家族
共に戦う仲間の後ろに迫る影に気付いた。
彼は深手を負っている上、違う敵兵と戦っている。
助けようにも俺からは離れていて、このままでは間に合わない――普通なら。
左胸に刻まれた刻印は、戦場で常に熱を持っている。
今ではもう慣れた感覚。
俺が仲間に向けて大地を蹴れば、常人にはあり得ない速さで戦場を駆けた。
一瞬で仲間の元に駆けつけた俺は、仲間の背後に迫る敵兵を切り裂く。
肩から腰にかけて身体を分断された敵兵は、驚いた表情で俺を見ていた。
切り裂いた部分から吹き出した血飛沫が降りかかるがここは戦場。
返り血なんか気にしていられない。
剣を振り下ろした勢いを利用し、もう一人の敵を蹴り飛ばして地面に倒れたところで心臓に剣を突き立てる。
苦痛の声が耳に届き、相手が剣を抜こうと腕を伸ばしたが、その手は剣に触れる事なく地面に落ちた。
俺はそれを見届けてから剣を抜き、右腕の傷口を押さえている仲間に声をかける。
「ジョン、大丈夫か?」
「何とか……わりーな、セオルド」
「後で何か奢ってくれ、美味いもんがいいな」
「わーったよ」
軽口を言いながら、膝を付いているジョンに手を貸す。
今の敵兵で最後なのはアディの力で確認済みだ。
「あらかた片付いたみたいだな……」
「後方部隊のとこ行こう、さっさと治療してもらわねぇと」
「わりぃ……」
どうやら左足も怪我をしているらしく、ジョンに肩を貸して支援部隊まで歩いて行く。
連れて行く前に怪我の具合を少し見たが、随分無理をしていたようだ。間に合ってよかった。
ジョンと共に支援部隊の陣地へ向かう途中、革命軍の本隊がいる方角から誰かがやって来ているのをアディの力で感じ取れた。
速さからして早馬のようだが……本隊で何かあったのだろうか?
支援部隊の治療場にジョンを連れて行き、ジョンを医師に任せて外に出ると丁度早馬が着いた。
使者の焦り様からただ事ではなさそうだ。
「い、急いでシヤンに向かってください!!
ルドーが攻めてきました! 数は三千を超えています!!!」
転げ落ちるように馬から降りた使者は息を切らしながら叫ぶ。
使者の叫びに周囲に緊張が走った。
「こっちは囮かよ……!」
「総隊長がティファの砦で防ぐと!!」
この村へは百近くの軍勢が攻めて来ていたため、村の防衛および軍勢の撃退をしに来ていた。
その数と時間の無さから革命軍の精鋭を中心に先行していたため、本拠地に残っている者だけでその数を相手にするのは厳しいはず。
使者が伝えてくれた数は正確な数ではない。もっと多くの兵士が攻めてきている可能性は否定できない。
「動ける者はすぐさま準備を! セオルドは先に行け!!」
仲間の焦った声に対し、この部隊を率いていたレザンさんの指示が飛ぶ。
既に準備を整えていた俺は、レザンさんの指示が来たと同時に紅い炎をまとい、思い切り大地を蹴る。
脳裏に浮かぶのはあの人とあの方、そして彼女の姿。
──頼む、間に合ってくれ……!
空に飛び上った俺はそう願うように力を強め、そのまま西にあるシヤンへ向けて空を駆けた。
シヤンに近付くにつれ、小さくではあるが砦に攻め入る軍勢が見えてきた。
敵の魔導士が遠距離から大型の魔法を放っているのも見え、俺はすぐさま視覚を強化して戦場を見渡す。
あの人は、あの方はどこだ。彼女は……!?
