ゆめみる貨物

 ―それから後は、よくある話。語るまでもないような、私と彼女だけの秘密。適当な電車に乗って、海が見える知らない場所で降りて、服を買って(彼女は案の定お財布は持っていなかったけど、パスケースにクレジットカードを入れていた。お金の心配はないというのは、そういうことだったのだろう)貝殻拾って水掛け合って砂のお城なんか作って、お腹が空いたら美味しくないラーメンを食べて、また遊んで、でも暗くならないうちに電車に揺られて、帰ってきた。

 彼女も私も、次の日から当然のように学校に行ったし、何も無かったみたいな顔をして、一言だって話さなかった。あれからどれだけ経ったかわからないしあの日の細かいことなんてさっぱり忘れてしまったけど、二つだけ、忘れられないことがある。

 一つは、私が一緒に逃げると言った時の、ガラスの動物園の子のすごくすごく嬉しそうな、華やいだ笑顔。もう一つは、行きだったか帰りだったか忘れたけど、電車の中での彼女の言葉。

「これは貨物列車だよ」

 人のいない車内に、彼女の声はきれいに反響した。

「……普通の、電車だよ?」

「違う。貨物列車。私達はどこに運ばれてくのかすら知らない、電車に身を委ねるしかない、荷物。夢みてる荷物。これはそれを運ぶ電車。じゃあ、貨物列車でしょ。私達は荷物なんだもん」

 彼女はすごく変な喋り方をする子だった。淡々と、だけど弾むような喋り方。その時の私はちょっとその口調に引っ張られていたと思う。今でも時々、またあのリズムを聞きたくなる。

「でも、この荷物、逃げてるよ?」

「だから、ゆめみてる荷物。同じ所ヘ行くために、違うゆめみる荷物だよ」

 何がだから、なのかはさっぱりだけど、彼女の屈託ない表情や不思議な喋り方のせいで、その当時の私は妙に納得してしまったのだ。

「……そっか。なら、荷物だね」

「でしょう?」

 珍しく抑揚のはっきりした声で、彼女は嬉しそうに言った。あの声を思い出す度に、あの朝とは全く逆に、思うのだった。

 ―きっと私達は、またいつでも出会える。どちらかがまたゆめみる荷物になったなら、きっと、また。

 そんな、彼女に埋め込まれてしまった非日常のかけらを抱えながら、私は今日も普通を生きている。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

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ゆめみる貨物列車 のん/禾森 硝子 @Pacema-Peco

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