nobodyknows.



無数の光に埋もれた展望室は、天界中で一番眩い輝きを放っていた。展望室より高く積もった枠組みたちの上で、二人の住人が背中合わせに座っている。



「……ねえ」



その日、メルは永遠ぶりに展望室の静寂を破った。


「ん?」


それでも人の出来たリゴは、まるで昨日ぶりの会話のような間合いで返す。





「……いいお願いだけ、全部叶えばいいのに」



「そうだな」



「…………頑張った女の子のお願い、ちゃんと叶えばいいのに」



「そうだな」




「誰も傷付けない……みんな、幸せになる……お願い……が……」




「そうだよな」




メルは深く息をして、洟をすすって、両手一杯に願いを掬い上げる。



「メル」



「……なに?」



「最近、ちゃんと泣くようになったな」





……。





「……大嫌い」


そして。


メルは抱えた願いの枠組を、すべて夜空中にばらまいた。




「……大嫌い! 大嫌い大嫌い大嫌い大っ嫌い!」


喉を枯らして、何度も叫んだ。


拭うのも馬鹿らしいくらい泣きじゃくって、長い髪を振り乱して、何度も、何度も、何度も、積もった願いを世界にばらまいていった。



極彩色の願いが宙を舞って、眼下を万華鏡の世界のように染め上げていく。


それはとても、とても美しい瞬間だった。


「手伝うか?」


「大っ嫌い! 大嫌い!」


「……ふっ」


話を聞いてくれない狂ったメルの傍で、リゴは思わず笑いを漏らす。


それから二人言葉も交わさず、何十分も、何時間も、世界に願いを撒き続けた。



 本当、ばかみたいだった。











全てが終わって、二人はまっさらに戻った床にへたり込む。

今まで積み重ねてきた頑張りが、全て水の泡。

それでも、なぜだかメルは、とても満たされた気分に包まれていた。



隙だらけの心に、親友の願いがふと浮かんできてーーメルは赴くままにそれを口ずさんでみる。



大嫌いって吠えたところで 

変わらぬ世界と変わらぬ愛


マゴプリ片手にちょっと泣いて 

早くおうちに帰りましょ




「マゴプリってなんだ、マゴプリって」


美しい声音に耳を傾けていた同居人が、思わず口をはさむ。



「でも、いい曲でしょ?」


「まるでセンスがない」



とりとめもない会話を交わして、同じ呼吸で、二人は同時に床に目を向ける。


メルは、自覚できる程には緊張していた。









「……ねえリゴ、本当にやるの?」



「ずっと働いてきたんだし、少しくらいはいいじゃないか。褒美だよ、褒美」




二人の間に置かれたのは、二つの「願い」と二つの「叶え」。


二人はそれぞれ一つずつ手に取り、きらめきを同時に飲み干した。




その場に立ち上がって、互いに向き合う。





――カタリ、カタリ。




すぐに聞きなれた音が響き出す。

それは願いの枠組が、成就質が、硝子色の床に跳ねる音。




「どうしたの? リゴ」



「メルこそ、どうしたんだ」

 



リゴの指先が、まつ毛が、たるんだ頬が、徐々に水晶色のピースに変換されていく。


零れた成就質が床にはねる。



メルは人でないものに還元されていく彼を、崩れゆく全身で抱きしめた。


愛おしそうに、抱きしめた。




「道具なんかで叶えようとするから、バチが当たった」


そう言って冗談めかすリゴに、メルは減らず口で返す。




「分かってたくせに」




半径三メートル程度の居住域、宙吊りになった円形の展望室。


誰も知らない世界で、二人だけが笑っていた。



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願い片手にちょっと泣いて、早くおうちに帰りましょ。 詠井晴佳 @kn_163

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