午前の東京タワー


「パトロールに付き合え」


 そう言って地下鉄丸ノ内線の赤い車両に乗った。

 途中で都営大江戸線に乗り換える。

 ロボットが運転する六両編成が赤羽橋駅に止まると、二人は電車を降りた。

 首都高の下に出る。六車線の道路が枝分かれする光景があった。 


「広い……大きい!」


 枝分かれの道に挟まって屹立するのは、赤い東京タワーだ。


「東京タワーは二本ある」

「私、知ってる。スカイツリーでしょ?」

「そうじゃない」

「どういうこと?」

「来ればわかるさ」


 東京タワーの自動受付に来れば、怪訝な顔つきの少年少女がいた。

 各人の後ろには、大柄の人型ロボットが付いている。


「あんなのを侍らせて……」

「ガキは気張りすぎなんだ」

「何をしているの?」

「サーティワン探し」

「なぜ……」


 二人分のチケットを発券し、案内のロボットに従ってエレベーターに乗る。


「子どもたちは、成果を挙げようと躍起になってる。俺もそうさ」

「……」

「なぜ、か? 成果を挙げれば月で永遠の命を手に入れられる。そのためには、三十年の人生の中で、少しでも成果を出す。地道に仕事をするのも良いが、手っ取り早いのは犯罪者の確保。特に、サーティワンは重罪人だから、ポイントは高い」

「限りある人生を嫌がるのね」

「月下美人さんはどうなんだ? 三十年で充分か?」


 エレベーターのモニターの数字は、徐々に高まっていく。

 展望台の階数は十六。高さは一五〇メートル。


「どうかな。三十歳のときの気分なんて、分からない」

「俺が思うに、あまり変わらんさ」


 ドアが開けば、ガラス張りのパノラマが見えた。

 初夏の空に、わた雲が漂う。眼下はアスファルトと鉄筋コンクリートだった。

 その天地を、軌道エレベーターの一本線が貫いて伸びている。


「ほら、もう一つの東京タワー」

「どこに?」

「夜になればはっきりと分かるんだが……ほら。さっき歩いた道があるだろ」

「うん」

「あれが国道一号。都道三〇一号と、人の字型に合流する。そこを三一九号が横切って」

「あっ! 東京タワーの形!」

「その通り」


 午前の空いた道を、車が走っている。


「夜は、車がライトアップ代わりになる」

「じゃあ夜も行きたいな」

「お嬢様のお願いならば、ありがたく引き受けましょう」


 ショウは笑いながら月下美人に頭を下げた。


「なに調子のってんの」


 月下美人は口元に手を当てた。


「お笑いになればよいではありませんか?」

「今はこらえておくの。パトロールじゃなかったの?」

「……そうだな。この辺に年増はいなさそうだ」

「適当ね」

「ちゃんと見てるさ」

「どうかしら?」

「じゃあ降りるぞ。次の場所をパトロールする」


 二人は東京タワーを降りていった。


 ※


 赤羽橋から都営大江戸線に乗る前、月下美人はホーム上でふと呟いた。


「怖い……」

「どうしたのさ」

「ここは暗いもの」

「さっきまでは平気だったじゃないか」


 彼女は首を振った。


「今の感覚を忘れてしまいそう。さっきの階段を下る一歩だって……」


 ショウは、月下美人の肩を引いて抱き寄せた。


「ショウ。私は、今日が終わって欲しくないの」

「まだ始まったばかりだろ」

「そうなのに……でも、怖いの。どうして?」

「暗いのを怖がってどうする。夜にはまた東京タワーに行くんだろ? これから昼飯で、その後だってまだ日中だ」


 車両が来る。ホームドアと車両のドアが開く。


「心配しなくていい。俺がいる。疲れたなら、眠ればいいんだ」

「うん。私、疲れたのかな……そうするね……」


 並んで席に着くと、月下美人はショウの肩に寄って寝息を立てた。

 空いた車両の窓に、二人の姿が写る。

 ショウは、自分の切れ長の目を睨んだ。


「……きれ……の……くも……なら……」


 月下美人の寝言は、メロディにも聞こえた。


 ショウは月下美人の寝顔を見て漏らした。

「懐かしいメロディ……」





「メル……」

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