第3話 旅人はロボットに新しい役割を提案する

「俺と一緒に旅をして、どこか人が集まっているところを探すのはどうだろう? そういう場所はあまり残っていないが、全く存在してないわけじゃないし」

 俺はロボットにそう提案してみた。

「残念ですが、私はこの街から出ることができません。そのように制約がかけられています」

「そうなのか」

「はい。私はこの街のためだけに、存在するものですから」


 ロボットには通常、それぞれの役割に応じて、行動に制約がかけられている。

 戦闘機械にも、自国の人間は決して攻撃してはならない、などの制約がかけられていた。しかし、それが何者かによって解かれてしまい、無条件に人を攻撃せよ、と書き換えられた。それが現在の惨状を招いている。

 その理屈で言えば、このロボットにかけられた制約も解くことはできるのだろうが、俺にはそんな技術はないので、施してやることはできない。

 ロボットの制御プログラムをいじれる、知り合いの工学博士に頼めば可能かもしれない。

 だが、ここからかなり遠い場所に住んでいるし、このロボットを救うためだけに、わざわざ危険を犯してやってきてはくれないだろう。


「となると、お前さんがここにとどまり続けるのを、前提にする必要があるわけか」

 俺はそうつぶやいて、考え直す。

 ひとまずザックから水筒を取り出し、水をスチール製のカップに入れ、それを飲む。ちょっとぬるいが、澄んでいてうまい。

 こういう水を飲める人間は、今ではかなり限られている。だからここのことを知れば、来たいやつはいくらでもいるだろう。

 そう考えるうちに、思いついたことがあった。

 けれども、不確かな話だし、これでロボットが納得するかはわからない。

 それでもひとまず、話してみることにする。


「俺は旅をしているから、色々な人間と知り合うことが多いんだが」

「はい」

「こんな状況だから、食料や水に困っているやつは多い。そういうやつらにここのことを教えていけば、訪ねてくる人間が増えるだろう」

「なるほど。そうなれば、私の用意している水や食料が、無駄にならずにすむわけですね」

「ああ。世話をするというほどでもないから物足りないかもしれないが、こんなふうに話もできるし、今よりはずっと虚しくない状況になるんじゃないかな」

「確かに、そうかもしれません」

 ロボットは俺の言葉に同意する。

「俺も生きのびているうちは、またここを訪ねさせてもらいたいくらいだしな」

「つまり、あなたは私に存在し続けて欲しいと、思っているわけですね」

「そうだ」

 俺が答えると、ロボットは沈黙する。


「街に人を呼び戻して、再びにぎやかにするのは難しい……というよりも、おそらくは不可能だろう。そうなったら戦闘機械どもが押しよせてきてしまうしな。だけど、街に住んでいる人のためじゃなくて、街を訪ねてくる人のために存在し続けるっていう選択肢も、あるんじゃないかな」

「認識を変更し、対象の枠組みを拡大することで、存在理由を新しく見いだせ、とおっしゃるわけですね」

「難しく言うとそうなるのかな。つまり、限られた人だけのためじゃなく、みんなのために生きてみたらどうかってことさ」

 ロボットはまた沈黙する。


 これ以上は言葉をかけずに待ってみた。沈黙している間、きっとその内側では、思考がめぐらされているのだろう。

 沈黙と思考ができるのなら、ロボットと人間にはどれほどの違いがあるのだろうと、そんな疑問がわく。

 仮に人が全滅したとしても、こういうロボットが存在し続ければ、人が生きた証は、世界に残るのかも知れない。


「検討してみましたが、もともと私の役割には、街に訪れたゲストの方のお世話をすることも含まれています。ですので、街に水や食料を求めてやってくる方に提供することに、問題はありません」

