Unhappy WHITE Christmas

PURIN

Unhappy WHITE Christmas

 洗面所の鏡で髪型をチェックしていた花衣かいは、ふと思い立ってリビングに届くように声を上げた。


「ねえー? 明後日に中村なかむらさんとこに持ってくプレゼントってあんたの部屋にあるよねー?」


「うん、クローゼットにあるよ。見る?」

 リビングにいると思っていた彼女の小雨こさめが、廊下からひょっこり顔を出した。




 花衣と小雨は一軒家に住むカップルだ。

 今日はクリスマス。友人達を招いて行うクリスマスパーティーの準備中である。

 その途中、花衣は今度親戚に渡すプレゼントのことが気にかかった。


「うん、見ておきたい」

 返事をし、彼女の部屋に向かった。




「ほら、この中」

 小雨が自室のクローゼットを開く。

 その言葉の通り、緑色の包み紙にゴールドのリボンで丁寧にラッピングされたプレゼントが置かれていた。


 が、2人の視線は別のところに釘付けになった。


「……何これ。こんなのいつ置いた?」


「しっ、知らない知らない。何これ?」


 それは、両端に突起が2つずつついた、全長15cmほどの真っ白な棒のようなものだった。


「……骨?」

 先に口を開いたのは小雨だった。


「骨のおもちゃかなんか? リアルだね。本物見たことないけど」

 手に取って眺め回す花衣。

 ぞくりとするほど冷たい表面と、ずしっとした重量感が印象的だった。


「本当に知らないよ。花衣ちゃんのじゃないの?」


「はあ? あたしがこんなもん買うわけないでしょ?

