第3話 あの日の笑顔

 瞬く間に時は過ぎて、あれからもう一週間。


 今季の最終節を迎える今日は、カブトにとってまさに正念場であった。勝てば来季のシートはとりあえず確保される。しかし負ければたった一社とはいえ、これまでついてくれていたスポンサーが降りることになった。


 チームのオーナーはカブトである。自身の進退は自分で決められる。

 だがスポンサーがいなければ全てがご破産だ。


 そんな特別な日に際し、カブトの身支度もいつもより小奇麗である。

 蓬髪を後ろで束ねて団子にし、無精髭も剃った。かつて傭兵時代に愛用していた戦闘服を身にまとい、背水の覚悟でもって愛機エカのコクピットに収まっていた。


「カブト。聞こえてるー?」


 無線からあっけらかんとしたあの声が響く。ユウミだ。

 カブトは今日この日、ベストな状態でフィールドに立てることに感謝をしていた。

 その立役者は他でもない彼女である。

 カブトはここ数日の、ユウミの仕事ぶりを思い返していた――。



「ちょっと装甲のことで聞きたいことがあるんだけど」


 ユウミの問いかけにカブトは露骨に機嫌を悪くした。

 またか、と。


「分かってるよ。今までのメカにも散々言われてきた。どうしてこんなに装甲が少ないんだってな。だからいつだって俺は言ってやるのさ。必要ねえからだとな」


 両脚に入っているエンジンをバラしているユウミに向かって、カブトは吠えた。


「当たらねえんだよ。自動追尾だろうが何だろうが、俺に攻撃を当てられるプレイヤーなんざいねえのさ。これ以上の装甲は逆に重荷になる。そうなったら地味に拾ってきた勝ちすら無くなっちまうよ」


 するとユウミが手を止めて。


「知ってる」


「あ?」


「だから。どうしてこんなに装甲ついてんの。脛と関節の以外は全部取っ払うわよ? それだけで一トンは軽くなるわ。そのかわり一撃も食らわないでよね。一発食らったら即アウトだから、そのつもりで」


「お、おう……」


 振り上げた拳の下ろしどころの無い感じ。

 カブトはまた黙々とトレーニングを続けた。


 いつものように開け放たれたピット。貫徹で作業をしたいというユウミの要望に応え、カブトはスタジアムに掛け合った。するとスタジアムからの条件として、カブトも必ず同席するようにと指示が出たのである。


 ここ数日はピットに缶詰状態だ。所在無げにやることといえば、体を鍛えることぐらいであった。


 木人とう、という鍛錬法がある。丸太で出来た練習器具で、人に見立てて打撃や体捌きの技術を養うものである。主に大陸系南派拳術の流れをくむトレーニング法であるが、カブトはひたすらに木人への打ち込みを続けていた。


 流れる汗。鍛えぬかれた全身の筋肉。戦場で受けたであろう幾多の傷跡が印象的で、傍らで作業をするユウミでさえ、息を呑む存在感があった。


「ねえ。もうひとつ聞いていい?」


「あん?」


「なんで……『ロケットパンチャー』だったの?」


 左拳を木人の頭部へと打ち込み、カブトの動きが止まった。「そうだなぁ」と一息ついて、タオル片手にベンチへ腰を下ろした。


「ちょうど戦争が終わった頃だ。故郷へ帰ったが仕事もねえ。俺に出来ることといえばせいぜいソイツを転がすことくらいだ」


 そう言ってカブトは整備中のエカを指差した。


「そうしたら今度デカイ興行がはじまるっていうじゃねえか。野球やサッカーまでとはいかねえが、食いっぱぐれることはねえだろうってな。M3を使ったスポーツ。それも一番バカバカしい、パンチを飛ばし合う競技ってのに惹かれたのさ」


「なにそれ」


 カブトの物言いがユウミの笑みを誘う。


「M3に乗って散々っぱら戦ってきたが、いつも俺は奪う側だった。けど最後の戦場でようやく救えた命があってな」


「え……」


「そん時の坊主の顔が忘れられなくってよ。もう二度と戦争はこりごりだと思ったのさ」


「カブト……」


 汗を拭う戦士の顔は、晴々としていた。数日前、死にかけだった男はもういない。

 新たなパートナーを得て、その隻眼は鋭い光で満たされていた。




「――ト。ちょっとカブト聞いてんの?」




 少し怒ったユウミの声に、カブトは我に返る。


「おっと、すまねえな。ちょっと考え事してた」


「もう。しっかりしてよね。今日負けたらあとが無いんだから!」


 あとが無い。

 散々言い聞かせた言葉だったが、あらためて意識すると嫌なものだ。

 しかもよりによって今日の対戦相手は――。


「さあはじまりました! ノックダウンTV! 実況はわたくしバンチョーでお送りいたします! さて今日のカードは因縁の対決、現王者ヘルVS元王者カブトだ!」


 エカのコクピット内におなじみバンチョーの名調子が流れている。

 そのハイテンションにつられるように、カブトはモニターに目をやった。


「しかもカブト選手は、今日の勝敗いかんでは現役引退がかかっているとの情報が! これは見逃せない試合。それではここで王者ヘル選手から、試合前のコメントが入っております、どうぞ!」


 するとスタジオから画面が切り替わり、映し出されたのはひとりの男。

 ピンクのモヒカンに、左右非対称のド派手なメイク。ピンスパイクであしらわれた戦闘服を身にまとい、狂犬のように舌を出して叫んでいる。


「ヒャッハー! ヘル様だ! お前ら頭が高いぜ! 今夜の試合を観られる奴はラッキーだ。俺様のニューマシン『センジュ』のお披露目パーティだからだ! 元チャンプには悪いが、このヘル様に負ける要素はありゃしねえ! 首洗って待ってろ!」


 親指で首を掻っ切るポーズで映像は途切れた。


 画面はまたスタジオに戻り、バンチョーのハイトーンボイスによる試合前のルール説明が行われていた。

 そして無線の向こう側から、ユウミが憤慨している様子が伝わってくる。


「なによアレ! あれが初代王者に対する態度なの? あー腹が立つ!」


「演出だよ、演出。あれでも普段は可愛げあるんだ。勘弁してやれ」


「でも!」


「分かったよ。ちっとは落ち着け。大事なのは試合で勝つこと。だろ?」


「う、うん……」


 ユウミの興奮と緊張が無線越しに分かる。

 カブトは口の端を持ち上げて、操縦桿を握りしめた。


「大丈夫さ。お前の腕は確かだ。不安だろうが、しっかり見とけ」


「カブト――」


「手数があれば強いと思い込んでる今時のチャンピオンに、目にもの見せてやろう」


「うん。カブト、がんばって」


 運命の時は刻々と近づいている。


 熱狂のるつぼとなったスタジアムの真ん中に、二体の人型機動兵器の姿がある。

 一方はエカといい、左腕に装備した一本のロケットパンチを武器に戦う軽装の機体。

 また一方はセンジュと呼ばれる最新の機体で、四十本の腕を装備した重装甲マシンであった。誰の目に見てもその戦力差は明らかだ。


 だがエカのコクピットの中でカブトは、不敵な笑みを浮かべている。

 そして観客席からいつものコールが始まった。


 3! 2! 1!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る