第4話 ロケットパンチ!

「スタァァァトゥ!」


 バンチョーのハイトーンボイスで試合は開始された。


 王者ヘルはいつもの必勝パターンである先制攻撃を繰り出す。

 しかしいつもと違うのは、その量である。


 試合開始の合図と同時に射出されたロケットパンチは実に二十本。

 センジュのスタート地点はすでに、大量の煙幕により地面すら見えない状態だった。


 そのもうもうと立ち込める煙の中から、矢の如く打ち出されるパンチの群れ。

 まるで猟犬のようにエカへと真っ直ぐ向かっていく。


 対してカブトのエカは、スタート地点から微動だにしなかった。

 ただ迫り来る凶弾を前に、ゆっくりと半身に構える。そして流水の動きでもって、最初の一発を――叩く!


 かわさない。いなさない。


 次々と飛来するセンジュのロケットパンチを物ともせず。その一発一発におのれの拳を打ち込んでいく。速い。そして重い。


 装備的には以前より軽くなったはずのエカだが、その踏み込みの鋭さによって攻撃力を増している。


 試合開始からおよそ四十秒。センジュの先制攻撃によるロケットパンチの雨は、みるみるうちにやんでいった。


「これは凄いぞ、元チャンプ! ニューマシン・センジュの攻撃能力を技術のみで上回っている! 度重なるレギュレーションの改正によって、勝ち星を大幅に減らしたカブト選手だが、いまもってその人気が衰えないのも納得の実力だ! 誰が本当に強いのか? それはファンのみが知っているぅ!」


 割れんばかりの声援を背に、エカは右腕に装備されたワイヤーロープを射出した。


 狙った場所は半壊したビルからむき出しになっている鉄骨部分である。ワイヤーの先端に搭載された電磁石は鉄骨を吸着し、エカは勢い良く大地を蹴った。


「飛んだぁ! エカが飛んだ! ビルに絡ませたワイヤーを巻き取りながら、エカが空中を舞っているっ。これは予想外! 軽量化による恩恵かぁ!」


 カブトはフィールド内のどこかに潜んでいるセンジュの姿を追った。

 いつものように地面を走っていたのでは埒が明かない。


 そこで遮蔽物を無視できる、上空へと飛び出したのだ。


 崩れかかるビルの上を走る。いくらユウミが軽量化をし、エンジンをオーバーホールしたからといって、落下のリスクを減らせるわけではない。


 だがカブトには、そのリスクを背負ってまで勝たねばならない理由がある。

 この試合を落とせば、あとが無い。


 それはあの少年の笑顔に誓った、信念にももとること。

 試合終了まで残り六十秒。


 ビルの谷間をワイヤーロープで飛んでいるエカ。それを狙って新手のロケットパンチが飛んできた。その数十九本。飛来するロケットパンチの数とタイミングに、王者ヘルの焦りが見える。


 カブトは手近なビルの屋上へと飛び移り、これらを迎撃する。また見事な立ち回りであったが、嵐のような猛攻の中、敵弾の一本がきびすを返していくのを確認した。


 いうなれば敵前逃亡であるが、これはカブトにとって好機であった。


 エカを前にして引き返していくロケットパンチ。向かう先はフィールド最南端のビルの裏手であった。


「そこかヘル」


 コクピットで独りごちたカブトは、敵ロケットパンチの包囲網を食い破って走りだす。

 ビルからビルへと飛び移り、瓦礫を撒き散らしながら前進する。


 そしてとうとう追い詰めた。

 現王者ヘルの操る最強のM3――センジュの姿を。


 スタート時に四十本あった腕も、すでに二本を残すばかり。


 ビルの屋上から飛び降りて、広い区画へと躍り出たエカとの距離は十メートル。場所は違えども、まるで試合開始のポジションの再現のようだ。


 センジュは背後にスタジアムの壁を背負っている。もう逃げられない。

 試合終了のカウントが迫る。

 エカは左腕を撃つ構えをとって、そのまま動きを止めていた。



 ――先に撃ちな。



 カブトがそう誘っているのである。そして撃たなければ撃つ。

 無言の圧力が王者ヘルを責め立てる。カウントを待って逃れる手もあるが、王者の意地がそれをさせなかった。


 センジュの最後の攻撃がはじまる。二本のロケットパンチが空を切る。


 自動追尾の正確無比な狙いが、一列になってエカを襲った。

 それをカブトは待っていた。



「ロケットパンチ!」



 気合いと共に打ち出された一本の拳は、おのれを狙う餓狼が如きロケットパンチを立て続けに食い破る。


 その勢いは衰えぬまま、一筋の光となってセンジュの頭部を貫いた。


 戦闘不能――。

 残りカウント、わずかに一秒。


「決まったぁ! ノーックダウン! 勝者は! 勝者はカブトだああ!」


 津波のような大歓声がスタジアムを包んだ。

 カブトはエカのコクピットハッチを開け、手を振ってそれに応える。 


「カブト!」


 ユウミだ。警備員の制止を振り切ってフィールド内まで来たのだろう。

 短い髪を振り乱し、息を切らして。


「やったね!」


「ああ! お前のお陰さ」


 エカを跪かせて、地上へと降りる。

 カブトはユウミに手を差し伸べた。

 彼女は、はにかみながらカブトの手を握り返すと、


「変わってない。やっぱりあったかい。あの日、命を救ってくれた時と同じ」


 そう言って涙を流した。


「あの日? まさか、あの時の――」


「やっと恩返しが出来たわ」


 その泣きながらの笑顔は、あの日の面影を残していた。

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渡る世間にロケットパンチ 真野てん @heberex

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