前線へ目を向ければ、雷と風を操り多勢に一人で戦うあの人がいた。
後方では太陽の光を受けて金色に輝くあの方が指揮を執っている。
砦の中では魔導士たちが遠距離から放たれる魔法を防御魔法で防いでいるようで、おそらく彼女もそこにいるだろう。
――この距離なら届く。
「アディ!」
【うむ】
紅蓮の炎をいくつも作り出し、それぞれ空中に展開する。
それと呼応するように刻印が苦しいほどの熱を持ったのを感じる。
【あまり多用はできぬぞ】
「わかった、行くぞ!」
紅蓮の炎を敵の魔導士を中心に向けて放つ。
魔導士たちは咄嗟に防御魔法を使ったようだが、その程度では悪魔の力を防げない。
紅蓮の炎は防御魔法を貫き、触れた全てを焼き尽くし、後方にいたほとんどの魔導士たちは悪魔の炎に焼かれていった。
更に後方を見ると、こちらを見上げて呆けた顔をしているおっさんと目が合った。
周囲にはおっさん守るように魔導士や兵士が配置されているので、力を使って記憶を覗けば、おっさんが兵士たちを指揮してここにやって来た場面が見えた。
力を強めていたせいで更に遡って見てしまった過去は、吐き気を催すほどの悪逆非道の光景だ。
こいつが自分の領民達を他国へ売り払い、私腹を肥やしているというあのルドー子爵で間違いないだろう。
ルドー子爵の傍に降り立ち、呆然とする子爵の首をすぐさまアディの力を込めた剣で切り落とす。
灼熱を宿した剣はルドー子爵の首を焼き切り、傷口から血が溢れることはなく首が胴体から離れ、転がり落ちた。
突然の事に驚いた馬が暴れ、胴体は地面へと音を立てて倒れて行く。
何が起きているのかわかっていない周囲の兵を、まとっていた炎に力を込めて周囲もろとも焼き払った。
炎に焼かれながら、俺に手を伸ばしてきた一人の兵士。
彼はそのまま塵も残さずに、炎の中に消えていく。
燃やす対象を失った炎を消すと、俺の周囲には焦土と化した地面が広がり、対象外にしていた子爵の首だけが残っていた。
人々は炎に怯え、その中にいた俺に恐怖の目を向ける。
「……烈火の、死神……」
地面にへたり込んでいる兵士の呟いた声が、小さく響いた。
それを皮切りに、兵士たちが悲鳴をあげながら逃げていく。
──烈火の死神、それは俺の通り名だ。
『戦場を駆ける炎、それを操るのは大地の髪をした黒き剣の使い手。その炎に囚われた者は生きて帰ることができない。』
……正直、すげぇ恥ずかしいが、この通り名のおかげで降服してくれた相手もいるので否定したくても何も言えないのが現状だ。
俺一人の恥で誰かが生きてくれるならそれでいいと信じてる。
転がっている子爵の首を拾い上げ、逃げ出した兵士たちに背を向けて俺は前線にいたあの人の元へと跳ぶ。
指揮官はこのザマで、後方も崩壊した。
あの人が前線を抑えていて砦は魔導部隊が守っているし、あの方の指揮によって戦局は有利に進められている。
もう十分だろう。
後は力を見せつけて戦意を失くしてやればいい。
あの方ならきっとそうするはずだ。
前線へと戻り、丁度あの人の背と敵の間に着地して目の前の敵へ炎を爆発させて吹き飛ばす。
威力は失くし、ただ吹き飛ばしただけなので死にはしないだろう。
「――ジンさん!」
「セオ! 良く来てくれた!」
敵との距離を作り、視線だけ後ろを向けると、あの人――ジンさんが驚きつつも安心したような表情を見せてくれた。
迫りくる敵兵の相手をしながら背を預けた人の様子を窺う。
身体のあちこちに傷を負っているようだが、その剣を振るう腕に鈍さは見えない。
「子爵は打ち取りました!」
「よくやった! 殿下、命令を」
ジンさんは俺の手に収まるその首を確認し、すぐに視線を敵へと向けつつ手元の通信の魔道具へと声をかける。
その声に反応し淡く光を放ち出した魔道具から、あの方の――ノエル様の指示が聞こえた。
『彼らを後退させてください』
「貴方の御心のままに」
赤く染まった剣を振り払い、背に立つその人はそう言った。
周囲には軽い狂気に飲まれた敵兵達。
その数は膨大だ。
だけど俺はどこまでも貴方に付き従おう。
何があろうと、そう決めたのだから。
「了解です」
即座に魔力と力を練り上げれば、背後では鬼神と呼ばれ畏れられた人がそれに呼応するように魔力を高める。
──相変わらず質の高い魔力よのう。
背後で剣を構えた彼への呟きは、俺以外に聞こえる事は無い。
「右翼は任せるぞ」
「任せてください」
それだけを返せば、ジンさんは風と雷を周囲にまき散らしながら駆けて行った。
互いのすべき事はわかっている。
──刻印が熱く、脈を打った。
アディの力を今できる最大限引き出す。
俺の全身から吹き上がった炎は風を巻き起こし、止まることなくさらに勢いを増して燃え盛る。
その炎を間近に見た兵士たちが徐々に下がっていくのが確認できた。
それでもこの炎を止める事はない。
とにかく力を使え。
それだけでいい。
視界が全て朱く輝く。
まだ足りない。
もっと炎を……!
