第17話 家
自分が高二のときに、家を建て直す話が持ち上がった。
昔から考えられていたことだが、祖父の「自分が生きている間は、家の取り壊しを待ってほしい」という言葉で、先延ばしされていたのだという。
新しい家の図面を見せてもらった。
自分と妹たちはそれぞれ個室をもらえるようになっていた。トイレは水洗、風呂はテレビ付き、キッチンは対面式だ。
一応年頃の乙女だった自分たちは、大喜びした。
汲み取り式のトイレの臭い、くつろげない風呂、ねずみのフンだらけの台所とも、これでおさらばだ。もうノミに噛まれることもない。ヘビの侵入に怯えることもない。新しい家は、きっと自分たちに快適な毎日を与えてくれるだろう。
建て直しのスケジュールも決まり、庭の片隅にはプレハブ小屋が設置された。新しい家が建つまで、家族はこのプレハブ小屋で寝起きすることになった。窮屈でも、誰も文句は言わなかった。
家族はみんな、新しい家のことで頭がいっぱいだった。
いよいよ今の家を取り壊すという日。
到着した重機が、屋根に、壁にと、爪を立てていく。バリバリと、まるで砂の城を崩すみたいに呆気なく、自分が十七年暮らしたボロ屋を壊していった。
家族はそれを離れたところから、時折「イエーイ!」とか「フッフーィ!」などと声を挟みつつ、テンション高めに見守った。近所の重機マニアらしきおやじたちもわらわらと集まってきて、缶ビール片手に解体の様子を眺めていた。
すべてが終わり、目の前には瓦礫の山ができあがった。
長らく四方を囲われたままだった枯れ井戸が、露出していた。
早速叔父が寄って行って、井戸の前で貞子の物まねをした。「心霊写真が撮れるんじゃね?」とカメラを向けたりもしていた。
瓦礫の山からは、さまざまな思い出が発見された。
父が中学時代に使っていたというバレーボール、叔父が買ってすぐに放り出したというアコースティックギター、自分と妹が昔遊んでいた、室内用の組み立て式滑り台――そういうものを掘り出しては眺め、各々が勝手に語りだした。
ふざけ半分で瓦礫を漁っていた叔父が、突然真剣な声で家族を呼んだ。
「すげえもの見つけたぞ」
叔父が手にしていたのは、一枚の白黒写真。若い祖父が、まだ増築を重ねる前の小さな家をバックに、赤ん坊の父を抱いていた。
「ああ、まだ残ってたんだ……」その写真を見た瞬間、祖母が泣き崩れた。
自分たちは、取り返しのつかないことをしたのかもしれない。
家なんか壊さないで、もう少しだけ住んでいても良かったんじゃないか。
一度瓦礫になった家は、元には戻らない。
家族の家は、もうどこにもないのだった。
十七年間、まったくひどい家に住んでいた。
まったく自分でも信じられないくらい、大好きだった。
まったく、ひどい家に住んでいた。 未由季 @moshikame87
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