※


 東京湾の方角に、天へと伸びる一本の線が見える。

 軌道エレベーターというものだ。

 ビルの屋上からパノラマを一望する。

ヒルズ、ブリッジ、タワー。

地上の全ては、軌道エレベーターを見上げる草木に等しい。

東の彼方から日が昇る。


『――代理人、仕事だよ』

 左のイヤホンから連絡が来る。胸元のマイクに返す。


「場所は?」

『御苑だ』

「すぐ行く」


 涼やかな風が吹いた。




「どういうことだ?」

『代行だよ』


 開園前の新宿御苑は、池に新緑を写して静かであった。

 風がそよぎ、水面に波紋が出来る。


『彼女を頼む。ショウ』

「彼女……?」

『それじゃあ』

「待て。お前は誰なんだ」

『――』


 耳朶の震えが止まれば、水面に白い影があった。

 ショウという青年の隣に、彼女は佇んでいた。

 近い、と思った。

 ショウの肩くらいの背丈に、長い銀髪と白いレースのワンピース。

 初夏の装いであった。


「きみの知り合いに頼まれた。よろしく頼む」

「そうですか」

「一日付き合えって。どういうことだ?」

「言葉のままです」


 彼女は池にかかる橋を見ていた。


「歩こうか」


 彼女の返事はなかった。


「……そのリボンは?」


 彼女の長髪は、一部を編み込んでリボンが留めてあった。

 白い衣、銀の髪ときて、白い肌。リボンも白だった。

 ショウの黒づくめとは、対である。


「似合ってるから、言ってみたんだけど」

「お名前は?」

「え」

「名前くらい、先に確かめさせて下さい」

「ああ……すまなかった。俺はショウ。きみは?」

「……月下美人、とでも呼んでください」


 そう言うと、月下美人はショウの顔を見た。

 目が合い、ショウは彼女の瞳が青だとわかった。

 細い首に黒のチョーカーを付けており、喉仏の下で、その空色の石が光る。

「美しい」と、ショウはこぼした。それを気にすることなく、


「今日限りなんです。色々と連れていってもらえますか」


 と、月下美人はショウの手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る