第2話 ロボットは機能停止を望む

 やがてロボットと俺は、街はずれの倉庫へとたどり着く。

 それは百人くらいは収容できそうな、コンクリート造りの大きな建物だった。

 ここはきれいで、まったく壊れていないから、このロボットが管理して維持しているのだろう。

 戦闘機械は人間を容赦なく襲うが、ロボットには手を出さない。

 だからここは無事なのだ。


 そんな戦闘機械が世界中で猛威を奮った結果、ロボットばかりがこの世界にたくさん、存在することになった。

 もっとも、メンテナンスを受けれなくなって、壊れてしまっているものも多いのだが。

 だから、粘っていればいつかは戦闘機械も壊れていき、人間の側が生存競争に勝つことができるかもしれない。

 現実にそれが可能かどうかはわからないが、さしあたって希望を胸に抱くには、確率を計算せずに、そう思い込む必要があった。


 倉庫の脇には畑があって、四足歩行型の機械たちが地をい、忙しそうに動き回っている。土の上には葉やつたが茂っていて、地面の下で作物が育っているようだ。

 作業用の機械は人間に対する関心を持たないようで、俺が近くを通りかかっても、何の反応も示さなかった。

 ただ、定められた仕事を黙々とこなすように作られているのだろう。


「こちらです」

 とロボットに案内されて倉庫の中に入ると、空調が効いていて、ひんやりとしていた。

 すぐに大型の、プラスチックのボトルがいくつも置いてあるのが目に入る。そして丈夫な厚紙に覆われた、平たい包みも積み上げられていた。

「こちらのボトルには殺菌ずみの水が入っていますので、お持ちください」

 ロボットが俺に説明してくれる。

「ああ、ありがとうよ」

「こちらの包みには、イモを粉状にしたものがつまっています。水や湯、ミルクなどに溶かして摂取してください。これだけではいずれ栄養失調に陥りますが、短期的な活動エネルギーを得るには十分なものです」

「イモの粉ね。ぜいたく言ってられる状況じゃないし、ありがたくいただくよ」

 俺は手持ちの大型の水筒に水を詰め、空だった布袋にイモの粉を移していった。


 水は携帯型の浄水器でも確保できるが、フィルターにも限界はあるし、きれいな水が手に入るのにこしたことはない。

 試しにイモの粉を指につけてなめてみると、ほんのりと甘みが感じられた。疲れ気味の体に染み込んでくるようで、やけにおいしく思える。


「非常時の対応として、水と食料の備蓄を行っていましたが、ほとんど利用者はいませんでした。ですので、こうして利用してもらえて幸いです。感謝いたします」

「はは、そうかい」

 水と食料を無償でもらった上に、感謝までされるなんておかしな話だ。


 ロボットは無償で人間のために働き、尽くしてくれる。だからロボットはたくさん作られるようになった。

 そして同時に、無感情に人を殺せる戦闘用の自動機械も、たくさん作られた。効率的に戦争をするために。

 それがある日突然、人による制御を受けつけなくなった結果、世界は崩壊した。

 自動で働いてくれる機械はとても便利で、依存性が高く、だから実は、とても危険なものだったのだ。

 ロボットも戦闘機械も人が作ったものだから、今の状況は、人が人に抱く善意と悪意が増幅され、現実に反映された結果の姿なのだと言える。


 ちなみに、「ロボット」は自律思考ができ、高度な判断力を備えているものがそう呼ばれる。

 「自動機械」はもっと単純な、人からプログラムされた命令を忠実にこなすだけの存在だ。

 そして「戦闘用の自動機械」は、「戦闘機械」と略して呼ばれている。


 俺は水と食料をザックに入れ終え、ロボットに礼を言う。

「ありがとうよ。おかげで助かったぜ」

「お役に立ててなによりです。実は、ひとつお願いがあるのですが」

 とロボットが言う。

「なんだい?」

 実はお支払いが必要なんです、とか言われるのだろうか。いまどき貨幣にはほとんど価値はないが。

 しかしロボットの願いは、俺の予想とはまるで違ったものだった。


「もしよろしければ、この街の住民になっていただけないでしょうか?」

「ここに住めってことかい?」

 俺は驚いてき返した。

「はい。この街はご覧になったように、水も食料も安定的に確保できますし、旅を続けるよりも、生存の確率がはるかに上昇すると思われます」

「水と食料に関してはそうかもしれないが、戦闘機械どもがやってきたら、俺は殺されちまうんだが」

「少し前に、生体反応を完全に隠蔽いんぺいできる地下シェルターを用意しましたので、安全も確保できます。住民の方たちを守れなかったことを反省して、そのようなものを設けました」

