第16話 家族

 かくして執り行われた祖父の葬儀には、たくさんの弔問客が集まった。会場に入れきれなかった人は、縁側から祖父に別れを告げた。


 準備の段階では色々トラブルがあったものの、本番は滞りなく進み、いざ出棺というとき。

 庭に集まった弔問客の中から、ひとりのおやじが躍り出て、葬儀屋のマイクを奪い取った。

 おやじはそこで、

「生前、故人から頼まれていたことがありまして――」

 と言い出す。


 家族は全員、顔を見合わせた。

 誰も、そのおやじを知らなかった。

 頼みごとをしていたくらいだから、祖父とそのおやじは親しい間柄だったのだろう。それなら尚の事、おやじの顔に見覚えがありそうなものだが、本当に家族の誰ひとり、おやじと面識がない。

 

 このおやじが言うには、祖父は生前、自分を送りだす際には是非流してほしい歌があるのだと、お願いしていたらしい。


 祖父が、歌?

 ここでも家族は全員、顔を見合わせた。

 祖父は音楽になどまるで興味がない人だった。そんな人が、自分の葬儀で歌を流してくれと、本当にお願いしたのだろうか?


「突然のことだったので、音のほうを用意できず……。しかし故人との約束なので、ここは私がアカペラで歌わせていただきます」

 

 おやじの言葉に、家族は度肝を抜かれた。え? あんたが歌うの? この状況で?


 そうしておやじは歌いだした。聞いたこともない歌だった。おやじは目を閉じ、情感たっぷりに知らない歌を歌いあげている。

 

 自分は腹筋に力をこめた。隣で母も、必死に笑いをこらえていた。

 このわけのわからない状況が、可笑しくて仕方なかった。おやじは音痴だった。さっきまでしんみりとしつつ和やかなムードだった葬儀が、おやじの歌声のせいで台無しだった。

 しかしいくら台無しといえども、今が笑い声を上げてはいけない状況なことくらいは判断できていた。


 ふと反対側を見やると、まだ幼かった末の妹は実にのびのびと、何の遠慮もなく笑い転げている。小さい従兄弟たちも、おやじの歌を聞いてゲラゲラと笑っている。


 もうどうでもいいやと思い、自分も笑った。もう限界だった。本当はもっとずっと前――それこそ葬儀の準備をしている段階から、笑いたくて仕方なかったのだ。

 祖父が亡くなってからの叔父の懺悔大会、会場準備のために壁をぶっ壊す父、その後の両親の会話、全部うすら寒くて馬鹿らしいと思っていた。鳥小屋に猫が入っているのを見ても、誰も食用だとは思わねえよ。マネキンに何を着せておくかとか、そんな真剣に話し合うことかよ。

 

 葬儀の前には鳥小屋に閉じ込めておくため、家にやって来る野良猫たちを父が捕まえようした。父と猫の追いかけっこは、圧倒的な父の敗北で幕を閉じ、結局一匹も捕まえておくことはできなかった。

 葬儀の間、父の用意した幼児用の椅子に座る年寄りの姿が、ちょいちょい視界に入ってきた。パプ~という呑気な音も聞こえてきた。

 弔問客はみんな庭のマネキンを見て見ぬふりしていてくれていた。

 玄関では野良猫が弔問客の脱いだ靴に爪を立てていて、それに気づいた祖母が「ちょっと誰か! 猫見張ってて! 爪とぎしちゃってる!」と叫んでいた。


 祖父が亡くなったのに、悲しいはずなのに、家族はやっぱり普段と何一つ変わらず、ふざけたことしてギャーギャー騒いで落ち着きがなくて――。


 気が付くと、みんな笑っていた。

 自分はずっと斜に構えて家族を見ていた。自分だけはこの馬鹿で下品な元ヤンたちとは違うと思っていた。

 祖父の出棺だというときに変なおやじのアカペラを聞かされて、もう全然まったく厳かとか静寂とかいうムードではなくなってしまって、それに対して抗議するでもなく、ただただ笑い転げるだけの家族。同じく笑い続ける自分。

 どうあがいても、自分は馬鹿で下品な家族の一員なのだった。


 祖父はみんなから笑顔で送り出された。

 あのときアカペラを披露したおやじの正体については、今も謎のままである。

 

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