街を守るロボット

見城(けんじょう)

第1話 旅人が無人の街でロボットに出会う

 荒野を抜け、ようやく街にたどり着いたと思ったら、そこもまたずいぶんと荒れ果てていた。

 立ち寄ってみた民家の壁は、あちこちにヒビが入っていて、崩れかけている。

 中をのぞいてみると、テーブルや椅子が横倒しになっていたり、空っぽの棚にほこりがたまっていたりで、人が生活をしている様子はない。


 この街にたどり着く前、離れたところから偵察した時にも、さびれていそうだとは気づいていた。そして実際にすぐ近くで見てみると、予想以上に街としての機能が失われているようだった。

 道路は寸断され、電気がついていないからどの窓の中も暗く、雑草があたりにはびこっている。


 水や食料が補充できるといいな、と思っていたが、どうやらそれをかなえるのは難しそうだ。

 それでも置き忘れられたミネラルウォーターとか酒びんとか、缶詰のひとつでも転がっていないだろうかと思い、崩れかけの建物を巡り、あさってみることにした。


 この荒廃した世界で生きのびるには、みっともないとかあさましいとか、そんなことを気にしている余裕はない。

 いちおう、一年くらい前までは気にしていたが、今ではもう、かつての誰かの所有物をかすめ取ることを、恥ずかしいとは思わなくなってしまった。誰にとがめられることもないし。


 結局のところ罪の意識というやつは、他人の目を気にすることでしか、生まれないのかもしれない。

 不滅の神を信じる信仰者であれば、世界の状況がどうなろうとも、また意識の持ち方が違うのだろうが。


 ああ神様、どうか哀れな放浪者に、おいしい水と、新鮮な肉と野菜をお授けください、などと、まったく真剣さもなく心の中でつぶやく。

 するとカシャッ、カシャッ、と機械の歩行音が聞こえてきたので、俺は驚いた。それはだんだんと、こちらに近づいてくる。

 俺は腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、グリップを両手で握って構えた。そしていつでも撃てるよう、音が聞こえてくる方向に銃口を向ける。


 いつもはもっと入念に様子を調べてから街の中に入るのだけど、今回はそれを怠ってしまった。

 だから俺は、ここで死ぬのかもしれない。


 音は二階建ての集合住宅の、角の向こうから聞こえてくる。

 角の先に何がいるのかわからなくて、音が近づいてくることだけを認識している状況は、なかなかに緊張をしいられた。

 けれども、それほど大きな音ではないから、大型の戦闘機械がこちらに向かってきているわけではなさそうだ。

 戦闘機械は、人間を見つけしだい殺そうとしてくる、自動化された強力な兵器のことで、実に恐ろしい存在だ。


 銃の残弾も乏しいし、どうか敵ではありませんように、と祈りつつ登場を待ち構えると、丸っこいシルエットを持つ、白い塗装を施されたロボットが姿を現した。

 そいつには人と同じくらいの大きさの、丸い頭がついていた。そしてそこに視覚センサーを兼ねた二つの、楕円形の緑色の目がついている。


 愛嬌のある外見で、人と接するのを前提にデザインされているタイプだ。武器は持っておらず、手足は細めで、格闘能力は低そうだった。まず危険はないだろう。

 しばし視覚センサーが明滅を繰り返し、それからロボットは俺に向かって言葉を発した。


「登録情報が見つかりません。あなたはどなたですか?」

 胸元に設置されたスピーカーから発せられる機械的な音声が、俺の耳に入ってくる。

 どうやら言葉が通じるようで、俺は安心した。

「俺は……そうだな、旅人だ」

「なるほど、旅の方ですか。よろしければお名前を教えていただけますでしょうか?」

「ユージンだ」

「ユージン様、ですね。了解しました。何かお困りのことはありませんか? ご用があればおっしゃってください」

 とロボットは親切に聞いてくれる。


「困っていることは色々あるけど、お前はどんな役目を持ったロボットなんだ?」

 どうやら大丈夫そうだと判断し、俺は拳銃をホルスターに戻した。

「私はこの街の管理ロボットです。住民の方々が幸福に暮らせるよう、お世話をするのが役目です」

 住民の幸福、ね。

「なるほど。なら聞きたいんだが、この街にいま、住民はいるのかい?」

 しばしロボットは沈黙する。

「現在、この街の住民はゼロ名です。もともと過疎化が進んでいた地域ではあるのですが、おおよそ二年前から、人口がさらなる急減をはじめました。それ以降は、残る住民たちも継続して減少を続け、半年前にはついにゼロになってしまいました」

「そうか」

 世界中で生存者が減っているから、無人になってしまった街が増えている。仕方のないことだ。


「私はお世話すべき住民の方たちを失い、役目を果たせない状況が続いていました。ですので、あなたの訪問を歓迎いたします。私にご用はありますでしょうか?」

 このロボットはよほどに、人のために何かがしたいらしい。なら、それに甘えることにしよう。

「できれば水と食料がほしいんだが、わけてもらえるかな?」

「はい。飲料水と食料には備蓄があります。こちらにどうぞ」

「そいつは助かる」

 食料が得られるのなら、まだしばらくは生きのびられそうだ。

 それが本当にいいことなのかどうか、いまいち確信は持てない。生きのびた先の時間で、無惨な死を迎える可能性も高いからだ。

 けれども、えやかわきで死ぬのを避けられるのは、ひとまず喜ぶべきことなんだろう。


 俺はロボットに案内してもらい、街の中を歩いた。

 便宜的に「街」として認識しているけれど、誰ひとり住んでいないとわかった今では、「廃墟」と呼ぶのが正しいのだろう。

 でも、このロボットがとどまっているうちは、まだかろうじて、街と呼んでもいいのかもしれない。


 通りかかった時に見かけた建物の中には、砲弾を撃ち込まれ、派手に崩壊しているものもあった。

 戦闘機械の襲撃を受けて多くの人が亡くなり、生き残った人たちも街を離れたのだろう。

 ロボットがかたづけたのか、瓦礫がれきなどは撤去されてきれいになっていた。しかし砲弾によって壁にぽっかりと開けられた穴はそのままになっていて、それが何とも言えない異様さを感じさせた。

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