【……もう無理だ、これ以上は貴様の身体が持たぬ】
アディの忠告と共に、更に炎を生み出そうとしていた俺の身体が意志に逆らい勝手に動き出す。
こんな事ができるのは、俺の魂に宿る悪魔しかいない。
──おい! 勝手なことをするな!!
アディに抗議の叫びをあげるが、何も答えてはくれない。
俺の身体を操り、アディは燃え盛る炎を敵へと放った。
周囲の敵兵全てを包んでいく炎は、瞬く間に広がっていく。
凄まじい爆風と共に炎は何人もの兵士を吹き飛ばしていく。
こちらへ突撃していた者も、深い傷を負い死に瀕していた者も、全て誰一人傷付ける事無く炎によって運ばれていく。
【これでよかろう】
その言葉と同時に一気に身体が重くなり、身体の主導権が戻って来た。
一瞬ふらついてしまったが、剣を支えに何とか倒れるのを防ぎ、周囲に意識を向ける。
先ほどまでとは打って変わり、金属音も悲鳴も止んだ。
聞こえるのは風の音と背後から近付く馬の足音。それだけだ。
敵兵は遠くへ離れており、開戦する前に近い状態に戻ったのだろう。
「セオ」
小さく吹いた風と共に俺の耳に届いたのは、ジンさんの声だった。
「後は、頼みます」
いつの間に俺の傍に来ていたのか、立っているのが精一杯の今、それを問う気力はない。
前へと向かうノエル様の後ろに控えるように、ジンさんは地面に転がっていた子爵の首を拾い、持って行った。
力の差は十分過ぎるほどわかっただろう。
子爵は既に打ち取られた。
もう戦う意志のある者は少ないはずだ。
ふらつく足はもう限界を迎えている。
このまま倒れてしまおうか。
「……もう少し、耐えなさい」
他の仲間達がノエル様を中心に陣形を組んでいくのを横目に、レイアが隣で俺にだけ聞こえる大きさでそう言った。
その言葉に、俺は力の入らない足の代わりに地面に剣を突き刺し、気力を振り絞って背筋を伸ばし、戦場を見据える。
レイアの言う通り、まだ倒れるわけにはいかない。
完全に降服させたいならば、俺達がここにいるという恐怖が必要だ。
死神と鬼神、二つの脅威とノエル様が率いる軍がここにいると知らしめなければ。
敵陣にほど近い場所、ノエル様は立ち止まって声を上げる。
その声はジンさんの操る風に乗り、戦場全域に届けられた。
「ルドー子爵は――打ち取った!
――――無い!! もう――必要は無い!!!」
ノエル様の悲痛な叫び。
アディの力を使い過ぎたか、遠く聞こえるその声は敵に動揺の波を起こしている。
刻印の熱は収まることを知らず、俺の身体を蝕んでいく。
熱に浮かされた思考は、霧がかかったようにぼやけ、視界も聴覚も、何もかもが不安定になる。
――戦う道しか選べなかったあの方の心は、一体どれだけ傷付いているのだろう。
武器を手に取り、皆を率い、実の父親へ剣を向けるその覚悟は――――?
