革命
拠点内がガヤガヤと騒がしく、部屋の外で誰かが走っていく音が耳を通る。
窓からは仲間達が物を運んだりと、忙しなく働いている姿が目に入る。
俺は一人、穏やかな日が射すこの窓辺で、ぼんやり空を眺めていた。
「……随分遠くまで来たもんだなー……」
そう呟いても、返事が返ってくる事は無い。
あの人はもちろん、彼女も今頃最後の戦いの準備で忙しいだろうから、ここに来る人なんて誰もいない。
暖かで静かなこの場所でぼんやりしているとだんだんと眠くなってきてしまう。
もうじき戦いが始まるというのに、そんなことお構いなしに空は穏やかだ。
「……アイツが元気そうで良かった……」
自分の手が握っている手紙が小さく音を立てる。
何度も読み返し、既に頭に焼き付けたその手紙は、酷く拙い文字で綴られていた。
文字を習い出してまだ間もない妹がこれを書いてくれたのだと思うと、暖かい感情が湧いてくる。
「……もう……会えないんだよなぁ…………」
一度だけあの家に戻った時に会った妹の姿は俺が思っていたよりも大人びていて、綺麗になっていた。
それに笑った顔がだんだん母さんに似てきていた。
俺に作ってくれたメシも美味かったし、近所の人とも上手くやっているようだった。
それにジンさんのご両親に色々教えてもらっていると言っていた。
あの人たちならきっと、アイツを誰に嫁いでも大丈夫なようにしてくれる。
アイツには周りの人がいる。
きっと、一人でも大丈夫だ。
『絶対、生きて帰ってきてね。待ってるから。セレスより』
最後にそう書かれ終わった手紙を丁寧に閉じ、そっと懐にしまう。
ここに入れていたら汚れちまうだろうけど、これだけは持って逝きたい。
契約を交わしたあの時から、俺はその願いを叶えられないと決まっていた。
俺には、もう僅かな時間しか残っていない。
──アディ。
声に出さず、俺の中にいる悪魔を呼ぶ。
こちらに意識を向けたらしい。返事は無いが、アディの存在を強く感じる。
──思えば随分長い間一緒にいたな。
話かけても相変わらず返事は無く、今は話す気分ではないようだ。
ただ聞く気はあるのか、アディは変わらずそこにいた。
──お前と契約して、こうやってここまでこれた。
僅かに灯った刻印の熱に少し笑ってしまう。
初めの頃は戸惑っていたこの熱にも、すっかり慣れてしまった。
長かった。
ようやくここまでこれたんだ。
──これが最後になる。
今まで一緒にいた、今もここにいる炎は一体何を思っているのだろう。
──今までありがとう。
──最期まで力を貸してくれ。
招集を知らせる鐘がこの部屋まで響き渡る。
あぁ、行かなければ。
傍に置いていた剣を手に取って俺は椅子から立ち上がる。
すっかり手になじんだこの剣をこうして握るのも、これが最後になるんだろう。
――ノエル様が王城へ使者を送ってから、今日で三日が経つ。
残るは王城に籠る現国王とそれを守る近衛騎士団だけ。
平民を中心に創られた騎士団もこちらに味方し、負けるのが目に見えているというのに現国王は降服しない。
国民の事や諸外国の事もあり、これ以上待つ訳にもいかない。
ノエル様は王城へ攻め入る事を決めた。
【悪魔に礼を言うなどお主ぐらいだろうな】
不意に、アディが聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそう呟く。
アディに俺の考えが無条件に伝わっていても、俺にはアディの考えている事はわからない。
けれど、微かに聞こえたその呟きに何となく寂しさを感じた。
伝えたい事は真っ先に言う悪魔(やつ)だ。
今聞いた所でアディは答えてくれないんだろう。
ならば、今は聞かない。
俺が悪魔の世界に堕ちた後、いつか聞いてみればいい。
「そん時が楽しみだな」
【ふざけた事を……】
表情こそ見えないが、声色で大体の事はわかる。
どうしようもないバカな俺を、仕方ないと言った様子で苦笑しているのだろう。目に浮かぶようだ。
俺は魂に宿る悪魔と共に、静かな部屋を出る。
