第2話 勝てない理由、負けぬ意志

「さあ今宵もはじまりました、ノックダウンTV! 実況はおなじみ、わたくしバンチョーであります!」


 早口にまくし立てる司会者の声と共にユウミのタブレットが映し出すのは、長径が五十メートルほどの楕円形闘技場だった。


 市街地フィールドであり、闘技場内にはビルや道路が設置されている。

 まさにコンクリートの森という形容がしっくりとくる光景だった。

 度重なる戦闘の傷跡も生々しく、道路はえぐれ、多くのビルは半壊状態である。


 その只中に二体の人型ロボット。十メートルの距離をはさんで向かい合ったスタート地点で、試合開始の合図を待っている。そしてその緊張感を闘技場ごと包み込むのは、周囲を囲う一万人規模のスタンド席だ。


「『ロケットパンチャー』シングルスマッチ・一部リーグ。今年もチャンピオンシップに王手がかかる現王者ヘル選手の『アシュラ』は赤コーナー。対する青コーナーには、かつてのグランドチャンプ・カブト選手のエカだ!」


 アシュラと呼ばれた機体には、その名のごとく六本の腕がある。その一本一本すべてにロケットパンチが装備されており、エカとの戦力差は単純計算で六倍ある。


 脚部はクモのような、胴体から放射状にそれぞれの足が伸びた四脚モデル。これも二本足であるエカの機動性をゆうに上回っている。


「さてルールは簡単。一試合二百秒のカウント制で、どちらか一方が戦闘不能になればノックダウン。時間切れとなった場合は、発射可能なロケットパンチの残弾数が多い方が勝者となります。ただし有効となる本体への攻撃はロケットパンチのみ。それ以外はファールとみなされます。さあ今夜もまた王者ヘルによる無慈悲なアタックが炸裂するのか! それとも『隻眼の鬼』が意地を見せるのか! 運命のゴングが鳴ります!」


 モニター画面に試合開始までのカウントダウンが表示される。

 観客達のコールがはじまった。


 3! 2! 1!


「スタートォ!」


 実況バンチョーのハイトーンボイスにより幕が切って落とされる。

 先に動いたのはアシュラのほうだった。


 六本腕の内、四本のロケットパンチを発射してすぐに半壊したビルの陰へと身を隠す。

 発射されたロケットパンチは、勢い良くエカへと突進してくる。


 一方、エカのほうはといえば向かってくる鉄拳に対しサウスポーに構えて防御の姿勢。まず最初に飛来した一本をリードブローである右腕で後方へといなし、次弾のロケットパンチに自機の左拳を打ち込んで破壊した。


 飛び散ったパーツと焼けたロケット燃料が、ただでさえ装甲の薄いエカのボディに降り注ぐ。しかしカブトの操縦はそれしきのことでは動じなかった。


 さらに迫り来る二発のパンチを前進しながらかわして距離を取る。そして、


「おぉっとぉ! ここで自動追尾型ロケットパンチの性能が炸裂! かわされた最初の一発目がエカ目掛けて戻ってきたぞ!」


 振り向きざま、左拳をつきだして敵ロケットパンチに照準を合わせる。

 十分に距離を引きつけてから。

 発射――。


 エカの左前腕部が炸薬の爆発力により、本体から射出される。肘の辺りから空の薬莢が排出されると同時に、左腕部に内蔵されたロケットエンジンが点火した。


 一気に加速のついたエカの左腕は、矢のように敵弾へと向かってゆく。


 ロケットパンチ。

 それは鋼鉄の意思。


 揺るがぬ信念のありようを具現化した攻撃である。


 自動追尾装置のついたアシュラのロケットパンチは今、エカに向かって一列に飛んできていた。エカの放った一撃は、その三つを立て続けに食い破っていく。


 轟音と激しい火花がスタジアムを彩って、観る者の興奮を誘う。

 沸き返る声援を浴びながら、エカは彼方へと飛び去った自らの左腕を追い走りだした。

 周囲を警戒しているが敵影はない。


 アシュラは未だ攻撃圏内にはいないようである。


 エカは残った右腕から、電磁石つきのワイヤーロープを射出した。ロケットパンチと同様、炸薬によって飛ばしたそれは数メートル先に落下していた左腕部を電磁石で吸着しつつ強力なウィンチによって手元に戻ってくる。


 ロケットパンチの自力回収。これが旧型M3最大の欠点ともいえた。


 そうこうしているうちにカウントダウンが迫ってくる。

 フィールドを駆け巡るエカの姿の上に、無情にも『タイムアップ』の文字が踊った。


「ここで試合終了ー! 勝者は、二本のロケットパンチを残している王者ヘル! 善戦むなしくカブト選手は判定負けだぁ! ではまた次の試合でお会いしましょう。実況はわたくしバンチョーでした!」


 スタジアムの引きの画をバックに、エンディングのテーマ曲が流れはじめた。

 ユウミはタブレットを操作して動画を停止させると、厳しい眼差しでカブトを見る。


「アンタは負けてなんかいない。ただ勝ち星が無いだけ」


 興奮した様子でそう吐き捨てると、彼女はエカの傍らに立った。


「自動追尾装置の導入に二百秒のカウント制。今のレギュレーションじゃ旧型M3の圧倒的不利は払拭できない。でもアンタは負けない――」


 ユウミはエカの脚部装甲板に拳を叩きつけた。


「弱くなったのはエカのほう。こんな半端な整備を受けてるから勝てないのよ!」


「おいおい」


「私と手を組めば勝たせてあげられる。アンタも、このエカもよ」


「……こいつも、か」


 カブトは愛機を見上げてつぶやくように言った。


「確かに永いこと勝たせてやってねえなぁ」


 ざんばらの長髪の隙間からのぞいた片目は、遠いあの日を思い出す。

 胡乱だった彼の表情も、ようやく冴えを取り戻した。


「やってみるか――」


「ほ、ホント?」


「そのかわり給料は安いぞ」


「んふふ。契約成立ね!」


 ユウミはそのたおやかな右手をカブトへと差し出した。一見すれば繊細な少女の指先も、よく見れば機械油でかすかに変色していることが確認できた。

 幾度手を洗おうが、すでに落ちぬ汚れである。

 それは長い経験を経てのみ得られる整備士達の勲章と言えた。


 ――この娘、できる。

 声には出さずにカブトはごちた。だが、


「そいつはまだ早えよ。まずは一勝あげてからだ」


「イテッ」


 カブトはユウミの手を叩いて、シャワー室へと繰り出した。

 しかし彼女が見たその背中は、どこか喜んでいるようにも見えた。

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