おかしい

瑚ノ葉

おかしい


彼は踞った。小刻みに喉を鳴らしている。

声を必死に押し殺して、笑っていた。

しかし、それは、やがて高らかな哄笑へと変わった。

二人しかいない教室に、それは大きく響いた。


「何がおかしい」

「何もかもおかしいっ!ちょー笑えるよ。最高だね!」

息の整わぬまま、彼は僕に答えた。

ケラケラと笑い転げ、時折叩かれた机は痛そうに震えた。

やがて、ははっ、と渇いた笑いを最後に残し、彼はゆっくり息を吐いた。

「はぁ……。笑いすぎて疲れた」

「…………それで、何がそんなにおかしい?」

再度質問をする僕を、彼は意味深な、それでいて、人を不快にさせるような、バカにした眼差しで見つめた。

そして、僕の胸元を掴んで体を引き寄せた。思わず硬直した僕に、彼は耳元で、ゆっくり囁く。

「何もかも、さ」

彼は唐突に体を突き放し、妙に感情のない表情で僕を見つめた。そして天を仰ぎ、片腕を真横に広げ、世界を指し示す。


「この世界も、俺も、お前も、そこらにいる人間も、みんなおかしい。狂ってる。狂気だ。不良品だ。壊れてるんだ。だから笑うのさ。だから笑えるんだよ。おかしいことは、笑うもんだろ」


にやりと笑って彼は言う。

その笑みに、僕は喉を鳴らし、唾を飲んだ。

じわりと汗が滲んだ。

「……うるさい」

彼はにやにや笑って、僕の胸を差した。

「そこにあるのは何だ?」

「うるさい!」

僕は胸ポケットからカッターを取りだし、彼に切りかかった。

彼は避けなかった。

服に線を刻む。露になった胸にも赤い線を何度も引いた。赤く赤く染まる。

「うるさいうるさいうるさいうるさい」

「痛いな。けどぬるい」

彼は笑った。

カッターの刃を手で受け止め、それを僕の手から強引に取り上げた。

そして僕の喉元に真っ直ぐカッターを突きつけた。

冷たい刃の感触が脳を凍らせた。

彼は唇を捲らせ笑った。


「ほら笑って?」

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おかしい 瑚ノ葉 @kono8

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