これが革命軍最後の戦いだ。
この戦いに勝利すれば、革命が成された事になる。
俺が交わした悪魔との契約が、もうじき果たされる。
その時俺は、どんな最期を迎えるのだろう。
**********
俺達が攻めてくるのを想定し配置された近衛騎士達や仕掛けを退け、俺達は先へと進む。
アディの力である程度の物は把握しておいたが、王族しか知らない仕掛けなど、結界に邪魔され全ては把握できなかった。
だが、幼い頃をここで過ごされたノエル様はそれら全てを把握しているため、迷う事無く指揮を執る。
その他の新しい仕掛けなどは俺とジンさんが中心となって破壊し、突破していく。
徐々に国王のいる場所へと近付いている。
それがわかると同時に刻印が脈を打った。
ノエル様へ切りかかって来た褐色の肌の剣士を視界に捉え、間に入って剣を受ける。
刻印の熱と見慣れない剣捌きに少し苦戦していると、レイアの魔法が放たれ剣士の剣が弾き飛ばされた。
俺はその隙を突き、剣士の息の根を止める。
心配するように俺へ目配りするレイアに無理矢理笑ってやれば、彼女は余計に顔を歪めた。
ここにいるのはこの国の者だけではない。
他国の者が内乱で乱れるこの国を狙い、ノエル様の命を奪おうと刺客も送られている。
ノエル様をお守りし、共に進む。それが俺達第一部隊の役目だ。
苦しくとも立ち止まる訳にはいかない。
それは彼女もわかっている。
「まだ大丈夫だ」
「……えぇ」
他の隊員の足手まといにならないようレイアと共に先へと駆ける。
次々と降りかかってくる障害から第一部隊全員でノエル様をお守りし、豪華な廊下を駆け抜けて行けば、結界が施されている扉の前に辿り着いた。
「ここが……」
誰かがそうポツリと言ったのが耳に入り、ふとノエル様へ目を向ける。
ノエル様は微かに震える手を強く握り締めていたが、すぐに少しだけ俯いていた顔を上げ、扉へ手を掛ける。
「……行きましょう!」
ノエル様が掛けられていた結界を解き放つと扉が開き、同時にいくつか魔法が飛んできた。
俺とジンさんは瞬時に前へ躍り出て、飛んできた魔法を炎と雷で打ち消す。
全てを打ち消し前を見れば、多勢の騎士に守られるように玉座と思わしき場所に座る人物が視界に入った。
「……お前のような小娘がここまで来れるとはな」
ノエル様と同じ色の瞳をした壮齢の男の言葉に、ノエル様は僅かに肩を揺らした。
俺は生まれてこのかた実際に見た事は無かったが、ノエル様の反応を見る限り、あの男がこの国の王、なのだろう。
「……降服してください。これ以上ここで血を流すのはやめましょう……父上」
「……やめた所で血は流れる。
私とお前、どちらかがこうして生きている限り争いは終わらん。この国の王は一人だけなのだからな」
「っ……父上……!!」
ノエル様の訴えが広間にこだました。
国王は静かに立ち上がり、ノエル様に背を向ける。
「争いを終わらせたければ追いかけてくるがいい。そして、お前の手で私を殺す事だ」
玉座の後ろで術式が発動し、現れた隠し通路へ国王は数名の騎士を連れその先へ姿を消した。
ノエル様が一歩踏み出せば、残った騎士達が道を塞ぐ。
「……ノエル様」
「……終わらせましょう、全てを……」
俯いてしまったノエル様にジンさんが騎士達に警戒しつつ声をかける。
俺達もノエル様の前へ広がり、陣形を組みながらそちらへ意識を向ければ、ノエル様は震えた声でそう呟く。
「道を開けなさい! 私たちは先に進みます!!」
顔を上げそう言い切ったノエル様の声は凛としていて、迷いは感じられない。
ノエル様の言葉を火蓋に、俺達も敵の騎士達も臨戦態勢に入った。
目の前に立ちはだかるのは何人もの騎士達。
ここで時間を食えば国王を逃がす事になる。
そうはさせない。
「レイア、ジンさん。真ん中に思いっきり頼む」
俺が両隣に立つ二人にそう頼み力を使えば、それに呼応するようにレイアが闇の魔法を、ジンさんが雷と風を放ってくれた。
二人の魔法が何人かの騎士を倒し、中央が手薄になった所へ俺は炎を操って道を作る。
