昼 

 ※


 中天に太陽がある。

 上野・御徒町駅を出ると、人混みで賑わっていた。


「みんな若いわね」

「変なこと言うなよ」


 JRの高架線の方へ歩くと、高架下に沿ってアメヤ横丁が続いている。


「何か食べるか?」

「うん。お腹すいた」

「よく食べるんだな」

「何?」

「いいや。どこに致します? お姫様」

「またその口調?」


 月下美人は口元に手を当てて、回転寿司屋を指さした。



「何皿目だ?」

「……二十一皿目」

「うち、プリンは?」

「五皿くらい?」

「七皿目だな。飽きないか?」

「これが一番だもの」

「全く、よくやるよ。女王様は」

「女王?」


 月下美人の手が止まった。


「こんな食べ方をするのは、女王様くらいさ。サマになってるよ」

「そう……そうかもね」

「だが、きみの名前はまだ分からないな」


 彼女はまたプリンを口に運んだ。


「ショウ、あんまり食べてないじゃない」

「十皿食べりゃ充分だ。食費分、報酬に上乗せだって依頼人には言っとく」

「お好きにどうぞ」


 そう言いつつ、月下美人は再びレーンからプリンを取った。


「あなたは、あなたのままね」


 月下美人がそう言い、ショウは湯吞みに口を付けた。


 ※


「ロボットがジャンク売ってるのね」

「そうさ。アキバは昔からこういう街だ」


 秋葉原駅の高架下。

 蛍光灯に照らされるのは、ガラスケースの中に並ぶ色褪せたフィギュアたち。

 コード、ビス、基盤などが籠に入れられて、三畳間の店先に置かれる。

 黄色や青いボディのロボットたちが、ジャンクを掴んでは離し、行き交う二人をレンズで見つめる。ショウと月下美人の足下を、子供たちが駆けていく。


「怖くないか?」

「大丈夫。なんだか落ち着くの」

「ジャンクに?」

「こういうのを見慣れてるからかも」

「女王様だから、愚民を見下してる?」

「別に、そんなんじゃない」

「どうかな」


 高架下を抜けて、秋葉原駅の改札に着く。

 御徒町から秋葉原まで歩いてきたのだった。

 その時、誰かの叫び声が聞こえた。

 二人が通った高架下から、足音が近づいてくる。


「あれ、さっきのロボット!」


 二メートルの青いロボットが、二人に迫ってきた。

「女王様、俺の側から離れるなよ!」


 青いロボットは、広いストライドで走っている。

 ショウはスーツ裏のホルスターから、拳銃を取り出した。

 周囲に人がいないのを確かめると、銃先をロボットに向けた。

 銃声が三回響く。

 そのうちの一発がロボットの片足の付け根に当たる。

 ロボットの中から、うめき声がした。


「……サーティワンかっ!」


 ショウは、一気に走ってロボットとの距離を詰めた。

 月下美人は、彼に追いつけない。

 駅前広場で膝をついたロボットは、接近するショウに拳を向けた。

 それを蹴飛ばして、ショウはロボットの頭部外装を力任せに剝ぐ。

 白髪の生えた男性の顔が歪んでいた。


「確保だっ」


 中年の脇の下にある非常停止ボタンを押す。

 ロボット風の外骨格の電源が落ちて静止する。

 ショウは内ポケットから手錠を出して中年の両手を塞いだ。


「ショウッ!」

「女王様――!」


 月下美人は、ショウの後ろ十メートル先にいた。

 彼女の背後に、黄色いロボットが付いている。


「何をするの! 放しなさい!」

『物言いはいかにもだが……。月の女王。もしあんたが本物なら、あんたの命と引き換えにこんな世界を変えてくれ!』


 黄色いロボットの中から、男が訴えた。


「……!」

『なぜ老いを拒む! なぜ命を選別する! なぜ若いまま百年以上も生きられる! 誰しもに永遠を与えるのが女王の役目ではないのか!』

「……違う!」

『何故だ、女王!』


 月下美人の青い瞳が、ショウを見つめていた。


「ショウ――‼」


 ショウは、その叫びに呼応した。


「メル……! メル・アイヴィー!」


 四度目の、銃声がした。

 月下美人の銀髪を掠めた弾丸は、黄色いロボットの頭部を貫いた。


「ショウ……?」

「脇の下のスイッチを押せ!」


 彼女は咄嗟に振り向いて緊急停止のスイッチを押した。

 黄色いロボットが項垂れると、月下美人はショウの元に駆け寄った。

 ショウは、月下美人――メル・アイヴィーを抱きしめた。


「メルと言ったのか、俺は……。きみは本当に、月の女王様……」


 メルは何も答えない。

 しばらくして警官が来た。

 ショウは、警官に身分証を出して成果を記録してもらった。

 ロボットを装った二人のサーティワンは、警官に連れ去られた。


「ショウ。次は海の見える場所に行きたい」

「……分かった」

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