第14話 かみ合わない五名様
中学生の頃のこと。
庭をうろついていたら、父から
「今から香港の奴らとラーメン食いに行くから。てめえも来い!」
と言われたのでついていった。
その頃の自分は中学生らしく、うじうじと友人関係なんぞに悩んでいた。
可愛くて清潔感があって礼儀正しかったKちゃんは、すっかり地域の特色に染まり、立派なヤンキーへと変貌していた。気が付くと一人称が「あーし」になっていた。ジャージ姿でヤンキー仲間とつるみ、学校には寄り付かない。そのため、Kちゃん以外に仲のいい友達がいなかった自分は、学校で孤独を味わっていた。同級生の子たちと、どう関わればいいのかわからなかった。
ラーメン屋へは、父の運転で行った。ジャッキーは当然のように助手席に座り、父に向かってやかましく話しかけていた。
この頃になるとジャッキーはほぼ違和感のない日本語を操り、父とは親友になっていた。休みのたび、父とジャッキーは連れ立ってパチンコやゴルフに出かけていた。「日本のお菓子は何食ってもうまい」と言い、たびたびコンビニで爆買いしていたせいか、最初に日本へ来た頃と比べ、かなり丸々とした体型になっていた。
賑やかな運転席と助手席。一方で、後部座席のほうは静まり返っていた。
自分の隣には、タンサンが座っていた。
タンサンはジャッキーよりいくつか年が上で、落ち着いた性格をしていた。何かにつけてはしゃいで手がつけられなくなるジャッキーを諫める役が、タンサンだった。見た目は松重豊を二週間ほど絶食させたような感じだった。
顔を合わせるたび自分にちょっかいを出してくるジャッキーに対し、タンサンは特別用事がなければ話しかけてこない。日本語はできるが、元々が寡黙な人のようだった。
タンサンの横には、ボウチャイという名の、髪を明るいオレンジ色に染めた、ニキビ面の若者が座っていた。ボウチャイは最近香港から日本へ来たばかりで、まだほとんど日本語を話せないとのことだった。
友人関係に悩む人見知りの中学生と寡黙な香港人、言葉のわからない香港人。
こんな三人が並んでいても会話など弾むはずがなく、そもそも会話すら起こらない。三人とも終始無言のまま、ラーメン屋に到着した。
ラーメン屋で父はボウチャイの向かいの席に座り、
「おまえは炒飯にしろ。な? ここの炒飯はうまいから。エビが入っているから。な?」
と、ボウチャイのぶんの注文を強引に決めた。
ボウチャイはぼんやりした顔で、
「ははぁん……エビ……?」
と頷いた。
注文を終えると、父はボウチャイに向かって色々と喋りかけた。仕事とは何か、という説教じみた内容から、ゴルフの話、食の話、家族の話――。ボウチャイは父の言葉に、熱心に耳を傾けていた。
「それでな、今度からマサオにもうちの仕事手伝ってもらおうかと思ってよ。なあ、わかるだろ? マサオだよ、マサオ。会ったことあるだろ」
「ははぁん?」
「マサオ。俺の弟だよ」
「ははぁん……エビ……?」
「バカ野郎、エビじゃねえ! 俺の弟だって言ってんだろ!」
「エビ?」と訊き返したときのボウチャイのドヤ顔は、今でも思い出せる。「当然知ってますぜ、ボス。自分しっかり理解してますぜ。エビの話でしょ?」そんな表情だった。
ボウチャイは炒飯を注文してから今まで、父がエビの話をし続けていると勘違いしていた。父は日本語のわからないボウチャイに、ずっと日本語で喋り続けていた。
そのとき、自分の中のこんがらがっていたものが、スッとほどけていくのを感じた。
なんだ、こんな単純でいいのか、と思った。
学校で、同級生の子たちとどう関わればいいかわからない。
そんな思いから、何に対しても構えてしまう自分がいた。
自分は色々なことを、難しく考えすぎていたのかもしれない。
構えなくたっていい。
難しく考える必要はない。
父とボウチャイの会話を見て、そう思えた。
最初はぼんやりしてボウチャイも、父に突っ込まれた今では、「へへへ、自分間違っちゃってました?」という顔で笑っている。なんだか楽しそうだ。
父は相手が外国人だから、日本語がわからないから、などという躊躇は一切挟まず、ただ単純に目の前の人と向き合っていたのだった。
それで例え会話になっていなくとも、確実に互いの距離は縮まっている気がした。
それから自分は、学校での時間を気楽に過ごせるようになった。
結局卒業するまで友達らしい友達はできなかったけれど、以前のような孤独は感じなかった。
もしかしたら父は、塞ぎこみがちの娘を心配し、何かきっかけを与えようと、ラーメン屋に誘ってくれたのかもしれない。
わかめラーメンを食べながら、自分は父に感謝した。
その矢先、父は勝手にアイスを注文していたジャッキーにキレた。
「てめえ何アイスなんか食ってんだ! デザートは割引対象外なんだよ!」
会計のとき、父はレジ係に一枚で五名まで有効の割引券を出した。
貧乏性なので、せっかくの割引券を四人で使うのが惜しかったのだろう。
自分はただ人数合わせでラーメン屋まで連れて来られたのだった。
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