 あ、あれじゃない? ハロウィンの飾りの残り」


「ちゃんと全部片付けて倉庫にしまったのにな…

 まあいいや、入れておくよ」

 小雨はそれを受け取った。


 触れた途端、なぜか高校生の頃に亡くなった曾祖母の骨を、火葬場で見た時の衝撃が頭に浮かんだが、気にしないことにした。




「おーい!」

 洗面所に戻った花衣が声を荒げるのを聞いて、小雨は駆け付けた。


「どうしたの?」


「またあったよ」

 花衣の指し示す先を見る。

 開け放たれた、洗面台の下にある収納スペース。

 未開封の石鹸や洗剤に混じって、あの骨を模したものが5、6本あった。

 先程のものと同じくらいのサイズ、形状だった。


「これも片付け忘れ?」


「かもしれない。でも、骨の飾りこんなにいくつも買ったかなあ?」

 首をかしげつつ、小雨はそれらを回収し、倉庫に運んだ。




「え?」

 小雨がプレゼント交換で友人達に渡すプレゼントを確認していたら、見覚えのないプレゼントが紛れ込んでいた。

 桃色の、小さな布袋。

 開封し、中身を取り出してみた。


「ひっ」

 思わず声を上げて手にしたものを放った。

 何か白い、球体にも似た塊。

 2つの丸い穴と、ハートを上下さかさまにしたような形の穴が開いている。

 3つの穴の下の方にも、縦に細長い穴が2つ。それに挟まれるように、小さな粒のようなものがおよそ30、上下に寸分のズレもなく並んでいて……


「何ー? 今度は頭蓋骨?」

 恋人の呆れたような口調に顔を上げる。


「う、ん…… で、でも私、確かに骨の奴は買ったけど、頭蓋骨なんて買ってないよ!」


「え? そういえばハロウィンの時見た記憶ないけど……

 じゃあなんでここにあるの? しかもプレゼントの中に」


「分かんないよ! 本当に覚えがない!」


「んー…… とりあえずこれはしまっておこうか」

 軽く混乱し始めた小雨の注意をそらすように、花衣は頭蓋骨を袋ごと持ち去った。




「どうしたの?」

 冷蔵庫の前で、なにやら慌てている花衣に訊く。


「え、あ、いや、これはその……」


 嫌な予感がし、しどろもどろの花衣を押しのけて冷蔵庫を覗き込んだ。


 ぞくりとしたのは、食品を守るために充満している冷気を浴びたせいだけではないに違いなかった。


 この日のために2人で作ったクリスマスケーキやチキン、サラダ、奮発して買ったシャンパンやワインなどが納められていたはずの空間。

 それらの飲食物が、全て影も形もなく消え去っていた。


 代わりに、


 5本の指のついた手の骨、羽を広げた蝶の形に似た骨盤、左右12対の骨から成る肋骨、蛇のように長い背骨、その他、名前も分からないどこかの骨。


 皮と肉の下で人間を構成する、生物の一部であることが信じられないほど無機質な、真っ白い、骨。

 それらが、隙間なくぎゅうぎゅうに押し込まれていた。

 よほど無理に入れたらしく、ヒビの入ったものも多かった。


 戸惑う花衣を差し置いて、小雨は冷蔵庫のドアを閉める。


「パーティーなのに、食べる物なくなっちゃったじゃない!」

 叫び、その場に吐いた。




「怖かったね、でも大丈夫。大丈夫だから……」

 突如小雨が嘔吐したことに戸惑いつつ、「大丈夫」以外の励まし言葉も思いつかないながらも、とりあえず彼女をトイレに連れてきた。


「口拭いて…… まだ吐きそうだったらここに吐いていいから……」

 大切な人の背をさすりさすり、もう一方の手で便器の蓋を開けた。


 途端、大小様々な純白の骨がびっくり箱のように飛び出し、便器に近付けていた2人の顔面に直撃した。

 いくつかはそのまま床に転がり落ちた。


 不潔な水に濡れた硬い感触と予想外の痛みに、全身を濡れた布で撫で上げられたようにぞわりとした。

 小雨は、白い物体達の上に再び吐瀉物を撒き散らした。




「どうするの、みんな来るのに……」

 小雨はお気に入りのクッションを潰れそうなくらいに抱きしめ、ソファーに座り込んで小声でぶつぶつと呟き続けていた。


 目は血走り、呼吸は荒い。

 錯乱し始めているのは明らかだった。


「それよりあの骨どうしよう。見つかったら死体遺棄罪かな。どこに隠そう……」


「ちょちょちょ!」

 花衣は小雨を落ち着かせようと、精一杯明るく言う。


「え、何死体遺棄って? まだあれが本物の人骨だって決まったわけじゃないし、作り物かもしれないし……」


 小雨はソファーの座る部分と背もたれの間の隙間に手を差し込む。

 案の定、硬いものに触れた。

 引っ張り出す。あの白い棒状の、忌々しい物体。

 両手で両端を握り、力を込めた。

 ぱき、と煎餅をかじったような呆気ない音がして、真っ二つに折れた。

 内部から、どろどろとした赤い液体が溢れ出して小雨の服とクッションとソファーを汚していく。


「……血は骨の中で作られてるって言うけど、折っただけでこんなに出てくるもんでもないだろうし、作り物なんじゃない?」


「分かんないよ花衣ちゃん。特殊な人骨なのかも……」


「そ、そうだ! きっとドッキリだよ! 誰かがカメラ仕掛けて……」


「ほんの数分前に私が見た時は食べ物全部あったんだよ。たったそれだけの時間で中身全部入れ替えるなんてできる?」


「……」


 クッションに爪を立て、布地を引き裂く。

 もこもこした手触りだったクッション。

 なのに、破れた布から顔を覗かせたのはごつごつした骨だった。

 柔らかな綿は、どこにもなかった。


 小雨は立ち上がった。花衣に目もくれず、廊下を駆けていく。

 いつの間にか、廊下にも人体のパーツの骨が転々てんてんと転がっていた。


「小雨!」

 追いかけようとしたが、足元の大腿骨につまづいて転んだ。




 起き上がり、気付いた。


 がんがんがんがんがんがんがん


(何⁉︎ この音⁉︎)

 音のする方へ急いだ。




 小雨が、金槌で自室の壁を叩いていた。

 逃げ場のない表情で、まるでそうするのが義務であるかのように。

 壁は見る見る損傷し、砕け、破壊されていく。


「何してんの!?」


 一際大きな音がして、大穴が開いた。


「見て、これ、出てきた!」

 壁の大穴からは、離れた場所から見えるだけでも人間数十人分のものではないかと思われる大量の骨がめちゃくちゃに積み上げられていた。

 二十近くの頭蓋骨の、四十近くの空洞の眼窩に凝視され、花衣はたじろぐ。


「もしかしたら、こっちも!」

 椅子の上に立ち、天井を金槌で殴りだす小雨。

 やがて開けられた穴からは、汚れを知らないかのように白い無数の骨が雨のように、とどまることなく降り出した。


 がちゃがちゃがちゃがちゃと、次から次へと、やかましく床にぶつかっていく。


「なんで…… 何なんだよ、こんなに色んなところから……」

 流石に冷静さを失い始めた花衣。




「あ」


 小雨がバランスを崩し、椅子ごと前に倒れた。

 散乱する骨に埋もれるように落ちる。


 助け起こそうとした花衣は、小雨に触れる直前で足を止めた。


「あんた…… それ……!」


「え?」


 なんとか自力で体育座りのような体勢になった小雨は、自分の脚に視線を向けた。


 余程ひどく打ち付けたらしい両膝からは、血液だけでなく白い小さな皿のようなものも覗いていた。




「ほら、ここがあの2人の家」


「えー、おしゃれー!」


「な、いい家だよな」


「鍵は開けっぱなしにしてくれてるみたいだから入ろうか。

 おじゃましまーす」




「あれ、何? ハロウィンでもないのに骨がいっぱい廊下に」


「ていうか多すぎじゃね?」


「ていうか小雨と花衣はどこ行ったの? ここかな?」


 友人の一人が、小雨の部屋のドアを開けた。




 床が見えないほど夥しい量の、目の奥まで痛くなりそうなほどの純白の骨、骨、骨。


 その真ん中で。


「なんで骨⁉︎ こんなところから⁉︎」


 ほとんど人間の言語の形を失った、ただの叫びのような。

 けれどかろうじてそう聞き取れる声を発して。

 頭の先から足の先まで、全身を余すところなく毒々しいまでの真っ赤に染めて、骨の上に座り込んで。

 動くこともしゃべることも二度とない、ほぼ皮と肉だけになった恋人の身体から、


ばきっ


ぼきっ


べきっ


ごつっ


ずるっ


べちっ


 などと、折れたり破れたり濡れたりする不快音を立て、血と脂に塗れた骨を必死に引きずり出し続ける花衣の姿。




 友人達の悲鳴が、家中に轟いた。

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Unhappy WHITE Christmas PURIN @PURIN1125

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