第15話 ドタバタ葬儀

 自分が中二のとき、祖父が亡くなった。

 最期を看取ったのは、病院のベッドの上だった。


 家族が集まり、祖父の眠るベッドを囲んだ。常日頃ヘラヘラしてばかりいる叔父が、大声を上げて泣いた。そして祖父の亡骸に縋りつき、

「ありがとう! 今までありがとう!」

 と叫んだ。

 そんな叔父の姿を見て、自分は内心「なんか叔父さん、役に入っちゃってて怖えな……」と軽く引いていた。

 ここまでならまだかろうじて感動シーンと言えなくもなかったが、叔父はその後、あんなことしてごめん、こんなことして悪かったと、祖父の亡骸に向かって泣きながら詫びだした。思えば、一番やんちゃをして祖父を手こずらせたのは、この叔父だった。

「じいさんの湯飲みにしょんべんしてごめんな、いつも財布から金抜いててごめん……」

 感極まった叔父は、これまでひた隠しにしていた罪まで告白しはじめた。

 家族は沈痛な面持ちで、叔父の懺悔を聞かされる羽目になった。


 生前、祖父は自宅葬を希望していた。

 覚悟はしていたが、自宅葬――問題の連続である。


 祖父は兄弟が多く、友人知人も多かった。仕事関係で付き合いのあった人たちも、葬儀には顔を出してくれるだろう。

 果たしてこのボロ屋に、大人数が入りきるのだろうか。

 葬儀の場所を確保できても、今度は本番までにこの汚い家を、弔問客に不快感を与えないレベルまで磨き上げなければならない。


 しかし悩んでいる時間はなかった。まずは動くしかない。


 父と叔父は場所を作るため、居間に置いてある家財道具を片付けはじめた。

 母はどこかへ電話をかけようとしていた。

 突然家の中に、ドンッ! というものすごい音が響いた。母は受話器を放り投げ、慌てて音のしたほうへと駆けつけた。父と叔父が居間と隣の部屋との間の壁を、ぶっ壊していた。

「この壁取っ払ったほうが、広くなっていいべ。坊さんはこっちに座ってもらって、こっから座布団並べていけば、全員座れるんじゃねえか?」

 などと言う父を母は刺すように睨み、

「普通にそっちの扉外すだけで良かったんじゃないの?」


 何の相談も躊躇もなく家の壁を壊した父たちは、その後もとんちんかんな行動をとっては、母をイラつかせた。


「年寄りみんな足悪いから、座布団じゃなくて椅子用意してやったほうがいいんじゃねえか?」

「そうね、物置から何か適当な高さの椅子、出してきて」

「わかった」と言って父が持ってきたのは、座るとパプ~と音の鳴る、幼児用の椅子だった。「これくらいなら、ばあさん連中も座りやすいべ」

 母は頭を抱えた。「もっと他にマシな椅子あるでしょ……」


「うちの男どもはみんなポンコツで手に負えない」と言っていた母も、その後すぐ父にひきずられるように、アホな会話を繰り広げはじめた。

「葬式んとき、猫たちはどうするよ?」

「部屋に入って来られないようにしとかないとねえ」

「庭の鳥小屋、ひとつ空いてただろ。葬式の間、あそこに猫全部ぶっこんでおけばいいべ」

「待って、それだと食用の猫だと思われちゃうんじゃない?」

……要するに家族全員、テンパっていたのだと思う。


 それでも着々と会場の準備は進んだ。残す問題は葬儀の間、祖母のマネキンをどうしておくべきか。

 家には祖母が着付けの練習用にと、閉店する洋品店からもらってきたマネキン人形があった。

「マネキン、どこ置いておく?」

「廊下に出しておけば?」

「トイレ行く人の邪魔にならない?」

「俺らの寝てる部屋に置いておくか?」

「そっちの部屋はほら、遠方から来た人が着替えるのに使ってもらう予定だから、場所あけておかないと……」


 話し合いの結果、マネキンは庭の隅に出しておくことになった。

 次に大人たちは、マネキンに何を着せておくべきかを、真剣に討論しはじめた。さすがに裸のまま置いておくのはまずいだろうと思ったのだった。

「やっぱりマネキンも喪服着せたほうがいいんじゃねえか」と父が言い、しかしマネキンのぶんの喪服は用意がなかったため、母が持っていた黒のワンピースを着せるということで落ち着いた。


 こうして祖父の葬儀は、不自然に壁が崩れた居間で、片隅には幼児用の椅子を並べながら行われた。

 庭では、澄ました顔でシースルーワンピを着こなすマネキンが、弔問客を出迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る