喫茶店にて
※
「つまり、私の名前を当てて欲しいのです」
「はあ」
靖国通り沿いの喫茶店で、ショウと月下美人は対面に座っていた。
「月下美人は、仮の名か」
「そういうことです」
ショウがカップに口を当てれば、月下美人はカツサンドを頬張る。
テーブルには、サンド、シチュー、ナポリタンが置かれている。
全て彼女の注文だ。
「どこに住んでる?」
月下美人は黙って食べ続ける。
「じゃあ生まれは? どうやってここに?」
「……」
「それも当ててほしい?」
彼女はコクンと頷いて、シチューを掬う。
ショウが頭を掻くと、彼女は穏やかな瞳になった。
窓に見える道を、タクシー、バス、トラックが行き交う。
歩道には、子供か、若者か、人を模したロボットしかいない。
「ふぅ」
月下美人が息を漏らしたので、ショウは彼女に視線を戻した。
「驚いた」
彼女はもう食事を平らげていた。
「ショウが何も話さないからです」
月下美人はナプキンで口元を拭くと、テーブルの端にあるボタンを押した。
すぐに、制服を着たロボットが来る。
「プリン下さい。ショウはデザート食べますか?」
「……コーヒーゼリー」
ロボットは恭しいお辞儀をすると、細長い二足で去っていった。
「そういうことなら俺の話でもするか。契約は明朝までだったし、時間はある」
「ええ、ぜひ」
「俺の仕事は代理人だ。何でも屋みたいなものだが、一番の仕事はサーティワンの捕獲」
「美味しそう」
「アイスクリームじゃない。三十一歳以上の人間を狩るんだ」
「……」
「捕らえた人間は、東京湾にある軌道エレベーターに送られて月の世界へ――っていうのは知ってるだろう?」
「ええ」
「東京に住んでる人間なら常識だろうな。三十歳になったら、人間は月に昇り、魂を洗う。地上を若く清らかな人間だけにして、真に健全な社会を創り出す」
「軌道エレベーターは、月に繋がってるの?」
「間接的に、らしい。そんなの気にすることか? きみはまだ子供だろう」
「そうかもしれませんけど……」
「俺は月の大人たちの代理警察。もっと言えば、月にいるらしい女王様の勅使だそうだ。会ったこともない女王の使いとは、名誉なことさ」
ショウはまた一口飲んだ。
「実際、よく働いてくれている……」
月下美人が漏らす。
「え?」
「いえ。今の時間は月が見えないのですね」
「だろうな」
まだプリンは来ない。
「誰が教えてくれたのですか? 勅使だと」
ショウは左耳のイヤホンを指で叩いて、
「きみの依頼人」
と返した。
「なら、そうなのでしょう」
「なあ、その言い方やめにしないか? もっとこうラフに話してくれ」
「客に注文ですか?」
「仕事の質に関わる」
月下美人は口元に手を当てて、また穏やかな瞳になった。
「じゃあ、今日は仲良くしましょ。ショウ。色々と連れていって」
「そういうことだ」
そこにロボットが来て、プリンとコーヒーゼリーを置いてくれた。
ショウは依頼人について訊こうとしたが、月下美人が勢い良くプリンを頬張るのを見て、止めた。
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