第3話 愛を伝道して歩くのが俺の宿命なのさ

「奥義だって?」


 警戒して後退ずさりしながら尋ねるミス・ウォーターメロン。もはや、目の前の男を侮ってはいない。最大級に警戒すべき強敵だと認識して、この場をどう切り抜けるか、必死になって考えを巡らせている。


 だが、愛の伝道師うみは、相手に策謀を許すような余裕は与えなかった!


「そうさ。さあ、俺の奥義で昇天しな! くらえ、必殺バイブレーションフィンガー!!」


 そう宣言すると、一瞬で間合いを詰め、ミス・ウォーターメロンの均整が取れた、それでいて豊満なからだ目がけて左手の人差し指を目にもとまらぬ素早さで連続して突き込んだ!


「ラーブラブラブラブラブラブっ!!」


「はあぁぁぁぁぁぁん! き、気持ちいいっ!!」


 見よ! 未だかつて快感を得たことがないという、ネオヨシワラ歓楽街の「氷の恐怖女帝」ミス・ウォーターメロンが快楽の叫びを上げてよろこんでいるではないか!!


 うみの連撃が終わると同時に、棒立ちだったミス・ウォーターメロンは、膝からその場に崩れ落ちた。あまりの悦楽に立っていることができなかったのだ!


 それを見たうみは、さきほど脱ぎ捨てた自らのコートを手にとって、彼女の肩にかけながら静かに口を開いた。


「肩、腰、腕、脛のツボを超振動でマッサージした。これでお前さんは、もう二度と肩こりや、腰痛、手足のむくみを感じることは無いだろう」


「えっ?」


 呆然とうみを見上げるミス・ウォーターメロンに、うみは説明を続ける。


「お前さん、その徒名あだなの由来になったスイカップじゃあ、さぞかし肩もこったことだろうな。いくらサイボーグだからといっても、いや、サイボーグだからこそ痛覚は制限されている。だが、肩こりってのは本来は筋肉の『痛み』として感じるものが鈍くなったものだ。かえって肩はこるだろうさ」


 思わずうなずいたミス・ウォーターメロンを見て、うみは微笑みかけながら話を続ける。


「機械的な強化ではなく生体強化されたバイオサイボーグであるお前さんは、その強化による反動で身体のあちこちに無理が来ていたんだ。手足の筋力を強化するかわりに、むくみやこりも酷いはずさ。そんな体じゃあ常にイライラするのも当然だ。悪事のひとつも働きたくなろうってモンさ」


 そこで、人差し指を立ててニヤリと笑って言う。


「だが、お前さんはその苦しみから永遠に解放されたのさ。これでもう二度とイライラすることも無いだろう。悪事を働くのはやめて、ラブ&ピースでハッピーになろうじゃないか」


 それを見たミス・ウォーターメロンはフッと自嘲じみた笑みを浮かべて答えた。


「確かにアタシがイライラしてたのは事実さ。だけど、このネオヨシワラで夜の店をやめて女が生きていけると思ってるのかい?」


 それを聞いたうみは、肩をすくめて言った。


「いや、俺は別にお前さんに仕事をやめろとは言ってないぜ。何しろ『人類最古の職業』って言われるくらいだ。それが必要なことはわかってる。それをやめろなんてきれい事は言わないさ。だけど、やり様はあるだろう? 昔のお前さんみたいに苦しんでいる女の子に、無理矢理仕事をさせるんじゃなくて、ほかの道を与えてやることも、今のお前さんならできるんじゃないのか?」


 そう言いながら、ボロを着た女の子を指さすうみ。それを見たミス・ウォーターメロンは一度大きく天をあおぐと、今度こそ輝くような笑顔を浮かべて答えた。


「ハッ、完全にアタシの負けだね。アンタのラブ、確かにアタシの胸に響いたよ。これからはラブ&ピースで生きていくさ」


 そして、起ち上がると、女の子に向けて微笑みながら優しく言葉をかける。


「アタシの店にいらっしゃい。素敵なレディにしてあげるというのは嘘じゃないわよ。でも、無理に男を相手にする必要はないわ。ヘアアレンジやメイクみたいな仕事もあるし、料理やお菓子を作る仕事だってある。貴女がやりたいことで返してくれればいいのよ」


 それを見たうみは、満足そうにうなずくと、別れの挨拶を口にする。


「オーケィ、それでいい。お前さんには無理に作った営業用スマイルより、そっちの自然な微笑みの方がよく似合うぜ。それじゃあ、俺はお暇するとしよう。俺の愛を待っているヤツらがほかにも沢山いるからな」


 それを聞いた女の子が、悲しげな顔になると、うみに向かって両手を組んで祈るように訴えた。


「お願いです、この街に残ってくださいませんか?」


 その切実なる懇願こんがんに対して、うみは優しげに微笑んで少女の頭を優しく撫でながらも、きっぱりと言う。


「残念だが、愛を伝道して歩くのが俺の宿命さだめなのさ。この世はラブ&ピース! いつかまた会おう」


 そして、きびすを返すと、周囲で見守っていた野次馬連中をかき分け、ネオヨシワラ歓楽街の欲望渦巻く雑踏の中へと消えていった。


「うみ様……」


 切なげな顔で、それを見送る少女。その肩に優しく手を置きながら、ミス・ウォーターメロンが慰める。


「イイ男ってのは船みたいなもので、ひとつの所にとどまってはくれないものよ。貴女は港になりなさい。そうすれば、男は必ず帰ってきてくれるわ」


 そう言ったところで、あることに気付いてフッと笑う。


「いえ、よく考えたらアイツは『船』じゃなくて『うみ』だったわね。あの広大無辺の『ラブ』で世界を包もうってデッカい男だったわ」


 それに対して、少女は健気に、しかしはっきりとした意志をもって答えた。


「わたしは、やっぱり港になります! だって、港は必ず『うみ』とつながっているから」


 そんな少女の決意を祝福するように、ミス・ウォーターメロンはポンと軽く少女の肩を叩いた。


 そして、うみが消えた雑踏を眺めながら、軽く苦笑いを浮かべて蓮っ葉な口調でつぶやいた。


「それにしても、アイツは実の所『愛の伝道師』っていうよりは『愛の電動コケシ』っていう方が正しいんじゃないのかねえ?」




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愛の伝道師うみ ~必殺バイブレーションフィンガーでワルい女どもにラブ&ピースを教えるぜ!~ 結城藍人 @aito-yu-ki

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