「ノエル様!」
「ありがとう!」
ノエル様を先頭に部隊全員が炎の道を走り出し、俺はその後ろを追う。
魔法で炎を消そうとする騎士達だが、そんなものでこの炎は消せはしない。
この方の進む道を遮らせてたまるものか。
部屋の奥、隠し通路まで辿り着き、俺は炎の形を変えて敵を寄せ付けない壁にする。
次々と放たれる魔法の数々を炎が打ち消しているが、刻印の熱に軽く眩暈がした。
――小さいけれど優しい俺達の王様。貴女が王になる瞬間だけでも見たかったんだけどなぁ……。
「俺はここに残ります。ノエル様は皆を率いて先へ進んでください」
俺の言葉に驚き、目を見開いて俺へ視線を向けるノエル様。
賢いお方だ、きっと俺の言葉の意味もすでに理解しているのだろう。
「この炎は長く持ちません。
挟み撃ちを避けるためにも俺がここを守りますから、ノエル様は先へ。
……この方に何かあったらおしまいだ。みんな、ノエル様を頼むぜ」
顔を歪ませ悩む素振りを見せるノエル様と部隊の仲間に向けて言葉を続ける。
仲間はそれぞれ静かに頷いてくれた。
「殿下、私も残るわ。それならいいでしょう?」
「……わかりました。ここは二人に任せます……セオルド」
レイアの申し出に渋々といった様子で頷くノエル様が俺を呼ぶ。
それに俺は、いつもと変わらぬ笑みで応えた。
「我らが王、どうか先へ進んでください。どこまでも、先へ」
きっと貴女は俺の事すらお見通しなのでしょう。
俺のようなただの村人にもその慈愛を向けてくれた優しいお方。
「……ありがとう、セオルド」
絞り出すように告げられた感謝の言葉。
それは別れの言葉でもあった。
前へと、先へと進み出したノエル様達を見送るが、その傍らでジンさんが少し怒ったような顔でこちらを見ているのに気付いた。
不安気な表情で立ち止まってしまったその人に俺は笑って声をかける。
「ジンさん」
「……すぐに戻ってくる。だから必ず生きて待っていてくれ。いいな?」
苦悩に満ちた声からは、俺を心配してくれているのと同時に信頼してくれているのが良く分かる。
俺がどこまで力を得ても、この人にとって俺は弟だというのに変わりないらしい。
「ここは誰も通さないから安心して行ってください、ジンさん」
生きるという約束は守れないけれど、ジンさんが進む道を守る事はできる。
最期まで貴方の役に立てるなら、後悔は無い。
「──……さよなら、義兄さん」
先へ進んだノエル様達を追いかけ、走って行った背中を見送る。
呟いた別れの言葉は隣立つレイアにも聞かれていたようだ。
物言いたげな目でこちらを見ていた。
「本当にいいのか? ノエル様が王になる歴史的瞬間に立ち会えねぇぞ?」
「貴方の最期まで、傍にいるわ」
茶化すようにそう言えば、レイアは真っ直ぐ俺を見据えて普段と変わらない声で告げた。
そしてレイアは俺の隣に立ち、騎士達の方へ向き直り、いつでも魔法を放てるように魔力を練り始めた。
「……ありがとな」
俺も彼女と共にジンさん達が進んだ隠し通路に背を向け、剣を構える。
炎はもうじき消えてしまう。
そうすれば彼らは主である国王を守るために、先へ進むために俺達に襲い掛かってくるだろう。
ざっと見ただけだが数はおおよそ50。力を使えばどうという事も無いのだが……。
【わかっておるな?】
「……わかってるさ」
アディの声に、先ほどから苦しい程熱を持つ刻印へとそっと手を当てる。
今まで散々無茶したからか、今の俺はアディの力をあまり使えない。
この炎すら維持することも難しくなってしまった。
正直、この数相手に抑えきれるかわからない。
隣りに立つ大切な人を守れるかもわからない。
それでも。
「誰一人、近付けさせねぇ」
炎が消え、ほぼ同時。何人かの騎士が一斉に襲い掛かって来た。
力ではなく、生まれ持った魔力を使い炎を放ち、三人程吹き飛ばす。
同時にレイアが闇を使って騎士を絡めとり、動きを止めた所へ俺は剣を振るい、切り捨てた。
「援護するわ」
「頼んだ!」
