彼女の声が聞きたくてひっきりなしに電話を掛けている。電話の向こうで明子さんが笑うたびに僕の心は跳ね上がる。笑ってる明子さんは僕の中で次第に野乃花さんになりどんどん彼女の存在が大きくなる。今度初めて『野乃花さん』と呼んでみようと思う。


 オタクでも恋は出来る。そして、チャンスは諦めない限り何某なにがしかの形で目の前に現れる。


 秋葉の与えてくれた僕のオタクとしての人生はまだまだ始まったばかり。オタクに乾杯、オタクに万歳!



PS.人生しつこさが大事。


 しつこ過ぎないかというツッコミはなしですよ?


(了)



※本話を持ちまして秋葉原独立戦線は終了です。今の所続きが思いつかないのでひとまずここで一区切りつけます。これまで応援して下さった皆様本当にありがとうございます。未熟な点多々あったかと思いますが読んでいただけてうれしかったです。これから先の皆さまのカクヨムライフがますます充実したものになることをお祈りしております。

 

                       2019年4月15日 奥森 蛍

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秋葉原独立戦線短編集 奥森 蛍 @whiterabbits

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