俺とヒロインは、魔王討伐に行った勇者との約束を勘違いしていました

桜草 野和

短編小説

「いい加減、諦めて俺様と結婚しろよ。もう手紙も届かなくなって2年も経つんだろ。お前が婚約した勇者は、魔王にやられてくたばっちまったんだよ‼︎」





 この一帯を治めるリドリー伯爵の長男、トーマスが馬上から見下ろして、我が友、勇者ルイスの婚約者、ミュリーに言い放つ。





「ルイス様はご無事です。手紙を送れない、何かご事情があるのです。誰があなたのような、傲慢でちょび髭が気持ち悪い男結婚するものですか!」





 さすがは、世界総合武術大会で、男たちも蹴散らして優勝しただけのことはある。





 ミュリーは、もともと最強の武術家として、勇者ルイスのパーティに入っていたのだが、





「ここから先の魔王討伐はさらに危険になる。ミュリー、君を連れて行くことはできない。わかっておくれ」





と勇者ルイスの判断で、パーティから外された。








 文句を言われて怒ったトーマスが、





「お前など、凍ってしまえ! フロリジアンテ!」





魔法であたり一帯を凍らせてしまう。





 ミュリーは炎の蹴り技で、無効化する。





 トーマスは、魔法学校を首席で卒業したエリートで、勇者ルイスのパーティに入っていた。





 しかし、ミュリー目当てだったので、ミュリーがパーティから外されたのと同時に、勇者ルイスのパーティを自ら辞めやがった。





「ルシファー、大丈夫?」





「俺を誰だと思っているんだ」





「そうね。余計な心配だったわ。勇者ルイスよりも強い、世界一の大剣豪ルシファーですものね」





 トーマスがご挨拶程度に放った魔法など、斬撃で簡単に吹き飛ばすことができる。





 ミュリーにべた惚れのトーマスが、本気の魔法でミュリーを攻撃できるわけない。





 まあ、トーマスが本気を出したところで、俺の相手ではない。





 俺ももともとは勇者ルイスのパーティの一員だったのだが、





「友よ。頼みがあるのだ。どうか、ミュリーの側にいて、彼女を守ってくれないか? そうでないとミュリーのことが心配で魔王討伐どころではない。どうか、俺の代わりにミュリーを守ってくれ!」