レイアを背に、次々と襲ってくる騎士達へと突っ込む。
剣を振るい、魔法を放ち、足を止めず敵を薙ぎ払う。
背後から飛ぶ魔法が俺の死角を失くしてくれる。
隙を狙い、レイアの元へと駆け出した者には、守護のために僅かに残しておいた悪魔の炎が喰らい尽くす。
刻印の熱が力に呼応した。
「誰も近づかせないつったろぉが!!!」
雄叫びを上げ、剣を、力を、全てを振るう。
この命を、魂を、全てを失う事になっても、あの人達の道は俺が守る。
傍にいてくれた大切な人を必ず守る。
そう誓ったんだ。
思考を止めるな、剣を振るう腕を、地を蹴る足を動かせ。
世界を把握する全ての感覚を研ぎ澄ませ。
眼前に迫る相手に刃を振るい、風を切る音に左へ跳べば右頬に槍が掠めて行く。
俺が避けた先へ、後方に下がっていた騎士が魔法で雷を放つが、俺はそれを炎の弾を三発、時間差で飛ばし雷を相殺し、残った炎で魔法を放った騎士を焼き消した。
背後に気配を感じ取り、振り向きざまに一人切り捨てるが、その更に後方に隠れていた騎士が魔法陣を展開しているのが見えた。
仲間もろとも攻撃する覚悟なのか、既に構築された魔法陣が強く輝きだす。
防ごうにも間に合わない。ならば術者を叩くのみ。
風の刃が敵味方問わず切り裂いていく中、魔剣の魔力で風を受け流し、切り裂き、致命傷を避けながらアディの力で炎の矢を作って術者へと放つ。
炎の矢は術者が咄嗟に張った風の結界を貫き、術者と周囲の騎士を巻き込んで炎が燃え上がる。
致命傷を避けたとはいえ、防ぎきれなかった風の刃は俺の身体のあちこちを切り裂き、激痛が走った。
痛みと共に血が流れ、視界が揺らぐ。
まだだ、まだ倒れるわけにはいかない。
今だ残る騎士達へと剣を構える。
腕が重い、だが、まだ戦える。
揺れる視界の中で、彼女に迫る刃が見えた。
「っ……レイアァァ!!!」
──時が、止まったようだった。
身体に走った激痛も、酷く脈打つ刻印も、全てがどうでもいい。
力を使い、一瞬で彼女と刃の間へと飛んだ。
勢いそのままに振り下ろされた刃はレイアには届かず、俺の背を肩から腰にかけて深く切りつけた。
「セオ……!?」
彼女の悲痛な声が聞こえる。
ゆっくりと振り向けば、目の前には呆然とする騎一人の若い騎士。
その青色の目と目が合った時、俺は無意識にその騎士を蹴り飛ばしていた。
自分の身体から溢れだす血と、より一層強く熱を持つ刻印。
剣が俺の手からこぼれ落ち、金属音がその空間に劈いた。
「アディ」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
自分の身を焦がす熱が刻印を中心に湧き上がっているというのに、頭は冷静だった。
「全てを焼き尽くせ」
【……承知した】
──黒炎が俺を中心に燃え上がった。
黒く燃え上がる黒炎は不気味な気配を放ちながら瞬く間に広がっていく。
そのおぞましさに怯え逃げ惑う騎士達を次々と取り込み、黒炎は苦しみを与えながら少しずつ肉体を焼いていく。
肉が焼け、血が焼け、灰も残さず全てが焼き尽くされる。
悲鳴と助けを請う声が響き渡る中、俺はその光景を眺め、声を上げて笑っていた。
燃え上がれ、焼き尽くせ、全ての存在を許すな。
愛しい存在を奪おうとする全て、苦痛を持って殺せ。
黒炎が灯した黒く暗い感情が、俺の中に燃え上がる。
刻印が熱く脈を打ち、心臓を握られたかのような痛みが走るが、どうでもいい。
全て燃やし尽くしてしまえばいい。
この激情が突き動かすまま、焼き尽くしてしまおう。
己の愛するモノを苦しめて奪っていく全てを、この感情のままに。
この国も 世 界も ス ベ テ ?
──俺の望みは、破滅じゃない。
「ガ、ァァアァァアアアア!!!?!?」
制御を失い全て焼き尽くそうとする黒炎を無理やり抑え込む。
湧き上がる黒い感情を振り払い、燃え上がる黒炎を残す事無く全て消し去る。
おぼろげな意識の中、認識できたのは黒く焼け焦げた部屋と、足下に広がる血だまりだけだった。
彼女はどこだろう。
レイアはどこにいる?
