光きらめく春の日に

いつも、あなたと手をつないで


「あなた達、先に馬車に乗っていていいですよ」


 フェリエナが許可した途端、小さな男の子が二人、玉が転がるようにヴェルブルク城の外へと駆け出していった。

 うららかな春の陽射しが、包み込むように子ども達に降り注ぐ。


「もうっ、リヒトもヴァルムも待ちなさいったら~っ!」


 伯父のグスターから贈られたドレスの長い裾を持ち上げていて出遅れたグレーテが、高い声を響かせる。


「えーっ、だって、おねえちゃま……」

「えーっ、だってグレーテさま……」


 立ち止まったリヒトとヴァルムが、二人そろって不満そうに唇をとがらせた。


「「だって、はやくいきたんだもんっ!」」


 口をそろえて告げた弟とヴァルムに、グレーテはお姉さんぶって、「だーめ!」と顔をしかめてみせた。


「そんなに走って、転んだりしたら、大変でしょう? ちゃんと私と手をつなぎなさい!」


 それに、と六歳になったグレーテは、つん、と鼻を上げてすまし顔をする。


「貴婦人をエスコートするのは、騎士のつとめでしょう? おちびさん達」


「ちびじゃないもんっ!」

「きしだもんっ!」 


 グレーテの元へ駆け戻ってきたリヒトとヴァルムが、それぞれ片方ずつ、グレーテと手をつないで馬車へと進む。


 六歳のグレーテと、四歳になった弟のリヒト。そして、同じく四歳のギズの長男のヴァルム。


 まるで、三人姉弟のような微笑ましいその光景を見るたびに、フェリエナの口元は思わず緩んでしまう。


「まるで、三人姉弟きょうだいだな」


 フェリエナの心を読んだかのように呟き、隣に立ったのはアドルだ。


「もうすぐ四人姉弟になりますわ」


 振り返った先には、まもなく八カ月になろうかという二人目を宿したメレの姿がある。


「いいですか、絶対に無理をしてはいけませんよ⁉ 明後日には戻ってきますから、たまにはゆっくりと過ごして……。わたしがいない間に、あれこれしようだなんて、考えなくていいですからね⁉」


 真剣な顔で、メレをさとしているギズの姿も。


「あいつ、すっかり心配性になったな……」

 アドルがくすりと苦笑する。


「あら。ギズが聞いたらきっと、「心配性はアドル様の方でしょう⁉」と言うと思いますわ。アドル様とギズは、変なところでそっくりなんですもの」


 微笑みながら、フェリエナとアドルはギズとメレの元へ行く。


「大丈夫よ、ギズ。メレはあなたの言うことは、ちゃんと聞くもの。でしょう? メレ」


「もちろんですわ、フェリエナ様!」

 にっこりと微笑んだメレが、しかし途端にしょぼんと眉を下げる。


「ああっ、身重でさえなかったら、わたくしもエディス様の結婚式に行きとうございました……っ!」


「行けませんよ、メレ! 身重の身体で何時間も馬車に揺られるなど……っ!」

 ギズが眉を吊り上げる。


「ですから、お留守番で我慢しているではありませんか。あなた、しっかりエディス様の晴れ姿を見てきてくださいましね!」


「もちろんです。土産話を楽しみにしていなさい。エディス様の結婚式でさえなければ、わたしもヴェルブルク領を出たりしないのですが……」


 ギズが、妙に不敵な笑みを口のに乗せる。


「エディス様には、イロイロとご恩がありますからね……っ! 返せる機会に、何としても返さねば……っ!」


「おいギズ。言っておくが、式で花婿はなむこに恥をかかせたりするなよ?」


 不安そうな声を上げたアドルに、ギズが「もちろんでございます」と即答する。


「ちゃんと場はわきまえます。それより、アドル様こそ、フェリエナ様のお美しいお姿に見惚みほれて、花嫁様とエディス様をないがしろにしないでくださいよ⁉」


「……だ、大丈夫だ……。たぶん。フェリエナが美しいのはいつものことだから……」


「ア、アドル様ったら! ご冗談ばかり……っ!」


 熱っぽい群青の瞳で見つめられ、フェリエナは頬が熱くなるのを自覚する。


 ちらりと見ると、メレとギズが、仕方がないと言いたげな、どこかくすぐったそうな表情でフェリエナとアドルを見ている。


「でも、エディス様がついにご結婚なさるなんて……っ」

 感極まったように、メレが声を上げる。


嫡子ちゃくし様が戦死した領の、妹様の元へ、養子入りされるのでしょう? ようやく、エディス様もご領主に……っ」


「並みいる求婚者を蹴散らして、令嬢の心を掴んだという話だぞ」

 アドルの言葉に、ギズが深く頷く。


「さすがエディス様でございます。見目はともかく性格……んんっ! えー、エディス様なら、きっと素晴らしい領主殿になられることでしょう」


「まあ、ギズったら。わたくしは、アドル様とこのヴェルブルク領ほど好きな場所はなくってよ?」


 フェリエナが軽くギズをにらむと、ギズが「アドル様の臣下として光栄でございます」と丁寧に一礼する。と。


「「まぁ~だぁ~っ?」」


「もお~っ! お父様とお母様ったら! いつまで私におちびさんの面倒を見させるの~っ⁉」


「おちびさんじゃないもん!」

「きしだもんっ!」


 馬車の扉からひょっこりと顔を出した三人が、にぎやかに大人達を急かす。


「申し訳ございません。グレーテ様。ただいま参ります。こら、ヴァルム! お前は家臣なのだからリヒト様と張り合うなと何度言ったら……っ」


 最後にメレの頬に軽くくちづけをしたギズが、足早に馬車へと進んで行く。


「では、いってらっしゃいませ。ご領主様、フェリエナ様!」


「ああ。では、いってくる」

「留守をお願いね、メレ。あと、ギズの言いつけはちゃんと守るのよ」


「もちろんでございます!」

 メレの返事に頷きを返し、フェリエナは隣のアドルを見た。


 群青色の瞳が、愛おしげにフェリエナを見つめている。


「では、行こうか。のんびりしていると、ちびどもに、また急かされる」

「はい、参りましょう」


 にっこり微笑んだフェリエナに、アドルがとろけるような笑顔を浮かべ、右手を差し出す。


「お手をどうぞ。愛しい人」

「……ありがとうございます」


 アドルの手に、フェリエナは己の手をそっと重ねる。

 今も白い傷痕が無数に残る手を。


 アドルの手が、宝物のように、フェリエナの手を包む。

 どちらともなく、にこやかに微笑み合い――。


 二人はきらめく春の光の中を、手をつないで歩き出した。


                                 おわり

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