最終話

悪の支配から解放された王国。郊外のコテージでタカシは、お気に入りの美少女と楽しく、少し早めの夕食を摂っていた。

 

 (……!?)

 

 ふと、タカシは屋外に気の乱れを感じた。……こちらに悪意を向けるマナの波動だ。一緒に食事をしていた美少女親衛隊のメンバーも、不穏な雰囲気を感じて顔を上げて首を屋外に巡らす。

 

 「私が様子を見て来ます」メンバーの一人、アルベルタがタカシに告げると、剣を取り立ち上がる。「私も一緒に行きます」同じくメンバーのイコンも剣を取ると二人は連れ立って外に出た。

 

 残りの二名、ヴィルジニア、エルミーラも剣を抜く。夕暮れの光を反射して刃が美しく光る。タカシは、念のため自らのマナを集中し始めた。

 (ま、大丈夫でしょ?)タカシは楽観的だった。腹心の部下、エノクを異世界に送還し、ボスである悪魔アゼザルを、かの地から追放した。しかも一蹴というレベルで。

 

 (悪魔の残党か何かかな?馬鹿な奴だ。明白な悪意を剥き出しにして。ド素人が)

 

 タカシはそう思いながら、反則的な魔法スキルから生み出される感受力を持って、アルベルタ、イコンの『生命力』を感知すると、二人の動きを追跡した。悪意あるマナの波動は変わらず伝わってくる。ただ相手の『生命力』は感知できない。

 

 (不死生命者か、屍鬼か……。どちらにしても、あの二人相手だと瞬殺されるだろ)

 

 その時、二人の『生命力』が躍動する。相手を見つけたらしい。そして次の瞬間…………

 

 

 

 二人の『生命力』が消滅した。

 

 

 

 

 タカシは思わず立ち上がった。ヴィルジニア、エルミーラは、タカシが唐突に立ち上がったのに驚きながらも、すぐさま異常事態が起きたのを察して、剣を構え直す。

 

 「ヴィルジニア、エルミーラ 外に出るぞ。何か嫌な予感がする」タカシは二人に声を掛けた。二人は顔に緊張の表情を浮かべながらも、タカシを援護するように先に立ち、注意深く扉を開ける。

 

 夕暮れの橙色の風景の中、コテージの敷地……少し先にある門の手前に人影が見える。一人だけ。もちろんアルベルタでもイコンでもない。二人の『生命力』は、何度探知しても感知できなかった。

 

 (あの二人が、一人にやられた?何者なんだ?)

 

 その人影が動き出した。ゆっくりとこちらに向かってくる。緊張も気負いもない。散歩でもしているかのような気楽さだった。

 ヴィルジニア、エルミーラが、素早くタカシの前に立ち、援護の態勢をとる。タカシは左手でマナシールド、右手はファイアボールという二重詠唱を始めた。

 

 人影が近づいてくる。若い女性だった。美しかった。抜けるような美しい白肌。豊かな粟色の髪は夕暮れの光を受けて光り輝いていた。整った容貌に大きなエメラルドグリーンの瞳。

 

 「おまえ……エノクか? どうして……?」タカシは思わず叫んだ。

 「タカシくん、お久しぶり♡お楽しみ中お邪魔するね」エノクは朗らかに笑った。歯並びの良い真っ白な歯列が見える。

 

 「あ、門の所に落ちてたよ♡」エノクは笑顔のまま両手を胸のあたりまで持ち上げた。左右の手には何かをぶら下げている。……なにかじゃない。さっきまで生きていたはずのアルベルタとイコンの……生首だった。

 

 エノクは無造作にそれを三人の前に放り投げる。ヴィルジニアが思わずたじろいた。次の瞬間、エノクの空になった両手の平から、直線状の光が飛び出した。ヴィルジニアが大きく後ろに吹き飛ぶ。数メートル飛ばされ、仰向けにひっくり返ったまま微動だにしない。胸に大きな穴が開いていた。

 

 エルミーラは、攻撃を予想していた。エノクが光弾を撃ちだした瞬間、剣を振りかざし、エノクの懐に飛び込んだ。そのまま袈裟懸け斬りの斬撃を加えようとした。

 エノクは、エルミーラの方を見もせずに、タカシに視線を眼を合わせたまま、腕を突き出した。彼女の拳は正確にエルミーラの顔を狙っていた。

 

 エルミーラは咄嗟に剣でエノクの拳を受けた。熟練した剣士である彼女は、見事に拳を剣で受け止めた。だが、エノクの拳は剣にも勝る強さだった。名匠が鍛えた剣は枯れ木のように折れ、勢いは変わらぬまま、拳はエルミーラの顔にめり込んで……そのまま顔を貫通した。

 

 信じられない光景だった。エルミーラは、メザシのようにエノクの腕にぶら下がって激しく痙攣している。後頭部からはエノクの拳が突き出ている。

 エノクは腕を振り払った。糸が切れた操り人形のようにエルミーラの肢体が地面に投げ出される。

 

 咄嗟に、タカシは発動準備が完了していたファイアボールを解放した。火球がエノクの身体に当たり、轟音を発するが全く効いていない。タカシは、すぐさま左手のマナシールドを発動した。エノクが手をかざす。青白い稲妻が迸り、タカシに命中するや、次の瞬間マナシールドが無効化された。

 

 エノクは距離を詰めてくる。ぞっとするほど美しい顔立ちだった。笑みの表情を浮かべた彼女はキスでもするくらい顔を近づけて来た。

 (なんで?なんでだ?くぞっ!身体が動かない……魔法スキルが違い過ぎてるからか……?詠唱もできない……!)

 

 彼女が囁く。

 

 「凄いよね。『チート』って能力……。あんたみたいな冴えない野郎も救世主様になれるんだからね……」

 「な、なんで、そんな事……」タカシは声を絞り出す。

 「でもね……格の違いっていうのを知らなかったみたいね……このド素人が。……そうそう、あんたを殺そうかと思ったけど、それじゃ、つまらないからさ。……もっと良い事思い付いたんだ♡」

 

 彼女はゆっくりと詠唱を始めた。聞き覚えのある呪文……。

 

 「や、やめろっ!」タカシは必死で喚いた。

 「あら?なんで?」エノクはニッコリ笑った。

 「居るべき世界に戻してあげようってのに」

 

 エノクは詠唱を終えた。彼女の両手は紫色の光で包まれている。数か月前、タカシが彼女に使った呪文……送還魔法だった。

 

 「やめろっ!」タカシは叫んだ。無駄だと分かっていても。

 

 「往生際の悪いボクね」彼女は困ったように笑う。

 

 

 

 

 

 

 「バイバイ」

 

 

 

 

 それが、タカシが、この世界で聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 完

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異世界に戻りたい女悪魔 あおかえる @Blue_shellfish

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