【たかが人の子が、暴走した妾の力を抑え込むとはな】
ふらつく身体をおぼつかない足で何とか支えていると、アディが小さく呟いた。
どこか懐かしむような、悔やむようなその呟きは遠くから聞こえた大きな歓声に掻き消えた。
その歓声が意味する物は、すぐに理解した。
「終わった……の、か……」
全部終わったんだ。
もうこの国の王はあの方、ノエル様なんだ。
革命は成されたんだ。
「セオ!!」
【……契約は、果たされた】
レイアが駆け寄ってくるのが見えた。
アディの声が俺の中で響いた。
──身体から、力が抜けた。
「レ、イア……」
「セオっ、傷を……!」
倒れていく俺の身体を小さく柔らかな身体でレイアは抱き止めてくれる。
俺の全身から溢れる血を必死に止めようと、あまり得意ではないと言っていた治療魔法を唱え始めるレイア。
君もわかっているだろう。
もう意味は無いのだと。
「もう、いいよ」
か細い声で伝えても、レイアは止めようとしなかった。
【これで貴様の魂は妾のモノだ。
……少しだけ時間をやる。伝えたい事は伝えておけ】
アディの悪魔らしくない気遣いに、俺は力無く頷いた。
重い右腕を力の限り動かし、レイアを精一杯抱きしめる。
どうやら左腕は無くなっているようで僅かな感覚すら無い。
本当なら両手で君を感じたかったけれど、仕方がない。
レイアも俺の意志を悟ってくれたのか、ゆっくりと腕を背に回し、抱きしめ返してくれた。
「……逝くのね」
「あぁ……」
斬られたのが背中で良かった。
痛みはあるが、こんなものアディとの契約の時に比べたら軽いものだ。
それに、レイアの治療魔法が効いているのか、しゃべる事ができる。
君に最期、伝える事ができるんだ。
君の顔が見たい。
君の綺麗な夜空の瞳が見たいんだ。
力の入らない身体はレイアに支えられ、ゆっくりと倒れていく。
暖かな体温を名残惜しく思いながらレイアの身体を離すと、レイアは俺の頭を自分の膝の上に置いてくれた。
上から覗き込むレイアの瞳から、一つ、二つと雫が俺の頬に落ちてくる。
「……君も、泣くんだな」
「……当たり前でしょ……」
感情表現が希薄なレイアが見せた涙。
自分が流させているのかと思うと、愛しさと悲しさが込み上がる。
彼女の頬へと手を伸ばすと、彼女はその小さな手で俺の手を離さないように包んだ。
意識が遠のく。
別れの時はもう目の前だ。
「レイア」
今まで何度も呼んだその名前を呼べば、レイアは黙って俺の言葉に耳を傾けた。
その瞳は、ただ真っ直ぐに俺を見ている。
伝えたい事は山ほどあるけれど、今の俺にはそんな時間も体力も残っていない。
全てを伝えられないけれど、できうる限り全てを伝えたい。
「今までありがとう」
君が俺とアディの契約の事で悩んでいたのは知っている。
俺が死ぬ事に責任を感じている事も。
そう思わなくていいのに、君は優しいから。
「君が……頼みを聞いてくれたから、俺は戦えた……」
掠れた声で伝えれば、レイアは瞳を揺らし少しだけ首を右に傾けた。
感情を隠そうとする彼女の癖だ。
他人にはわからないだろう些細な癖。
それが手に取るようにわかるほど、彼女は俺の傍にいてくれた。
ずっと支えてきてくれた。
──それがどれほど幸せな事だったか。
「……辛い事も、あったけど……役に立てた……仲間を……守れた……」
この力のおかげで避けられた戦いだってあった。
それに大切な人を守る事もできたんだ。
「……俺は、後悔して……ない……。これで、良かったんだ……」
だから君が俺の命を背負う必要なんて無い。
悪魔の業を背負うのは俺だけでいいんだ。
「レイアがいてくれて……本当に……良かった……」
君がいてくれて俺は幸せだった。
最期にもう一つ。
俺の最期の願いを君に。
ずっと支えてきてくれた大切な君に。
「君は、幸せになって」
愛する君の幸せが俺の願いなんだ。
「……馬鹿な人」
――――彼は最期に穏やかな微笑みを浮かべて眠りについた。
零れ落ちていく涙を止める術なんて知らない私は、彼の魂が炎に連れられ何処かへ行ってしまうのを黙って見ていた。
願いは戦火の先に 空桜歌 @kuouka
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