エピローグ
最終話 その『糸』が絆となり、彼と彼女を繋ぐ
一ヶ月後。退院した僕は、夕奈に連れられて墓参りに来ていた。墓石には、「神楽崎家代々墓」と刻まれている。ここに、「白鷺朝斗」の亡骸も眠っているのだという。
「守岡信太の墓参りをしたときにも思ったが。自分の墓参りっていうのは、妙な気持ちにさせられるな」
「まあ、なかなか体験できることではないね」
そう軽く言い合いながら、花を供える。線香に火をつけ、僕らは並んで手を合わせた。
「ボクは月に一度、月夜を連れて朝斗の墓参りに来ていたんだ。『魂の絆』で月夜と繋がっているから、月夜が朝斗の生まれ変わりだってことは知っていた。このお墓に、朝斗の魂がいないと分かっていたんだよ。けど、これは自分に対する励ましのようなものだった」
「励まし?」
聞き返す僕の小さな肩の上に、夕奈が静かに手を置く。
「うん。朝斗の魂は月夜に受け継がれたけど。それでも、このお墓に来ると、朝斗が『しっかりしろ』って言ってくれる気がしていたんだ」
そう言うと、夕奈は黒の手提げ鞄から一枚の写真を取り出した。その写真に写っているのは、夕奈と僕……白鷺朝斗。父さんと母さんの離婚で、別れることになった際に撮った、あの写真だ。写真の中で僕にキスをした夕奈は、強くなるために「仮面」をつけようと己の中で誓った。この写真は夕奈にとって、大きなターニングポイントなのだろう。
「覚えているかい? この写真」
「忘れるはずがないだろ。こんな恥ずかしいことされて」
「ふふ。ボクにとっては宝物なんだよ、これ」
夕奈は微笑すると、写真を胸に抱いた。空いた方の手で、手提げ鞄から写真をもう一枚取り出す。そこには、生まれて間もない赤子が写っていた。この世に生を受けたばかりの月夜。カメラに向かって、遠慮がちに微笑んでいる。
「今日ここへ来た意味は、決意なんだ。絶対に、月夜を取り戻すよ。あの子に勇気をもらったんだから、ボクも頑張らないとね。一日でも早く、あの子の誕生日を祝ってあげるんだ。特大のケーキを用意して」
夕奈はやる気を漲らせているようだ。僕もそれを応援しよう。
現在は、夕奈をはじめとした大勢の研究者達が、本格的に「朝斗」の人格を眠らせる手段を探している。こんな状態の僕に対して、奇異な目を向けてくる人間は、たくさんいた。だが、落ち込んではいられない。
(だからね。こんどは、ぼくが『ありがとう』っていうの。こんなぼくでも、おかーさんに、ゆうきをあげられるのなら。ぼくは、いきたい)
月夜は僕達に勇気をくれた。だから、今度は僕達が頑張る番だ。
その勇気を振り絞り、言っておけなければいけないことがある。僕が月夜にバトンを渡す前に、夕奈の決意の場所となった、ここでだ。
「夕奈、一ついいか。十四年前の返事をしようと思うんだが」
そう言うと、夕奈は「何のことか」とばかりに目を瞬かせた。それから少し遅れて、頬を熟したリンゴのように赤らめる。
「え、え、も、もしかして、前世の君と別れる直前のことかい?」
「ああ。あのときの答えを、ずっと引き延ばしていたからな」
「い、イヤだなあ、昔のことを今掘り起こすなんて。君も意地が悪いよ」
少女だったころの告白を思い出すのは、さすがの夕奈も恥ずかしいらしい。顔を僕から逸らした。それから深呼吸をし、呼吸を整える。
「ど、どうぞ」
正直言って、僕も夕奈と同じくらい恥ずかしかった。異性に告白されたことなど、あのとき一回だけ。その返事など、全くの未知の経験だ。だが、これだけは言っておかなければいけない。僕が、「朝斗」が言葉を発せる間に。
「十四年越しの答えを言うぞ。僕がお前のことをどう思っているか、一言で言うなら、『相棒』だ。ただの兄妹でもなく、ただの男と女でもない。僕とお前は、他人ではなく一つの人間でもない――互いの半身でありながら、同時に違う人間でもある。それは矛盾を孕んでいるんだろう。だが、だからこそ、この世の誰よりも近しい存在であり、僕は誰よりもお前を愛しているんだ」
「……それが、相棒?」
「そうだ。月夜は僕の生まれ変わりであり、同時にお前と僕の息子でもある。僕は安心してあの子に、今を生きる者としてのバトンを渡す。だが、兄から息子に形が変わっても、お前の傍にいることだけは変わらない。僕は、お前達二人の幸せを願っている」
僕が強く言うと、夕奈は澄み渡る青空を見上げた。その表情に陰りはなく、ただ穏やかな笑みだけだ。残念そうではあるが、後悔はないように見て取れた。
「あーあ、失恋しちゃったなぁ」
「すまん」
「十四年も返事を待っていたのに。それが、これかい」
「本当に自分勝手だと思っている」
「ううん、気にしなくていいよ。これはボクの勝手な片思いだったんだからね。物心ついたころからずっと抱いていた、恋心。ふふっ、『相棒』か。朝斗らしい答えだね」
夕奈はこちらに視線を下ろす。その皮肉げにつり上がった両目を、茶目っ気たっぷりに細めた。
「それに今の朝斗に、そんな甲斐性を求めても。ねえ?」
「う」
痛いところを突かれ、僕は押し黙るしかできない。それを見て、夕奈が吹き出した。それから彼女は、僕の頭を愛おしげに撫でる。
「朝斗。いつか月夜の心を取り戻しても、『相棒』として、ボク達のことをずっと見守ってくれるかい?」
「ああ、もちろんだ」
「ボクはその言葉で十分だよ。ありがとう」
そう言って、夕奈は僕の手をそっと握った。彼女の温もりと共に、「もう離さない」という意思が伝わってくる。
「ボク『達』はいつでも、この『魂の絆』で結ばれている。これからもずっとね」
輪廻の糸に絡まった猫 白河悠馬 @sirakawayuma
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