「――どうか――我らに降服してほしい!!」
聞き取れたその言葉はざわめきを生み、やがて誰かが武器を地に落とす。
それに釣られたのか、勇気付けられたのか、次々と各々の武器が落とされていく。
気付けば戦場にいた全ての敵兵は膝を着いている。
味方の方から大気を揺らす程の歓声が起こったのは、すぐだった。
終わった。
そう思った途端、身体から力が抜け、ふらついた所をレイアが支えてくれた。
「無理し過ぎよ……休んでいなさい」
彼女の肩を借りながら、俺の意識は次第に霞んでいく。
ぼんやりとした意識の中、俺はほとんど無意識の内に呟いていた。
「……俺は、どれだけあの人達を傷付けたんだろうな」
温かく、ほのかに香る彼女の香りに安堵を感じながら、俺は意識を手放した。
**********
『ひっ……ご、ごめんなさい!』
『マジで化け物かよ……』
いつからだろう。
仲間からの視線に恐怖の色を感じるようになったのは。
『強いんだろ!?なんで、なんであいつを助けてくれなかったんだ!!』
『あの男のせいで……あの人は……!』
助けられなかった命、奪ってきた命。
敵からも街の人からも仲間からも、あちこちから聞こえてくる悲痛な思いの言葉。
彼女はいつも傍にいてくれた。
以前と変わらず笑いあってくれる仲間もいた。
怖がらずにいてくれる人もいるのはわかっている。
それでも時々思ってしまう。
あの人と会う事が減ったのは、この力があるからじゃないか。
あの人も、皆のように俺が怖いんじゃないか。
それでも、足は止められない。
この道を選択したあの時から。
例え、あの人に恨まれようと。
俺はもう、あの日々に戻る事なんてできないんだ。
「う……?」
「……気が付いたのね」
目が覚めると、俺は見覚えのある場所でベットに寝かされていた。
隣にはレイアが座っていて、彼女の少し体温の低い手が俺の額に触れている。
「気分はどう?」
「ん……もう平気……。
……悪い、手間かけた……ありがとな」
意識を失った時、傍にいたのはレイアだけだった。
意識の無い人間を支えるのは細い彼女にはきつかったはず。
俺だって曲りなりにも剣を扱う身、身体だって鍛えてるんだから余計重かっただろう。
礼を言えば、レイアは俺の汗を布でふき取りながら言い放った。
「礼ならあの人に言いなさい。
倒れた後、すぐに貴方を運んでくれたのだから」
「っ……そうか……」
予想外の事に返す言葉が思いつかず黙っている俺に、レイアは顔を少しだけしかめて席を立った。
「……事情はある程度知っているから言うけれど……。
私、貴方たちには話し合う時間が必要だと思うわ。なるべく早くね」
そう言い残して席を立ち、彼女は部屋から出て行く。
たぶん、俺が起きた事を医療部隊へ報告しに行ったんだろう。
水でも飲もうかと思ったが、起き上がるのも億劫になり、ぼんやりと天井を見つめる。
彼女の残して行った言葉は、重くのしかかるように俺の心に染み込んでいった。
話をして何になる。
この力を持つ事は、あの人を裏切るという事と同じだ。
あの人の望みを、俺は叶えられなくなった。
あの人が望んでくれた願いを、俺は踏みにじったんだ。
君だってそれを知ってるだろう。
今だ熱を孕み続ける刻印に溜息が出る。
倒れた原因はわかっている。
悪魔(アディ)の力を使い過ぎた、それだけだ。
悪魔の力は強大過ぎて、たかが人間の身体には負荷が多い。
使い過ぎれば契約者の身体は悪魔の力に耐え切れず、死んでしまうらしい。
契約を果たす前に死ぬなんて俺は勿論、悪魔としての誇りがあるアディも望む所ではない。
だからこそ、あの時はアディが止めてくれたのだが……。
微量の毒をわざと飲んで毒に身体を慣らすように、力を使い続けば徐々に力に対する許容量が大きくなるとは聞いている。
もう充分かと思っていたが、まだまだ足りなかったようだ。
もっと力を使いこなせるように、戦えるようにならなければ。
もっとこの力を使いこなせるようになれば、これ以上あの方を傷付けなくて済むし、これ以上彼女に心配をかけずに済む。
何より、もっとあの人の力になれるんだ。
自分の不甲斐無さに腹が立つ。
このままではあの人の傍にいられなくなる……!