と親友の勇者ルイスに頼まれたので、俺もミュリーと一緒にパーティを抜けることになった。





「俺より何倍も強いルシファーがミュリーの側にいてくれたら安心だ。これで魔王討伐に集中できる。友よ、感謝する」





とルイスは喜んでくれた。





「トーマス、ちゃんと魔法でみんなを元に戻しなさいよ!」





 俺たち以外の村人や家畜たちは、皆凍っていた。





「チェッ、面倒くせーな!」





「いいから、早くやりなさい!」





 ボキッ! ミュリーがトーマスの太ももに強烈な蹴りを入れた。





「痛ってーー! オーペリラ!」





 トーマスはたまらず、回復魔法で怪我を治癒する。





 毎日のように、こんなやりとりが行われている。


 村人たちも、うんざりしていて、もう魔王討伐はいいから、ミュリーとトーマスがケンカしないように、勇者ルイスに帰って来てほしいと思っている。





 俺もその一人だ。





 ルイスと冒険している頃は楽しかった。襲って来るモンスターを倒し、ダンジョンでは謎を解き、道中で困っている者がいたら助け、充実していた。





 パーティを外れてから、あまりの暇さに死にかけたので、仕方なく道場を開いた。





 世界各国から、噂を聞きつけた有望な少年少女が、200人ほど集まった。正直言って、特に優秀な7人は今では勇者ルイスより強くなっている。














 キレイな星空だった。





「あっ、流れ星……」





 ミュリーが願いごとをする。





「何を願った?」





「決まっているでしょ……。最後まで言わせないでよ……」





 そうだな。ルイスの無事を願うに決まっている。他にミュリーが何を願うというのだ。聞いた俺が愚かだった。





 ミュリーがどうしても星空がみたいというので、俺はミュリーと2人、恋人たちに人気のハート岩の丘に来ている。





 ミュリーは力づくで、特等席のハート岩の場所を確保した。





「ねぇ、ルシファー、願い事叶うと思う?」





「ああ、きっと叶うよ。叶うに決まっている。俺が保証する」





 ルイスは勇者だ。俺や、俺の弟子の7人より弱いとはいえ、この世界でおそらくベスト50に入るくらいの強さはある。





 それに、俺やミュリー、トーマスのように、強い奴とパーティを組んで、きっと魔王を倒して帰ってくるだろう。





「本当の本当に本当? 私の願い事は叶うのね?」





「ああ、絶対に叶う!」





 かわいそうなミュリー。ルイスのことが心配で、きっと夜も眠れていないのだろう。俺は絶対に叶うと断言して、親友の婚約者のミュリーを励ました。





「良かった。実はね、最近、夜も眠れていなかったの……」





 やっぱりそうなのか。本当は俺も子供の頃から好きだったミュリーにここまで想われるなんて、ルイス、お前は世界一の幸せ者だな。





「でも、ルシファーがそう言ってくれるのなら、勇気を出して言うわね」





 ミュリーが、真剣な面持ちで俺を見る。今さら、ルイスへの愛を聞かされても。でも、どうして勇気が必要なんだ?





「結婚して」











「えっ?」











「私と結婚して」











「…………」











「ルイスとの婚約は破棄するから、ルシファー、私と結婚して!」








 ミュリーが俺に誓いのキスをしようとする!








「無理無理無理!」





「なんで避けるのよ!」





「だって、俺はミュリーを守ってくれとルイスに頼まれて、ミュリーの側にいるんだぞ」





「だから、結婚して、私といちゃいちゃしながら、守ってくれたらセーフでしょ。ルイスを裏切ることにはらならいわ。いえ、むしろ世界一強いルシファーは私と結婚して、私を守るべきよ!」





 確かにミュリーの言う通りだ。俺はルイスに、「ミュリーの側にいて守ってくれ」と頼まれた。結婚こそ、まさにその頼みを叶えることになるではないか!





 そうか! ルイスは、魔王討伐で自分の身がどうなるかわからないから、俺にミュリーを託したのだ! どうしてもっと早く、親友の頼みの真意に気づかなかったのだ!





 ルイスが魔王討伐から無事帰って来たら、ルイスの本当の頼みが、『俺にミュリーと結婚して幸せにしてほしかった』ことに気付くまでに2年もかかったことを正直に詫びよう。





「さっき、流れ星に『ルシファーと結婚して、子供を3人さずかって、あっ、まず女の子で、2年後に男の子で、さらに5年後に女の子の3人兄妹ね。で、幸せな家庭を築いて、私がもし不倫しても気づかれないで、愛に満ちた生涯をおくれますように』ってお願いしたのよ。ルシファー、叶うに決まっている。俺が保証する。絶対に叶うって言ったわよね! 断言したわよね!」





 俺はミュリーの大きくて、透き通るように青い瞳を見つめて頷く。





「良かった。やっぱり、星に願いをすると叶うのね。大好きよ、ルシファー……」





 ミュリーが目を閉じて、誓いのキスを待つ。











「俺も大好きだ。ミュリー」











 俺はミュリーに誓いのキスをした。











「ルイスのおかげね」





「ああ、ルイスのおかげだ。チュッ」





 我慢できずに、俺はミュリーにまたキスをしる。





 チュッ。ブチチューッ。





「ルイスが魔王を倒して、戻って来たときに怒られないように、俺は絶対にミュリーを幸せにするよ」








「はい、あなた」











 ルイス、ミュリーは俺が約束通り必ず守るから、安心して魔王討伐に集中してくれ!








 チュッ。チュッ。ブチチューッ。チュッ。ブチチューーーッ‼︎

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺とヒロインは、魔王討伐に行った勇者との約束を勘違いしていました 桜草 野和 @sakurasounowa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