「じゃあ、制約には引っかからないわけだ」

「はい」

「あとはそう、お前さんの内面の問題だな」

「内面、ですか」

「自分がそれでいいと思えないことは、続けられないからな。俺は俺がいいと思ったことを言っただけで、それがお前さんにとって本当にいいことなのかは、わからない」


 ロボットはまた少し沈黙し、そして言った。

「いま、私はあなたと話をし、水や食料を提供することで、ずっと蓄積されていた、虚しいという感情が薄らいだことを感じています。私が機能停止を依頼したのは、これが再び失われ、虚しさの中にずっと取り残されることを、恐れたからです」

「うん」

「この先あなたが、この街に人が訪れるようにしてくださるのであれば、私はそのつど役割を得ることができ、存在する理由も得ることができます。ですので、私はまだここに存在し続けてもよいのではないか、という結論を得ました」

 つまりは生きていく気持ちになった、ということなのだろう。

「そうか。それを聞いてほっとしたぜ」

「ご安心いただけたのであれば、何よりです」

 これですっかり解決といくかはわからないが、ひとまずこのロボットの、機能停止の願望を抑えることはできたようだ。

 俺にできるのは、ひとまずこんなところだろう。


「それじゃ、俺は行くぜ」

 俺はブーツのひもをしめ直し、ザックをかつぐと、ロボットにそう告げた。

「はい。行ってらっしゃいませ」

「約束通り、信用できそうなやつにはこの街のことを教えていくから、そいつらが訪ねてくるのを待っていてくれ」

「わかりました。お待ちしております。ユージン様も、いつでもいらしてください」

「ああ。じゃあな」

 俺は手を上げて見せると、倉庫を出て、街の北の方へと向かった。

 倉庫には電源があったので、装備のバッテリーを回復させることができた。

 だからよほどのことがなければ、しばらくは生存できるだろう。


 街から北に向かうと、そこには再び荒野が広がっている。

 俺は小高い丘の上に登ると、草地の上に伏せつつ、行く手に広がる平原の様子を、双眼鏡で偵察した。

 すると奥の方に、大型の多脚戦車がうろついているのが見える。

 六本の足と大砲と、ミニガンをも備えている危険なやつだ。不整地でも移動速度が早く、感知範囲に入れば、まず逃げ切ることはできない。つまり、見つかればほぼ確実に殺されてしまう相手だ。

 多脚戦車は広域を制圧できる戦闘機械で、やつのせいで人間の生存範囲は、大幅に削り取られている。


 周囲を見回すと東側に川があり、それに沿って進んでいけば、戦車の感知範囲の外を移動できそうだった。

 途中には茂みがいくつかあるので、センサー付きのゴーグルを装備して、そのあたりを入念に観察する。

 茂みには、自爆型の戦闘機械が潜んでいることが多い。近くを通りかかった人間の体にはりつき、そのまま自分ごと人間を爆破する、危険なやつだ。

 しかし探知センサーをそなえたゴーグルがあれば、位置を特定できる。だから慎重に行動できる環境下では、そこまで脅威にはならない。


 最近はこういった偵察をするのが面倒になり、怠って闇雲に歩くことが増えていた。だけど、今日は注意力が取り戻されている。

 なぜかというと、あのロボットと話をしたからだろう。

 死ぬ前に、少なくとも誰かひとりには、あの街のことを教えておかなければならない。

 その思いが、俺に生存への意志を強めさせていた。


 先に目的があり、約束を果たそうとする時にだけ、人は主体的に生き続けることを望むのかもしれない。

 ロボットに何かをしてやったつもりだったが、その行いは、俺自身にも何かをもたらしたようだ。

 誰かに生きろと言ったなら、自分も生きないといけない。


 俺は安全を確かめると丘を降り、川の方をめざして歩き始めた。

 ここから五日くらい北上すれば、まだ少数ながらも、人が住んでいる集落があるはずだ。

 そこが今でも無事なのかは、わからない。あのロボットだって、次に訪ねた時に無事なのか、わからない。

 この世界には何も確かなものはなく、命は常に危険にさらされている。

 それでも……いや、だからこそ、俺は切り離された人々やロボットの拠点をたぐり、時に結びつけながら、この世界で旅を続けていた。

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街を守るロボット 見城(けんじょう) @ykenjou

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