「なるほどね」

 お願いを聞き入れれば、このロボットにお世話されて、死ぬまで地下に引きこもっていられるわけだ。単に長く生存することだけを望むのであれば、悪くない話かもしれない。

 戦闘機械がうごめく状況下での旅はつらく、厳しく、いつも命は危険にさらされている。


「いかがでしょう?」

「状況を考えれば悪い話じゃないんだが、俺は旅を続けたい。いくつかやらないといけないことがあるんでね」

「そうですか」

 声のトーンに変わりはなかったが、ロボットはがっかりしたように見えた。

 そう見えたのは、俺がロボットに、

(悪いな)

 と思ったからなのかもしれない。


「そうでしたら、申し訳ないのですが、別のお願いを聞いていただけないでしょうか?」

 とロボットは続けた。

「なんだい、それは?」

「私の機能を、停止させて欲しいのです」

 さらに意外すぎて、しばし俺は沈黙してしまう。

「どういうことだ?」

 意図がわからなくて、俺はロボットにたずねる。


「私の役目は街を管理し、住民の方々の幸福のために活動することです。しかしこの街は住民がいなくなってしまい、それを果たすことができません」

「そうみたいだな」

「水も食料も、使われることもないまま廃棄し、また用意し、といったことを繰り返しています」

「そいつは、精神的にしんどい作業だな」

 そして実に、もったいなくもある。


 つまりこのロボットは、シジフォスの神話のような苦しみを受けているわけだ。

 大きな岩を押して坂を登るが、山頂に着きそうになると、岩は勝手に底まで転がり落ちてしまう。それをまた持ち上げ直すけれど、岩はまた勝手に転がり落ちて……それを永遠に繰り返す、という話だったかな。


「以前、年老いた一人暮らしの女性の家を訪問し、お話のお相手をしていたことがあります。その方がよく『人生ってむなしいわね』とおっしゃっていました」

 とロボットが言う。

「それはまた、どうして?」

「事故でお子さまとお孫さまを亡くされたからのようでした。私にはその時、虚しいという言葉の意味がわからなかったのですが、最近になって、理解できるようになりました」

「街から住民がいなくなったから?」

「そうです。何をしても、それが誰のためにもならない。そのような状況が虚しさを生み出す、ということを私は知りました」

「ふむ」


「私がこの世界に存在するようになって以来、街には人がいるのが当たり前でした。そして人々からお願いをされ、それを果たしてお礼を言われている時は、特に貴重なことだとは考えていませんでした。しかしそれらを失ってはじめて、私が存在する上で、重要な意味を持っていたと気がついたのです」

「なるほど」

 それは俺にも経験がある。世界が崩壊した後で気づいたことが、たくさんある。

「私はロボットですが、柔軟な対応力が求められる役割を担っていますので、抽象的な思考を行う機能も備えています。会話によって語彙ごいを増やし、その概念への理解を深めていくことができます」

「なるほど。つまりはその機能によって、虚しいって気持ちを覚えてしまったのか」

「はい。そのような思考力を備えておらず、ただルーチン通りに役割をこなすだけの存在であれば、苦しみを感じることもなかったのでしょう。畑で働く自動機械たちのように」

 ロボットも高度に作られすぎると、生きるのが大変になるんだな。俺たち人間も、同じなのかもしれないが。


「その虚しさや苦しみから逃れたいから、俺に機能を停止させてくれと頼んだのか」

「はい。私は自己破壊を行うことが許されていませんので」

 つまり、このロボットには自殺願望があるってことだ。

 でも自殺はできないから、人の手を借りて停止する必要があると。殺人ならぬ、殺ロボット依頼、というわけか。

 頼まれたからといって、はいそうですか、と実行する気にはなれなかった。

 人間の味方であり続けるロボットを破壊したくないし、水や食料を提供してくれる存在は、今ではすごく貴重だからという、実際的な理由もある。

 何より、水と食料をもらっておいて、そのお礼に、頭に銃弾を撃ち込むっていうのもひどい話だ。


 かといって、俺はこの街にはとどまれない。それでいて、このロボットに希望をもたらす方法はあるだろうか?

 このロボットは、自分がしていることへの反応や手応えを欲しがっている。だったらそれを供給できる方法を考えればいい。

 ロボットが欲しているのは、つまりは人と接することだ。人間が求めるものと同じなのだから、それほど難しい課題ではないのかもしれない。

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