「勝ったというのに、そんな顔してどうしたんだ?」
「っ!? ……ジン、さん……」
聞こえた声に扉の方を見れば、こちらに歩み寄ってくるジンさん。
ジンさんは先ほどまでレイアが座っていた椅子にゆっくりと腰かけた。
人が入ったのに気付かないとは……情けない。
慌てて起き上がりジンさんを見ると、手当を受けたのかその身体のあちこちに包帯を巻いている。
俺の視線に察したのか、包帯を巻いた腕を上げながらかすり傷だと笑って言った。
「具合はどうだ?」
「……もう大丈夫です」
──だから、帰ってくれ。
その言葉は飲み込んで、掠れた声でそう答える。
今は会いたくなかったその人は、俺の答えにただ笑みを深めただけだった。
「大した傷は負っていないらしいな」
「……はい」
「魔力切れ、と聞いたが……どこか具合が悪い所はないか?気分は?」
「大丈夫です、迷惑をかけてすみません」
──帰ってほしい、今は貴方に会いたくないんだ。
そっけない俺の態度でわかるだろうに、その人は動こうとしない。
俺も言葉にすればいいのに、言葉が出ない。
静かな均衡を破ったのは、ジンさんの手だった。
ジンさんが俺へとゆっくりと手を伸ばす。
何をするのかと一瞬身体が強張ってしまったが、ジンさんの手は俺の頭を撫で始めた。
まるで初めて会ったあの時のように変わらず温かく大きいその手は、突然の事に呆然とする俺に構わずに、わしゃわしゃと力強く、けれど優しく撫で回す。
「……あまり無茶はするな、こっちの心臓がもたない」
「ジンさん……?」
撫で続ける暖かい手にどうすればいいのかわからず、撫でられるままにジンさんの顔を見ると、そこには出会ったあの時と同じ、悲しそうで優しい目をしたジンさんがいた。
「あの方の命だったとしても、お前が命を落とすようなことはしないでくれ」
手を止め、俺を抱きかかえるように引き寄せてからジンさんは告げる。
俺の身体があの時よりでかくなったからだろうか、暖かいその身体は小さく感じた。
「大事な家族を失いたくないんだ」
──例え、血が繋がっていなくても、な。
耳元で、微かに震えた言葉が小さく響く。
ゆっくりと俺を離したジンさんの真っ直ぐなその蒼い瞳は、俺が大事なのだと伝えてくれているようだった。
「必ず生きてくれ、戦いが終わったその後もだ。俺は、お前の未来を守りたい」
強く訴えかけるようなその声は、あの時と変わらない。
両親を殺され、友達を、村の人たちを……何もかも奪われた俺達兄妹に、この人はその手を差し伸ばしてくれた。
震える妹と血に濡れた俺を抱きしめて、もう大丈夫だと教えてくれた。
生きる場所、帰る場所。
あの時全てを失った俺達に、この人は全てを与えてくれたんだ。
暖かくて優しい家族になってくれた。
それが俺と妹にとって、どれだけ救いだったか。
「……俺は、義兄(にぃ)さんの助けになれてる……?」
「……お前は頼りになる自慢の義弟(おとうと)だよ」
俺の言葉に、義兄(ジン)さんはあの時と変わらず優しく笑ってくれた。
あぁ、この人は変わらないんだ。
あの時とずっと変わらず、俺達を大切にしてくれていた。
今もそれは変わらないんだ。
あの日以来、どうすればこの人に恩を返せるのか、ずっと考えていた。
この人のために、俺にできる事をしたいと思った。
あのままでは傍に立つことすらできなかった。
優しい人達に迎えられ、守られていただけの俺では。
才能も無い、剣を手にしただけの俺では。
この英雄に恩を返す事なんてできるわけがなかった。
──だから、この命全てを使ってでも、何かしたいと願ったんだ。
【契約した事に後悔でもするか?】
俺以外誰もいなくなった部屋で、悪魔がそうささやいた。
刻印にはまだ熱が残っている。
「……んなわけないだろ」
俺の意志をくみ取った悪魔は、ただ面白そうに笑う。
【ならば気を付けるのだな。
悪魔の力はたかが人間には強すぎる物。
使い過ぎればお主の身体が持たぬぞ】
悪魔はそれだけを言い残して魂へと戻って行った。
「……わかってるさ」
わかっていても、俺は力を使う。
それはお前が一番わかっているだろ、アディ。
返事は無く、俺は身体を休めるために横になって目を瞑った。
俺だって、生きていたい。
ジンさんや皆と一緒に生きていたい。
でも、それはできなかった。
勝つためには、ジンさんだけじゃ駄目だった。
俺達だけじゃ力が全く足りなかった。
勝つためには、何でもいいからいいから力が必要だった。
悪魔の力でも、何でもいいから。
俺には、力が必要だったんだ。
もう、この道を進み続けるしかできないんだ。
後戻りなんてしない。
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