車窓に光
がたんごとん、電車は揺れる。日の光が床に並行四辺形を描いている。乗客は私達しかいない。ガラスの動物園の彼女は私の隣ですやすや眠っていた。さっきまであんなに切羽詰まった顔をしていたとは思えないような穏やかな顔……。この子、一体何なんだろう? さっきは同じ人間だなぁと思ったけど、こうして見るとやっぱり、同じ人間とは思えない。人間というよりいっそ風景めいた同行者を見ながらこの電車はどこまで行くんだろうと思った。お金とか足りるかな。電車賃って、どれくらい?
そう思ってカバンをごそごそとやって財布を取り出すと、隣の彼女がもぞもぞ動く気配がした。
「ごめん、起こした?」
「うん」
……。そうかぁ。
私はもう一度ごめんと言ってから、
「ねえ、電車賃って大丈夫?」
と、聞いてみた。彼女はこてんと首を傾げて目線をちょっ、と上に向けてしばらくしてからふと、
「あ〜……」
と、気の抜けたような声を出した。これは、どっちだ。あるのか、無いのか、というかこの反応はお金のこと考えてなかったのかもしれない。もしかして私は、相当世間知らずで考えなしのヤバいやつについてきてしまったのだろうか……そうすると、ついてきた私もまたヤバいやつになるのだろうけれど。
そんな失礼なことを考えているとガラスの動物園の子はえっと、ともう一度口を開いた。
「お金はない……けど、心配ない」
「……? なにそれ」
「…………………………」
それきり彼女は黙ってしまった。もう話したくない、というよりはどう言ったらいいか考えている感じの沈黙。変わった子だけど、ペースが乱される感じじゃない。なんだか不思議な感じだった。しばらく二人でぼーっと窓の外を眺める。ガラス越しとはいえ、初夏の日差しが少し眩しかった。見れば隣の彼女も手庇を作っている。
「海に行きたい」
「海?」
「……? こう、大きな、しょっぱい水たまりみたいな」
「海はわかるよ! 見たことあるよ!」
思わず大きな声を出してしまった。まあいいだろう。どうせ車両内には私達しかいないのだ。
「そうじゃなくてさ、なんでいきなり海?」
ちょっと首を傾げて、それから彼女はこう言った。
「……日差しが眩しかった、から」
その横顔は、なんとなく微笑んでいるようにも見えた。光が眩しかったのかも、しれない。
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