喫茶店にて


「つまり、私の名前を当てて欲しいのです」

「はあ」


 靖国通り沿いの喫茶店で、ショウと月下美人は対面に座っていた。


「月下美人は、仮の名か」

「そういうことです」


 ショウがカップに口を当てれば、月下美人はカツサンドを頬張る。

 テーブルには、サンド、シチュー、ナポリタンが置かれている。

 全て彼女の注文だ。


「どこに住んでる?」


 月下美人は黙って食べ続ける。


「じゃあ生まれは? どうやってここに?」

「……」

「それも当ててほしい?」


 彼女はコクンと頷いて、シチューを掬う。

 ショウが頭を掻くと、彼女は穏やかな瞳になった。

 

 窓に見える道を、タクシー、バス、トラックが行き交う。

 歩道には、子供か、若者か、人を模したロボットしかいない。


「ふぅ」


 月下美人が息を漏らしたので、ショウは彼女に視線を戻した。


「驚いた」


 彼女はもう食事を平らげていた。


「ショウが何も話さないからです」


 月下美人はナプキンで口元を拭くと、テーブルの端にあるボタンを押した。

 すぐに、制服を着たロボットが来る。


「プリン下さい。ショウはデザート食べますか?」

「……コーヒーゼリー」


 ロボットは恭しいお辞儀をすると、細長い二足で去っていった。


「そういうことなら俺の話でもするか。契約は明朝までだったし、時間はある」

「ええ、ぜひ」

「俺の仕事は代理人だ。何でも屋みたいなものだが、一番の仕事はサーティワンの捕獲」

「美味しそう」

「アイスクリームじゃない。三十一歳以上の人間を狩るんだ」

「……」

「捕らえた人間は、東京湾にある軌道エレベーターに送られて月の世界へ――っていうのは知ってるだろう?」

「ええ」

「東京に住んでる人間なら常識だろうな。三十歳になったら、人間は月に昇り、魂を洗う。地上を若く清らかな人間だけにして、真に健全な社会を創り出す」

「軌道エレベーターは、月に繋がってるの?」

「間接的に、らしい。そんなの気にすることか? きみはまだ子供だろう」

「そうかもしれませんけど……」

「俺は月の大人たちの代理警察。もっと言えば、月にいるらしい女王様の勅使だそうだ。会ったこともない女王の使いとは、名誉なことさ」


 ショウはまた一口飲んだ。


「実際、よく働いてくれている……」


 月下美人が漏らす。


「え?」

「いえ。今の時間は月が見えないのですね」

「だろうな」


 まだプリンは来ない。


「誰が教えてくれたのですか? 勅使だと」


 ショウは左耳のイヤホンを指で叩いて、


「きみの依頼人」


 と返した。


「なら、そうなのでしょう」

「なあ、その言い方やめにしないか? もっとこうラフに話してくれ」

「客に注文ですか?」

「仕事の質に関わる」


 月下美人は口元に手を当てて、また穏やかな瞳になった。


「じゃあ、今日は仲良くしましょ。ショウ。色々と連れていって」

「そういうことだ」


 そこにロボットが来て、プリンとコーヒーゼリーを置いてくれた。

 ショウは依頼人について訊こうとしたが、月下美人が勢い良くプリンを頬張るのを見て、止めた。

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